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明日は東日本大震災から4年の区切り。でも記念日はほかにもいろいろとあります。私の携帯電話の中にあるカレンダーには毎日そのうちの一つが載っています。明日3.11でいうとパンダ発見の日だそうで、今日は砂糖の日だそうです。3月10日だから、ということでしょうね。
今日3.10は東京大空襲のあった日でもあるそうです。東京の空襲は何度かあったもののこの日の空襲は10万人以上の方がなくなったのでこの日をさすことが多いそうです。70周年ということもありメディアでもよく取り上げられています。ちなみに今日のNHK朝の連続テレビ小説では北海道大空襲のシーンがありました。「たった2発しか爆弾を落としとらん」と劇中のセリフはあったものの、実際は広範囲における無差別爆撃になったようです。軍施設のある都市や青函連絡船の被害は特にひどく連絡船は全滅し本土との物流手段がなくなったそうです。そういった話も長い月日の流れでさすがに実感の薄いものになりましたが、戦争という残酷な一面を語り継いでいるといえます。
阪神淡路の経験も風化の一途をたどっているように感じますが、東日本大震災の記憶はまだ風化するには早すぎます。現地では風化どころか再建すらままならぬといったところでしょう。強烈な危機感を抱いている一方で個々の家族たちは歳を重ねて成長し老化し見切りをつけて新しい生活を始める人もいます。そして被害のほとんどなかったところでは、だんだんとほかの日常によって記憶が流されていく、そんなように思います。
言葉や経験を残し語り継ぐ、実は難しいことなのかもしれません。エジプトの歴史は古いところをたどるほど史実を見つけるのが難しいそうです。そりゃ証拠となる文献や史跡が少ないから当然と考えるでしょうがそれだけじゃなく王朝が変わるたびに前王朝のの建造物を壊し歴史書を書き換えたというのですから強烈です。どんなによかった王様もあっという間に悪の大王にされちゃってるかもしれないのです。
聖書は一番古いところで実に3千年以上も前から存在していますが、聖書そのものを滅ぼそうとする政治的宗教的試みが幾度となく行われてきたとききます。いまだに大きく内容を変えずに残っているのは奇跡的と言わざるを得ません。もちろん今後も変わらなく残せるかどうかはクリスチャンである私たちがしっかりと語り継いでいけるかどうかにかかっています。事実変な解釈の訳をつけた聖書が存在するわけで、
もしかしたら100年後にその聖書しか残っていなかったなら、曲ってしまうわけです。
曲がらないためにも、後の子孫のためにも、聖書を学ぶのは大切なことだ、なんかそんなことを思います。
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良い記事をありがとうございます。もう一度、心を新たにして伝えるべきことを伝えていきたいと思いましたっ
感謝っ
そのためにももうちっと勉強しないと・・・(^_^;)
2015/3/10(火) 午後 5:04
holy先生がもうちっとなら、私は四六時中勉強しまくらなくちゃ。←実は勉強キライ・・・
2015/3/12(木) 午前 10:37
御言葉を悟った牧師先生たちにその証しを聞いてみたいです。
御言葉の意味をもっと知りたいです。
わだけんさんのメッセージも聞いてみたいです(^^;;
2015/3/18(水) 午後 5:24
私のお話は・・・・御言葉に間違いはないけど、って程度ですよ。まだまだです。
2015/3/20(金) 午前 10:58