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5月7日に旧横越村にある越後一の豪農、伊藤邸【北方文化博物館】の藤棚を見学した時の画像です。
続編3回目は母屋・大広間の続きです。今回は見学時間が少なかったので2階の資料室・古美術を納めた集古館は見なかったので紹介できるものは多くは無いです。是非実物を御覧頂きたいと思います。
雪国の建物の欄間は冬の暖気が逃げない様に空間が少ない造りになっているのだろう
なるほど・・・
2階は考古資料室
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表玄関である。江戸時代は一家の主人でも使う事はならず 訪れる武士の大名等しか使えなかった。
舛添 要一さん 左は泉田新潟県知事 右は8代目 伊藤文吉 厚生労働大臣時代か・・・
越後一の豪農 伊藤家の現在、北方文化博物館を終ります。何時か又、訪れたいと思います。
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越後豪農の館巡り
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5月7日に見学した越後随一の豪農の館【伊藤邸】の藤棚は咲き始め・・・花房がまだ短かったが楽しめた。
女房は土産物見学。 私は建物&展示品を見学した。
中庭を挟んで 大広間 敷を見る。
5分程度遅れているだけだった・・・
伊万里が多いね
松川 藤蔭 【落雁之図】 天正14年〜大正9年
今回は2階 考古資料室】 は上らなかった。
次回に続きます。
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新潟には豪農が多かった。米どころ越後、江戸時代から明治の時代に隆盛を極めた豪農は、渡辺・市島・斎藤・笹川・田巻・長谷川・目黒家と名だたる豪農の中でも 越後随一の豪農が旧・横越村の伊藤家である。
その最盛期には1.370町歩・・・桁外れの千町歩地主であったが・・・太平洋戦争の敗戦後にGHQの指示で農地解放に向かい田畑は小作民に解放。建物・屋敷敷地は寄付されJ博物館となった。固定資産税だけでも莫大な金額になるからだろう・・・
その伊藤邸の藤棚が咲いて見頃になったと地方紙の新潟日報に記事が出ていたのを女房が見て行きたいわ〜
リクエストが来たので5月7日に見に行って来た。
ゴールデンウイークも終わって静かな正門から歩いて入る。
此処は何回か訪れている。過去記事でも紹介しているので今回は記事内容も あまり重複しない様にした。
まだ下に花が伸びていないね・・・
私だけ急ぎ足で建屋内を見学した。
建物内部と展示品を今回は見て回りました。
次回に続きます。
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先週の新津散歩の最後の見学は、田上町の旧・田巻家(分家の原田巻家)の離れ座敷椿寿荘を見学した。
昨年の7月にも見学しているので今回で2回目の訪問となる。今回説明は、前回説明した内容は簡略した。
前回訪問時の記事もご覧ください。
原田巻家は豪農で1,260町歩。小作人2,000人以上。弥彦神社まで自分の土地以外を歩かないで行ける専用参道が有ったとか・・・
邸内に入って行ったら・・・説明を担当する人と義理の従兄が・・・あれ〜!同じ国鉄マンでJRで定年退職した部署は違えど同僚同士でした。案内人は、やりにくいなぁ・・・
玄関の床石は白御影石。茨城産。スノコの両脇はケヤキの1枚板。階段状の敷居もケヤキの分厚い1枚板。を並べてある。今の価値だと1枚、¥100万するかねぇ・・・
戦後の農地解放後、一時期、国鉄の保養所として使われていました。話を聞くと新津の国鉄・新津工場(現・総合車両製作所 新津事業所)が買い上げて幹部職員たちが麻雀等に使っていたそうです。JR化する時に田上町がJRから買い上げたそうですが・・・その値段から町が買い上げるのも簡単な事では無かったとの事だったとか・・・
玄関に当時から置かれている八方にらみの絵は、色あせしていないそうだ。
枯山水の庭園
左側の塀の向こうに本家の本田巻家の邸宅が有ったと言う。現在は面影無く住宅街になっている。
吉野杉の一本物丸太の梁は20mある。
この門の奥に有る本宅は、現在、民間会社の保養所になっているが年に数回しか使っていない。窓を開けて空気を入れ替えないと建物が傷むそうで保存が心配との話だった。
今回で新津散歩編は終了です。
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7月28日の訪問です。その1からの続編です。
原田巻家の離れ座敷【椿寿荘】座敷から枯山水日本庭園を望む
座敷の上段の間です。時代劇に出て来る様な二の間・三の間との床の段差は無い代わりに天井の高さが上段の間だけ高くなっています。また天井板の作りが上段の間だけ更に豪華な格子状造りになっています。 建屋内の長押(なげし)は通常、ハンガーや額縁を掛けるのに便利な様に空間が有るが・・・ここの長押は漆喰で全部、埋められている。槍・刀は隠して居ませんよ!と言っているのだとか・・・
建屋の桁の角は全て面取りがしてあるとても手が込んでいる造りである。
全部で4枚あるが・・・1枚は撮り忘れたか・・・
照明器具は戦後の国鉄保養所時代に付けられた物。
(何の木で出来ているか?硬くて重い木です。) 【黒檀ですか?】 (正解!旦那さん良くお分かりですね。)
【磯釣りの水中浮きに使いますからね・・・ピンと来ました。】
敷かれた畳の大きさ向きが違うが・・・向かって来た槍を床の間の前で止める意味合いが有るとか・・・・
この廊下の奥が本宅(母屋)への通路になっている。廊下には原田巻家の食器・傘・等が陳列されています。
何故に此処に大和が在るのか? と聞くと・・・ 【オーナーの趣味です
説明を聞きながら約1時間の見学でした。また来たい所ですね。今度は庭もゆっくり撮影したいところです。
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