|
東日本大震災発生から1年が経過
東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の発生から本日で1年が経過しました。
改めて、被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。
昨年の3月11日14時46分、この時があの大惨事の始まりでした。
牡鹿半島の東南東約130km付近、深さ24kmを震源としてM(マグニチュード9.0)の大地震が発生。その後、その地震に伴い大津波が発生し、岩手県・宮城県・福島県を中心に大津波に襲われ、周辺の県を含め、広範囲に甚大な被害を齎しました。
そして、その地震・津波に伴い、福島第一原子力発電所の原発事故に伴い、付近の方々は避難を強いられ、現在もその問題は継続しています。
今回は記事の字数制限もある為、簡単にまとめましたが、本来は書き切れない位に被害は深刻です。
私としては、あの日から時間が過ぎるのが妙に早く感じられました。暫くの間は余震に対しての警戒を続けていた為かも知れません。
正直、1年が経過した実感が余り沸きません。余りにも被害が甚大だった影響で、どうしてもまだつい最近の出来事の様に思えてしまうのです。
私の在住している茨城県南部でも震源から離れていたものの、激しい揺れに襲われました。会社でもパソコンなどが倒れたりしましたが、幸い、大きな被害はありませんでした。
地震が落ち着いた時、何よりも自宅と家族が心配でした。
幸い、私の自宅では物が倒れる程度で済み、家族も無事でしたが、近所では食器棚の皿が割れた家庭や、屋根瓦やブロック塀が破損したた家庭があったりと被害が大きい場所もありました。
実は、私は震災当日、被災地の悲惨な状況を詳しく確認出来る状態ではありませんでした。自宅付近は、1日以上停電が続き、テレビやパソコンなどが使用出来なかった為です。
その為、ラジオや携帯のワンセグなどから確認する事しか出来ませんでした。被災地の甚大な被害を受けた状態をしっかり確認出来るようになったのは翌日の夜でした。その頃になってようやく自宅付近も停電が復旧しました。
そしてテレビやパソコンなどで被災地の情報を調べて、余りにも恐ろしい自然の力に涙が出て来ました。
大津波が街を一瞬で呑みこんでいく様子などの映像を見て、本当に心が痛みました。
これを私とリンクさせて考えて、大切な家族や友人などを震災によって亡くしてしまったと想像すると本当に言葉も出ない位に辛いと思いました。
日本に住んでいる以上、様々な自然災害とは常に隣り合わせと言う現状ですが、これだけの規模の自然災害を目の当たりにした事が無かったので、自然の前では人間は本当に小さな存在である事を改めて知らされました。
被災地は少しずつですが、復興に向けて歩みを進めています。勿論、完全に復興するには何年もかかると思います。しかし、絶対に諦めない気持ちを持って生活を続けて欲しいと思います。
被災地の方々の気持ちを私が完全に理解する事は困難だと思います。
しかし、地域こそ離れていますが、私もこの震災(地震のみですが)を直に体験した内の一人ですので、全く理解できないと言う事はありません。
今日は特に午後には、殆どの放送局が震災1年の為の特別番組を放送します。もしかしたら、この特別番組を見たくないと思われる方もいるかも知れません。(特に震災を直に体感してない方)
しかし、私としては是非、ご覧になって頂きたいと思います。そして、被災地の現状に少しでも目を向けて欲しいと思います。
今回の震災は各地に甚大な被害を齎しましたが、同時に家族、親戚、友人、仲間などとの絆がいかに重要であるかを改めて実感させられた出来事でもあったと思います。
私も改めて絆を大切にすべきだと心から思いました。
訪問者の皆様には、特に私用などが無ければ本日の14時46分には黙祷を捧げて頂きたいと思います。私もその時間は特に私用が無いので、黙祷を捧げます。
まとまりの無い文章となってしまいましたが、私からの東日本大震災発生から1年が経過した事に伴う文章を終わらせて頂きます。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




あれから1年が経過しましたね。
東北の巨大津波の衝撃的なニュースは、
言葉も出ませんでした。
NHKの釜石ライブカメラや名取川付近のヘリ中継の津波映像は特に驚愕で、
仙台空港に濁流が迫るのは自然の脅威で人間が太刀打ち出来ない事を実感。
茨城県は北部を中心に天変地異と言える激震となりカンテンさん地域も震度6強から弱という揺れでしたね。
知人が暮らす取手も各地で地割れや塀が倒壊など被害が相次いだと画像添付メールをいただきました。
ちょうど昨年の今頃は停電になり漆黒の闇と化しカンテンさんも不安な夜だった事でしょう。
2012/3/11(日) 午後 7:43 [ 空知ドラゴン ]
続きですが、
震度3だった当地でも長い不気味な横揺れで最大時はガタガタと衝撃を伴う少し強い揺れでした。
滝川市内はまず被害は無かったのは3程度なので当然と言えば当然ですが、
水道水が濁る現象が一時発生しました。
不気味な横揺れに部屋から不安そうに出てきた祖母と臨時ニュースに夢中でした。
北海道の人にはピロピロピロピロというあの大津波警報のテロップ音は南西冲地震の大津波を思い出します。
あのテロップ音は確か南西冲地震以来だったはず。大津波警報自体が南西冲以来の気がします。
このテロップは私なりにかなりの死者が出る警告音として高校生以来心に刻まれた音。
東北の沿岸部に出た時は奥尻島や檜山沿岸部の惨状がよみがえり知らない土地だけど早く安全な地域、高台に避難して1人でも無事で逃げてと祈るしかありませんでした。
三陸沖は昔から津波の惨状が繰り返されいるだけに大変だと直感しました。
しかしそれは想像以上でした。
2012/3/11(日) 午後 7:54 [ 空知ドラゴン ]
更に続きですが、
津波の惨状だけでもかなりだけど、
そこに追い討ちをかけたのは福島第一原発事故ですね。
見えない放射能の恐怖は今も各地で問題になっています。
また東京や横浜など首都圏でも強い揺れにより被害が多発し死者も相次ぎましたね。
帰宅困難者がかなり出て今後の課題となりました。
今回はかなりの衝撃的な自然災害でしたが同時に教訓も多々ありました。
カンテンさんも今更ながら無事で一安心です。
しかし亡くなられた多くの方々や街並みを思うと辛いですね。
私も明日は震災から1年の記事後半を投稿します。
2012/3/11(日) 午後 8:04 [ 空知ドラゴン ]
私もテレビをみていました どこの局も大震災の映像が流れていて 決して忘れてはいけない天災 人災だと思います これらを教訓にして 安心 安全な日常が過ごせるようにしたいですね
私も14時46分に黙祷しようと思っていましたが 子供から迎えに来て というメールが入ってしまったので 14:46分は運転中でした><
2012/3/11(日) 午後 11:19 [ たけちゃん ]
空知ドラゴンさん、私も震災当日こそ被災地の状況が余り分からない状態でしたが、翌日にテレビやパソコンなどで確認して自然の恐ろしさを実感しました。
茨城県では、一部で震度6強、やや広範囲で6弱と言う激震になりました。横揺れだったものの、その規模の強さから縦揺れ並の恐怖がありました。
そして、非常に長時間の揺れ(個人的には3分間以上揺れている感じがしました)に加え、直後の茨城県沖などの余震の影響で、安心する余裕もありませんでした。
その影響で、茨城県南部でも屋根瓦やブロック塀が破壊していたり、道路が陥没している地域もありました。
会社から帰宅途中の道路も陥没している区間があり、とても驚いた事を鮮明に覚えています。
そして、1日以上の停電に伴い、震災当日の夜はとても不安な夜を過ごしていました。
そんな中でも容赦なく余震が発生するので、落ち着いて寝る事も出来ませんでした。
2012/3/12(月) 午後 7:45
続きです。
滝川では震度3だったのですね。しかし、今回の地震の規模からして、震度3でもかなり長時間の不気味な横揺れだったと思われます。
直接的な被害は無かったものの、水道水が濁る現象が発生していたのですね。
確かに、特に北海道に在住している方はあのテロップ音で南西沖地震の大津波を思い出された方もいるでしょうね。
空知ドラゴンさんは、テロップ音がかなりの死者が出る警告音として刻まれたそうですが、私もまさにその通りだと思います。
今回の震災の被害が直接無かった地域の方でも、テレビの映像を見て1人でも多くの方が無事に避難する事を祈っていたと思います。
しかし、今回の地震は過去の大地震の規模をはるかに超える規模でしたね。私も地震発生当時、明らかに何かが違うと感じましたが、ここまで甚大な被害が発生する事は予想もしてませんでした・・・
2012/3/12(月) 午後 7:52
更に続きです。
今までの大地震では地震と津波の被害があり、それだけでも大規模な被害が発生してしまいますが、今回は、それに加えて福島第一原発事故が発生してしまい、更なる被害を及ぼしていますね。
今現在も、直接見ることの出来ない放射能との戦いは続いていますし、今後も暫くの間はその状態が続いてしまいそうです。
今回は東京都心などでも被害が発生しましたね。この状態で、首都直下型地震が発生した場合、どれ程の被害が発生するか非常に心配です。
また、帰宅困難者も非常に多く出て、今回の震災は多くの課題を残していますね。
今回の震災は非常に甚大な被害を齎し、多くの犠牲者を出してしまいましたが、ここで立ち止まっていてはいけませんよね。
少しずつでも良いので、前へ進んで行き、1日でも早い復興がされる事を祈っています。
2012/3/12(月) 午後 7:57
たけちゃんさん、私もこの震災は決して忘れてはいけないと思いました。そして、後世に語り継いで行く必要があると思います。
そうだったのですね。さすがに、運転中では黙祷は出来ませんからね。
私は特に私用が無かった為、1分間の黙祷を捧げました。
2012/3/12(月) 午後 7:59
遅れて黙とうには間に合わなかったですが、同感です、ぽち。
2012/3/13(火) 午後 1:27
kro331さん、黙祷には間に合わなかったのですね。
でも、私と同じ気持ちになって頂けたのなら私は良いと思いますよ。
ポチありがとうございます。
2012/3/13(火) 午後 10:06