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続いても、同じく本日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。 “ JR両国駅 『幻のホーム』 はなぜ生まれた? ターミナルの痕跡、今は イベント会場に ” ↓ ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 定期列車は止まらぬモノの、今もヒッソリと残存するJR両国駅の3番ホーム。 隣接の隅田川を挟み、かつての武蔵国と下総国の境目に位置しているのが同駅名の由来と聞いた事が あり・・・・。 何でも、かつては千葉からの行商専用電車の発着として使われていたとか・・・・。 たまに中央・総武線各駅停車を利用すると、同ホームの盛大に賑わう光景を車窓から目のあたりにも するし・・・・。 今もなお、多くの鉄道ファンを楽しませるための余生を送る古き良き昭和の遺産・・・・。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 当ブログは、以下のランキングサイトに登録しております。 お客様の応援ポチッと、宜しくお願い致します!! ↓ ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 本日も最後までご覧頂き、誠にありがとうございます。 そして、今日も一日お疲れ様です。 どうか、明日もあなたにとって素晴らしき時間でありますよう。 (祈) |
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続いても、同じく本日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。 “ 駅名は 『単純明快』 がいい ” ++ 以下引用 ++ ↓ JR山手線と京浜東北線の品川 − 田町間に建設中の新駅の名前が 『高輪ゲートウェイ』 に決まった。 周辺の再開発には時間がかかるが、東京五輪に間に合うよう、駅は来春に暫定開業する。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ JR東日本は、公募で一番多かった 『高輪』 を参考にしたというものの、ターミナル駅でない のにわざわざ玄関口を意味する 『ゲートウェイ』 を付加したことについては、事業者としての 意欲は感じられるが、賛否評価は分かれるところだろう。 鉄道の駅名は、立地する地名から付けられるのが一般的で、付近にランドマークとなる施設・寺社 や学校などがあれば、その名称を借りることもある。 ただ、一度名付けてしまえば地域を代表する目印であり、利用する住民らの愛着も沸くから簡単に 変えるわけにはいかない。 東急東横線の 『都立大学』 『学芸大学』 などがいい例で、学校が移転してしまった後も駅名 は残っている。 付近のマンションなどには 『○○都立大』 などと表記している物件も多く、不動産業界的には 立派なブランド名となっている。 それぐらい、駅名とは重く責任のあるものだ。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ では 『高輪ゲートウェイは』 どうだろう? 使い始めれば慣れるかもしれないが、どうもバランスが悪い。 山手線内回りで目黒、五反田、大崎、品川とリズムよく乗ってきて、次は高輪ゲートウェイ。 そして、田町、浜松町、新橋・・・と。 『やっぱり浮いてしまいませんか? 高輪だけで十分じゃないですか?』 と思う。 最近は英語でも案内が必要だから、海外からの旅行客は 『Takanawa − Gateway』 と聞いてどう感じるだろうか? 駅の乗客ランキングなどの統計でも、一駅だけ8文字も使うのは見栄えが悪い。 券売機や電車内に掲げる路線図でも、駅名のスペースに困るだろう。 首都圏の他社も事情は同じだから 『高輪G』 なんて表記が生まれるかもしれない。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 京急電鉄が同じく来春、4つの駅名を変更すると発表した。 いずれも、これまで長年慣れ親しまれた駅名だが 『創立120周年記念事業として、沿線地域の 活性化につなげることを目的に改称する』 そうだ。 たとえばその一つ、横浜から上り品川方面に2駅目の 『仲木戸』 は 『京急東神奈川』 となる。 旧東海道神奈川宿に近く、仲木戸の地名は将軍が泊まった御殿を囲む木戸に由来するとのこと。 JR京浜東北・横浜線の東神奈川駅とは100メートル足らずのデッキで結ばれており、乗換駅と しての役割を強調する効果がありそうだ。 他の駅名が変更される3駅も、総じて広く利便性を重視した変更と考えていいだろう。 実は今回の京急の駅名変更については、事前に沿線の小中学生を対象にした公募が案内され、伝統 ある地名を大切にしたいと考える人たちからは懸念の声が上がっていた。 品川駅の南にある 『北品川 (地名が北品川) もいよいよ変更されるか?』 などの下馬評も 呼んだが、結果的には変なキラキラネームにならずにホッとした。 駅名をめぐっては、地元で争いを避けるためもあって、安易な地名の結合や、新○○、東西南北を 付けた駅名もあふれている。 知恵を絞って後世に残すにふさわしい単純明快な名称を付けたいものだ。 【47NEWS】 ++ 引用ここまで ++ ↑ ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 来年の東京五輪開催に合わせ、開業する山手線の新駅。 全く以って、大正論を述べている当該記事のタイトル。 前回の関連記事にも明記の通り、もっと覚えやすい名前があるにもかかわらず・・・・。 なぜ、ゲートウェイなる意味不明瞭な下位候補を採用するのか、腑に落ちぬ事著しく・・・・。 私の中では 『東品川』 『南高輪』 『新港南』 が最も、沿線住民に愛着を持ってもらえるので はないかと・・・・。 まず、根治すべきは 『横文字使用がモダン』 という悪しき概念に凝り固まる、鉄道会社経営陣の 頭の中かも・・・・。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ※ 次編へ続く ↓ |
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こんばんは。 本日も 【YAHOO!ブログ ふるさと川崎 〈2〉 】 へご来訪頂き、誠にありがとう ございます。 あなたとの素敵&有意義な出会いに深謝申し上げます。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ まずは、本日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。 “ デストロイヤーさんが死去、88歳 子供と妻に囲まれ ” ++ 以下引用 ++ ↓ 力道山やジャイアント馬場のライバルとして知られる伝説の覆面プロレスラー、 ザ・デストロイヤー (本名 = リチャード・ベイヤー) さんが7日 (日本時間8日) に 亡くなった。 享年88歳。 同日に複数の米メディアが報じた。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 元プロレスラーの息子、カート・ベイヤー氏が自身のフェイスブックで報告したもので 『父のデストロイヤー・ドクターXことディック・ベイヤーが今日正午すぎに亡くなりました。 自宅で子供たち、妻に囲まれながら平穏に旅立っていきました』 などとつづった。 デストロイヤーさんはここ数週間、病院のケアを受けていたという。 米バファロー出身のデストロイヤーさんは1954年に素顔でデビューしていたが、1982年に 白地に赤の縁取りを付けたマスクを装着し、覆面レスラーの 『デストロイヤー』 として変身後に 大ブレーク。 同年にブラッシーを下し、WWAヘビー級王座を獲得。 1963年には日本プロレスに初来日し、力道山と対戦。 特に同年5月24日、力道山とのWWAヘビー級王座は平均視聴率64%をマークした。 以後、ジャイアント馬場のライバルとして大きな注目を集め、またアントニオ猪木との対戦経験も ある。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 1973〜79年には日本に在住し、全日本プロレスの所属選手として活躍。 馬場やジャンボ鶴田とタッグを組み、ブッチャーやミル・マスカラスと対戦し、人気を博した。 プロレス界でのキャリアは約40年、日米合わせて8000試合以上に及んでいる。 また、日本テレビのバラエティー番組 『金曜10時!うわさのチャンネル!!』 にレギュラー でも登場し、和田アキ子・徳光和夫アナウンサーとの掛け合いも人気を集めた。 1993年に現役を引退。 以降も度々来日し、2017年には外国人叙勲者として旭日双光章を受章していた。 【日刊スポーツ】 ++ 引用ここまで ++ ↑ ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 日本のプロレス界に旋風を巻き起こし、多大な功績を残したザ・デストロイヤーさんの逝去。 私が小学生の時分に日本テレビで放送された、ジャイアント馬場さんとの対決。 四の字固めやコブラツイストなど、数々の技を駆使し、テレビの前で息を飲んでそれを見守っていた 鮮烈な記憶があるせいか・・・・。 アブドーラ・ザ・ブッチャーやミル・マスカラスも、今や懐かしい外人悪役レスラー。 『金曜10時!うわさのチャンネル!!』 ではリングの上とは異なる、お茶目な一面も見せていた のが印象的。 当ブログのお友達 【ゴルゴ】 様も、おそらく私以上に豊富な思い出をお持ちかと・・・・。 芸能界・スポーツ界、間もなく平成という一時代に終止符が打たれようとしている中、相次いで 消えゆく昭和の灯。 どうか、安らかにご永眠下さいますよう。 (祈) ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ※ 次編へ続く ↓ |
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