|
我が家に伝わった物だろう・・・錆びて折られた日本刀が有る。
大平洋戦争に敗戦し新潟県北部の瀬波海岸に昭和20年10月3日に突然、GHQ進駐軍が上陸した。
日本人に対して刀剣類の所持は認められない。提出する様に御達しが出た。我が家の叔父達は自宅に有る日本刀(刃渡り54センチ程の脇差だろうか?)2本を大きな石で叩いて折ってしまった。
当時、GHQに恐れを感じていたのでこんな物が我が家に有るととんでもない事になるとの判断だったらしい。
百姓屋に何で?日本刀が有るのかな?私は、前回、紹介した獅子頭とセットの物で昔から獅子舞に使われて来た脇差なのではないだろうか?と考えている。
叔父達の話によると大きな石をぶつけると簡単に折れてしまったと言う。日本刀は本来、粘り強く曲がっても折れないと聞いた。獅子舞演技用のナマクラ刀だったのだろうか?
脇差2本分の刀の残骸です。刀の銘は読み取れない。鍔(ツバ)の写真は、拡大写真で・・・・
我が家の先祖は江戸時代後期、本家から分家して 天保3年10月(1833年)に初代が亡くなっている。
その後、嘉永・安政・文久・と仏壇の過去帳を見ると記載されている。これらも古い物なのだろうが年代は不明だ。
こちら側が柄側か?柄を握った時に右手人差し指が当たっていた部分がすり減っている様に見える。
|
お宝コーナー
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
我が家のお宝・古文書・陶磁器・私のお宝・・思い入れの有る記念品など・・・価値が無くともある意味での大事な物品をご紹介するコーナーを新しく儲けました。
第一回は、我が家に古くから伝わる獅子頭をご紹介致します。
百姓屋ですけども何故か?獅子頭が有ります。義父も祖父も何故我が家に有るのか知りません。
大昔は、かなり羽振りが良かったらしく陶磁器・古文書等が多く有ったと言います。現存しているのは少なくなりましたが折を見てブログに紹介していこうと思います。
獅子頭は縁起物と床の間に鎮座しております。
義父が囲炉裏の煤で黒ずんで居たのをマジックリンで洗ったら・・・艶が無くなってしまった。漆塗りだからね
獅子頭は、古ければ古いほど平べったく(低い)なっているらしい。
裏面は本来の艶の有る赤い漆が見える。かなり使い古した感じである。裏面にはこの土地の大工の名前が墨で書かれている。製作年代は見えない様だ。
我が家には錆びた日本刀も有るが終戦後、瀬波海岸にGHQ進駐軍が上陸して刀剣類の所持は認められない!との通達が出て義父と叔父達は、こんなものが我が家に有ると大変な事になると日本刀を石で叩いて折ってしまったそうだ。
私が推測する所、我が家の先祖は村の神社例祭等で獅子舞を踊っていたのではないかな?獅子舞には日本刀を持って踊るものもある。
分からない点も多いので何方か物知りの方が居ましたらご意見を頂ければ幸いです。
|
全1ページ
[1]





