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先日の小グループ−愚かな金持ち
小グループ
[ 書くのが苦手なCS校長のブログ ]
2010/11/12(金) 午前 8:53
先日の小グループ−愚かな金持ち
聖書箇所 ルカ12:13〜21 農業などの第一次産業で成功する人は必ずといっていいほど勤勉な人なんだそうです。なぜなら作物はまめに手入れしないとうまく育たないからです。しかし勤勉なら必ず成功するというわけでもありません。それに加えて何かしらの要因が加わって大収穫になるわけです。この金持ちももしかしたらそのような人だったのかもしれません。 その様にまじめにしてきた人ですが神は「愚か者」(20)とよぶのはなぜでしょうか。またその前に質問した群集のひとりになぜ「貪欲に注意しなさい」(15)とい
立派な息子
小グループ
[ 書くのが苦手なCS校長のブログ ]
2010/10/29(金) 午前 8:58
小グループの続きの記事−立派な息子
聖書箇所−ルカ15:25〜32 前回の質問。( http://blogs.yahoo.co.jp/wadaken406/43344083.html ) 〓「翌朝、兄と弟は、それぞれどんな気持ちで畑仕事に出かけたと思いますか。」 兄がどのように捉えたかで全く変わってしまうこの質問。もし父との会話で考えを変えることが出来たら心機一転で仕事に出かけることが出来たでしょう。でも私はそうは思えませんでした。なぜならば兄は今まで積み重ねてきたまじめで誠実な姿勢を否定されたと感じたのではない
立派な息子
小グループ
[ 書くのが苦手なCS校長のブログ ]
2010/10/29(金) 午前 8:57
先日の小グループ−立派な息子(続き)
聖書箇所−ルカ15:25〜32 実は質問を半分弱残した状態で前回終えてしまったのでその続きです。 このお話は例え話です。例え話に「続き」とか「もし」とかを想像するのはナンセンスかもしれませんがお付き合いを。 実はこんな質問がありました。 「翌朝、兄と弟は、それぞれどんな気持ちで畑仕事に出かけたと思いますか。」 「もし、兄が父に対して「弟を愛することが出来ません。お赦しください。」と言っていたら、父は兄になんと言ったと思いますか。」 私は前回は全く予想すら出来なかったこ
立派な息子
小グループ
[ 書くのが苦手なCS校長のブログ ]
2010/10/29(金) 午前 8:57
先日の小グループ−立派な息子
聖書箇所−ルカ15:25〜32 昨年11月にディスカッションした放蕩息子の続きです。そういえば当時は中途半端に思ってこの箇所も一緒に読んだ上でディスカッションしました。 兄に焦点を置いてこのお話を考えるととても面白いことがわかります。そこでこのお話のはじめにあたる11節から兄の感じ方に置き換えて考えてみました。 父が突然「財産を息子達に譲る」と言い出したのにはびっくりした。愚弟がきっと父になにか吹き込んだに違いない。私はいかぶしく思ったがすでに家長である父が下した決定だ。私が口
立派な息子
小グループ
[ 書くのが苦手なCS校長のブログ ]
2010/10/29(金) 午前 8:55
木曜日の小グループ−放蕩息子
聖書箇所、ルカ15:11〜24 なんで32節までよまないんだろ?ということで小グループではそこまで読みました。 生前分与は当時のイスラエルでは珍しいことでした。救われた際には全ての権利が主からいただいている、ということのようです。それをどのように用いるかは人間次第。こつこつと管理していくか、湯水のように消費していくか。それでも父の息子であるという関係は崩れない。 ところで元々示された箇所は弟の帰還まで。兄は不満を言うが、弟はすでに財を食いつぶしているので残りのものは兄のものだという
先日の小グループ−種まきのたとえ
小グループ
[ 書くのが苦手なCS校長のブログ ]
2010/10/1(金) 午前 8:40
先日の小グループ−種まきのたとえ
聖書箇所 ルカ8:4〜15 (平行箇所 マタイ13:3〜23、マルコ4:2〜20) この土地の例えは全てクリスチャンを指しています。クリスチャンであっても道端のように御言葉を拒否したり御言葉が心に根ざさなかったりいろんな悩みや快楽や周囲の状況で心配になり神様の優先順位が落ちたりします。 私たちはあまりにも自分自身に都合よく御言葉を利用していないでしょうか。 けむたい御言葉は心から締め出し、自分の都合にあった箇所だけを取り上げつつそこに示されている真理には目を背けたり、御言葉が
先日の小グループ−スロ・フェニキヤの女
小グループ
[ 書くのが苦手なCS校長のブログ ]
2010/9/3(金) 午前 8:53
先日の小グループ−スロ・フェニキヤの女
聖書箇所マタイ15:21〜28、マルコ7:24〜30 公生涯における唯一の外国旅行でのこと、だそうです。ツロ、シドンは今のレバノンにあった街です。そこの地元の人とイスラエル人は一切関係を持つことを禁じられていました。そんな中この女はにっくきユダヤ人に娘を癒してもらうためにひれ伏すのです。 しかしイエス様の態度は冷たいものでした。弟子達に言います。私はユダヤ人の救いのために来たのであって異邦人には遣わされていない、と。しかし今まで握り締めていたであろう宗教的な慣習、言い伝えによる偏見、自ら
捕獲その2・飛び込む
出先&出会い
[ Love & Peace ]
2010/4/29(木) 午前 10:18
わだけんさんを囲む会〜「生きにくさを宝に変えて」 〜
ブログ友達のわだけんさんが、東京のお茶の水で研修会があるとかで上京されるついでに、「美女と○○の会」(この会は、クリスチャンのブログ仲間です。)にいつくしみさんから招集がかかりました。 いつくしみさんの命令だったら、断れませんものねえ。 ところが、いつくしみさんは何かの用事が重なって不参加。 わたしは出がけに長電話があって、遅刻。その上、帰宅後にも電話がかかる約束で夜の時間に制限あり。 きもの工房さんは例によって、電車を反対方向に乗っちゃって遅刻。 シャイな
WWJD?
CS(教会学校)
[ 書くのが苦手なCS校長のブログ ]
2009/8/26(水) 午前 8:27
主イエス様ならどうする?
英単語の頭文字をプリントした腕輪です。キャンプの参加者にプレゼントです。 決して わだけん、わだけん、ジャパニーズだよん でもなければ、 わだけん、私に、自由時間を、ださんかい でもありません。 わだけん、わだけん、ジャパン、どーやねん と言われても答えに困ります。(笑)...






