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真岡鐡道の本社がある真岡駅でSLキューロク館を見学した後は現在運行しているSL真岡号C11325を撮影です。
ホームに茂木行きSL真岡号が到着しました。
C11325号機は1946年日本車両 名古屋工場で新製。茅ヶ崎機関区に配置され活躍しました。私の亡き母は埼玉の羽生から茅ヶ崎に嫁いで居ましたので当時のC11325号機が爆煙上げて走る姿を間近で見ていたんだろうな・・・
この釜はその後、米沢に配置転換、1973年12月新津に静態保存の為に回送され新津中学校に保存されます。
その後真岡市に無償譲渡され1988年11月に復活営業運転をしています。
この時点では良く見えていたのですが・・・
ぶれちゃった!シャッター速度変えてなかった
茂木のホンダコレクションホールを見学して帰りのSL真岡号を道の駅茂木で撮影する予定でしたがコレクションホールでゆっくりし過ぎて道の駅に到着した時にSLの汽笛が・・・・うわ〜
今回で真岡鐡道のご紹介を終了致します。ご覧くださりありがとうございました。
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真岡鐡道
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間が3日空きましたが10月2日に訪問した真岡鐡道の車両達をご紹介します。
ばたでん の一畑電車で使われた無蓋車です。
反対側から
DE10 SLキューロク館の開館(2013年)に合わせて塗り替えられました。
次回は 真岡駅を発着する C11-325 です。
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真岡鐡道 真岡駅に隣接するSLキューロク館に唯一の動態保存機(圧縮空気による走行) 49671号機の続編です。
特徴的なのは函館航送桟橋時代に運転台が左から右側に改造された事。青函連絡船への航送桟橋へは右カーブの連続で公式側の左では前方視界が確保出来なかった為に右側で運転操作出来る仕様に改造されました。逆転機も非公式側に付いている。シリンダーで切り替える仕様になっていた。
中央は初代SLキューロク館 館長の湯浅さんです。 元国鉄SL機関士です。
圧縮空気で走行操作を担当しているのは、この青年の様です。
非公式側に座り運転?する湯浅陽三 館長 77才 氏は 旧・国鉄時代・JR東日本 水戸支社に勤務しSL機関士・電車運転士・車両の保守点検業務の経歴を持ち研修助役の立場からから1992年に真岡鐡道に出向を命じられた。真岡鐡道に譲渡されたSL C12復活運転・保守点検・人材育成と後輩に技術を伝承する為だ。
C12-66が復活運転した年にJRを退職。真岡鐡道に社員になった。氏の経歴による専門知識と関係機関との交渉も必要で車両メーカー・JR大宮工場・JR設計者など保守点検の人脈が無かったら復活運転までは出来なかったであろう。
次回は運転を終えた後の49671号機の運転台風景を送ります。
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10月2日に訪問した真岡鐡道の続編です。
SLキューロク館には青い旧型客車スハフ4425の先にSL9600形の49671号機が保存されています。
大正時代を代表する貨物用の蒸気機関車です。さすがにボイラは使えません。しかしテンダ車に搭載した装置によって圧縮空気をシリンダーに送り短い距離ですが自走出来る姿は迫力が有り此処に来た甲斐がありました。
公開当初はエントツに発煙筒を投入して白煙を上げて臨場感を感じさせた様ですが現在は行われていません。
走り出しました。煙は出ないものの汽笛は往年の音が周囲に響きます。左には静岡から来たD51-146号機が見えます。
車掌車を連結してキューロク館まで2往復します。
9600形の続編に続きます。
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SLキューロク館の9600形の圧縮空気でのこの日の一回目の自走時間は10:30です。
まだ時間があるので隣に静態保存してある青い旧型客車スハフ4425を見学する。かっては船の科学館で青函連絡船要諦丸の車両甲板に保存されていた車両だ。船の老朽化でスハフ44は真岡鐡道で保存されている。
スハフ4425は極寒冷地仕様。アルミサッシの2重窓だ。
車内に入ってみましょう。
父の実家の秋田県湯沢に行く為に上野駅から電気機関車牽引の夜行急行列車が青い旧型客車でした。内地型だからスハフ42だったのだろうか?3等客車。直角の背もたれで眠れなかったが・・・
いつの間にか母の膝枕で寝ていたっけ・・・
現行でこの間まで使っていたかの様に保存状態は良いです。
昔は窓を開けてホームの駅弁売りのオジサンから弁当とパックのお茶を買いましたね。
発車間近で列車が動き出してしまいましたが・・・・お〜い!弁当! こちらは焦っていても代金を渡さない限り商品の駅弁を貰えなかった
昭和時代の眺めです。
次回は9600形 自走場面です。
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