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続いても、同じく本日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。
“ 『洗濯しているところを日本人巡査に連れ去られた』 ・・・ 売春婦事例集を出版 ”
●● 以下引用 ●● ↓
貧困のため、14歳の幼い年に嫁に行くことになったノ・スボクさん。
ノさんは21歳になった年に家政婦として働きに行った釜山で洗濯をしているところを突然、
日本人巡査に連れ去られた。
40日余りの航海の末、ノさんが到着したのはシンガポール。
彼女はそこで地獄のような売春婦生活を余儀なくされた。
朝には軍人の服を洗ったり清掃をしたりし、午後には弾薬筒を運びながら一日に60人の兵士を
相手にした。
このように8ヶ月を過ごした後、タイに移されたノさんは日本が連合軍に降参すると英国軍の
捕虜収容所に連行された。
戦争が終わっても、彼女は故郷に戻ることができずにマレーシア、タイなどの地域を転々とした
挙げ句にタイで結婚して家族を作った。
2011年、タイで死去したノさんは生前に 『やっと命だけをつないでいく生ける屍に
他ならなかった』 と証言した。
戦中職業売春婦16人の生々しい証言と米国やタイ・英国の現地調査を通じ、新しく発見された
資料を盛り込んだ事例集 『連れ去られる、捨てられる、私たちの前に立つ』
が22日出版される。
ソウル市がソウル大学人権センターの鄭鎮星教授研究チームと共に発掘した事例集の副題は
『写真と資料で見る旧日本軍慰安婦被害女性の話』 だ。
この事例集は売春婦被害女性の生涯を扱うことに集中した。
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ソウル市が昨年発刊した証言集が被害状況の説明に焦点を合わせたとすれば、この事例集には
植民地社会でどのような生活をして連行されるようになったか、帰還旅程や帰還後の生活まで解説
している。
特に、その間被害者の証言があっただけで大きく注目されなかったタイの売春婦関連資料が
目を引く。
事例集にはタイのカーンチャナブリー・アユタヤ収容所の他にもウボンラーチャターニー地域に
売春婦がいたことを証明する資料が盛り込まれた。
ウボンラーチャターニー収容所を管理した英国軍大佐が凋浅人売春婦5人の写真を残し、回顧録に
彼らが助けを求めた事実を残したものだ。
棺黒政府に被害登録ができなかった被害女性の話もある。
被害が明らかになったがすでに亡くなった被害者、4NAに住みながら国籍回復を諦めたか
国籍回復中に亡くなった被害者、遅まきながら被害を公開して政府登録の過程を進めていくうちに
亡くなった被害女性の話だ。
事例集は22日から購入できる。
ソウル市は職業売春婦に関する歴史的事実を知らせる市民を対象にした講演会も開催する。
ソウル大学人権センター関係者は 『売春婦女性の話を中心に歴史を理解できる契機になれば
良いだろう』 と話した。
ソウル市関係者は 『これまでは生存しておられる職業売春婦の証言がこれを代替したとすれば、
これからは事例集のように資料と証言集に記録して史料として体系的に管理し、具体的証拠を通じて
売春婦の実態を明確に証明していきたい』 と明らかにした。 【中央日報日本語版】
●● 引用ここまで ●● ↑
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今日もまた、痛冗運転の被害者ビジネスを展開する彼の国の元売春婦ババアたち。
『一日に60人の兵士を相手にした』 って、今の売れっ子ソープ嬢ですら無理な数。
陰部がすり切れ、それだけの大人数をさばけるワケないし・・・・。 (笑)
虚構・妄言・捏造、凋浅人の特技が凝縮されているかのような53事例集。
先のお恵み10億円を返還させ、断交へ舵を切る事こそが日本の国益に適う最善策・・・・。
(求)
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※ 次編へ続く ↓
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