ふるさと川崎 〈2〉

2019年 4月 1日 (月) に新ブログへ移転致しました。引き続き、宜しくお願い致します。 ↓

エンタメ (女優)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ ]

 こんばんは。

 本日も 【YAHOO!ブログ ふるさと川崎 〈2〉 】 へご来訪頂き、誠にありがとう
ございます。

 あなたとの素敵&有意義な出会いに深謝申し上げます。

==========================================

 まずは、昨日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。

  “ 出棺 『京唄子、日本一!』 − 近親者や関係者がお別れ ”

   == 以下引用 == ↓

  6日に肺炎のため、89歳で亡くなった元漫才師で女優の京唄子 
 (きょう・うたこ、本名・鵜島ウタ子 = うじま・うたこ) さんの告別式が8日、大阪市内で
 営まれ、近親者や関係者約50人が最後のお別れをした。

  出棺の際には 『京唄子、日本一!』 の声がかかった。

  長女・鵜島節子さん (67) は、喪主の挨拶で 『お母さんは国立文楽劇場 (大阪・日本橋)
 の舞台にもう一度立ちたかったと・・・。立たせてあげたかった』 と無念さをにじませた。

  戒名には芸名の一文字 『唄』 と 『櫻 (さくら) 』 が使われた。

  ひつぎのそばに桜の枝が生けられ 『最後の花見』 が演出された。  【スポーツ報知】

   == 引用ここまで == ↑

==========================================

 夫婦漫才で一世を風靡し、女優としても活躍していた京唄子さん。

 私が幼少時に見ていた、漫才コンビ唄子・啓助のテンポのいいかけ合い。

 今も、私の中では鮮烈に焼きついていて・・・・。

 その他、印象に残っているのは 『渡る世間は鬼ばかり』 の本間医院の姑役。

 漫才・ドラマ、いずれの中でも清楚さと上品さが醸し出されていて・・・・。

 また一つ、芸能界から消えてゆく昭和の灯。 (寂)

 どうか、安らかにご永眠下さいますよう。 (祈)

イメージ 1

==========================================

   ※ 次編へ続く ↓






















 
 続いても、同じく本日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。

  “ 安達祐実が第2子男児を出産 − 『我が家は喜びに満ちております』 ”

   ●● 以下引用 ●● ↓

  女優の安達祐実 (34) が第2子となる2900グラムの男児を出産した。

  29日、自身のブログで発表した。

  『ご報告』 と題したエントリーで 『このたび、2900グラムの男の子を出産いたしました。
 母子ともに健康です』 と報告。

  『沢山の方々にお力添えをいただき、この日を迎えられましたことを心から感謝しております』 
 とつづった。

  続けて 『我が家は喜びに満ちております。二人の子供の親として、主人と共に誠実に歩んで
 行きたいと思っておりますので、これからもよろしくお願い致します』 と呼びかけている。 

  安達は2014年11月に写真家の桑島智輝氏と再婚。

  今年2月に妊娠がわかった際には、ブログで 『主人も長女も、新しい家族の誕生をとても楽しみ
 にしております。無事に誕生してくれることを願って、大切に育んでいきたいと思います』 
 とつづっていた。

  2005年にお笑いコンビ・スピードワゴンの井戸田潤と結婚した安達は、翌2006年に第1子
 となる女児を出産したが、2009年1月に離婚していた。  【オリコン】

   ●● 引用ここまで ●● ↑

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 本日、第2子の男児出産を発表した安達祐実さん。

 それにしても、もう34歳とは・・・・。 (驚)

 今なお、私の中では 『家なき子』 での子役の姿が強烈に刻印されており・・・・。

 どうか、これからも幸多き家庭をお築き下さいますよう。 (祈)

イメージ 1

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 当ブログは、以下のランキングサイトに登録しております。

 お客様の応援ポチッと、宜しくお願い致します!! ↓



        FC2ブログランキング



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 本日も最後までご覧頂き、誠にありがとうございます。

 そして、今日も一日お疲れ様です。

 どうか、明日もあなたにとって素晴らしき時間でありますよう。 
(祈)





















 
 こんばんは。

 本日も 【YAHOO!ブログ ふるさと川崎 〈2〉 】 へご来訪頂き、誠にありがとう
ございます。

 あなたとの素敵&有意義な出会いに深謝申し上げます。

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 まずは、本日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。

  “ 白川由美さんが急死 ・・・・ 二谷英明さんとおしどり夫婦、ドラマで母親役好演 ”

   ●● 以下引用 ●● ↓

  俳優の故・二谷英明さん (享年81) の妻で女優の白川由美 
 (しらかわ・ゆみ、本名・二谷安基子 = にたに・あきこ) さんが14日午後、心不全のため死去
 していたことが15日、分かった。

  79歳だった。

  清楚な魅力で人気を集め、晩年も大ヒットドラマ 『家政婦のミタ』 などで活躍。

  近所の住人によると、先月まで元気な姿を見せていたという。

  2012年に夫が亡くなった際は大きなショックを受けていたが、愛する夫のもとへ旅立った。

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

  2011年の日本テレビ系 『家政婦のミタ』 で主人公・ミタ (松嶋菜々子、42) の過去
 を知る家政婦紹介所所長役を好演するなど、晩年まで存在感あふれる演技で魅了してきた白川さんが
 帰らぬ人となった。

  この日午後、長女で元女優の二谷友里恵さん (51) が社長を務めるトライグループが
 ファクスで発表、突然の訃報に衝撃が走った。

  50年近い親交がある近所の住人によると、最近も 『元気だった』 という白川さん。

  先月1日に東京・五反田で行われた同級生との食事会に参加。

  帰り際の元気な白川さんの姿を見かけたといい、驚きを隠せない。

  ただ、1〜2週間前に白川さんの携帯電話にかけた際、出ないことがあり心配していたという。

  2012年に夫が肺炎で他界したこともあり、最近は自宅に帰らず、2000年に 
 『家庭教師のトライ』 創業者と再婚し、実業家として活躍する友里恵さんの家に身を寄せていた。

  77歳の誕生日のときには友里恵さん宅で、喜寿を祝う盛大なパーティーを開いていたといい、
 同住人は 『面白くて、優しくて、明るい、気さくな方だった』 と故人の人柄を振り返った。

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

  白川さんは1956年に映画 『ならず者』 でデビュー。

  清楚なイメージと知的さが漂う美貌で人気を博した。

  1980年代頃からは活躍の場を映画からドラマに移すと 『家族ゲーム』 『ママハハ・ブギ』 
 などで母親役を好演し、母親にしたい有名人ランキングで上位の常連に。

  近年も話題作に次々と出演したが、2014年のフジテレビ系 『ブラック・プレジデント』 
 が最後の作品と見られる。

  私生活では1964年に二谷さんと結婚し、同年に友里恵さんを出産。

  二谷さんとはおしどり夫婦として知られ、夫婦でJRのフルムーンパスのイメージカップルを
 務めた。

  二谷さんが亡くなった際には遺体にずっと寄り添い、大きなショックを受けていた。

  今頃、愛する夫と天国で会っているに違いない。  【サンケイスポーツ】

   ●● 引用ここまで ●● ↑

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 脇役として、数多くのドラマや映画に出演していた白川由美さんの急逝。

 容姿からも、清廉さと上品さが醸し出されていた名女優。

 演技力も高く、存在感を如何なく発揮していただけに訃報はあまりにも・・・・。 (惜)

 他のニュースソースによると、浴室で倒れたという情報もあり・・・・。

 私の中で、今も印象に残っているのは記事内で紹介されている 『家族ゲーム』 。 

 そして、母親役を熱演したコント 『ドリフの爆笑家族』 。
(森光子さんのとは別ヴァージョン)

 また一つ、芸能界から昭和の灯が消えていくのは残念な限り・・・・。 (寂)

 旦那様の二谷英明さんと仲睦まじく、どうか安らかにご永眠下さいますよう。 (祈)

イメージ 1

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

   ※ 次編へ続く ↓






















 
 続いても、同じく本日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。

  “ 原節子さん、9月に死去していた − 95歳 『東京物語』 『晩春』 ”

   ## 以下引用 ## ↓

  昭和の大スターと呼ばれた元女優の原節子 (はら・せつこ、本名・会田昌江 = あいだ・まさえ)
 さんが9月5日、肺炎のため神奈川県内の病院で95歳で亡くなっていたことが25日、分かった。

  原さんは横浜市出身。

  1963 (昭和38) 年の映画出演を最後に表舞台には出ることがなく、またその後の生活も
 ほとんど知られていなかった。

########################################## 

  原さんは1920 (大正9) 年6月17日生まれ。

  実家の生活苦のため、女学校を中退し、1935 (昭和10) 年に日活多摩川撮影所に入社。

  同年の映画 『ためらふ勿れ若人よ』 でデビュー。

  役名 『節子』 をそのまま芸名にし 『原節子』 となったという。

  日本とドイツが急接近しつつあった1937年、ドイツのアーノルド・ファンク監督による初の
 日独合作映画 『新しき土』 のヒロインに抜擢されると、日本人離れした容姿は国内だけでなく
 外国でも話題となり、一気にスターとなった。

########################################## 

  その後、東宝へ移籍。

  戦時中は 『ハワイ・マレー沖海戦』 『決戦の大空へ』 『勝利の日まで』 など、戦意高揚
 映画に数多く出演。

  戦後も、化粧品会社のカラーポスターで暗い世相を明るくすると、黒澤明監督の戦後初の作品 
 『わが青春に悔なし』 に出演。

  1947 (昭和22) 年には東宝を離れフリーとなる。

  『安城家の舞踏会』 『青い山脈』 『お嬢さん乾杯』 など、戦後を代表する数々の作品に出て
 いたが、1949 (昭和24) 年に初めて小津安二郎監督と組んだ 『晩春』 に出演。

  1961 (昭和36) 年の 『小早川家の秋』 まで、小津作品に計6本出演した。

########################################## 

  『永遠の処女』 など、様々なキャッチフレーズがつけられ、何度か体調不良が伝えられ、その度
 に引退がささやかれたが、1962 (昭和37) 年の 『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』 が最後の
 映画出演となった。

  1963 (昭和38) 年に小津監督が亡くなり、その通夜に出席したのを最後に表舞台からは
 遠ざかっていた。

  神奈川・鎌倉で妹夫婦と生活しているとされ、写真週刊誌などが何度も 『スクープ』 を狙って
 いたが、50年以上その姿を捉えたものはない。  【スポニチアネックス】

   ## 引用ここまで ## ↑

##########################################

 50年以上前に芸能界から引退し、私自身は伝説としてしか聞いた事のない原節子さん。

 過去のモノクロ写真を見ると、あたかも清純派を絵に描いたルックス。

 今見ても気品が漂い、オーラを放つかのよう美貌。

 ドイツ人の監督が抜擢する事自体、相当高い演技力を持っていたのかと・・・・。

 現在、スターと呼べる人物のいない芸能界。

 おそらく、その代表格としても称賛を浴びていたのかと・・・・。

 どうか、安らかにご永眠下さいますよう。 (祈)

イメージ 1

##########################################

 当ブログは、以下のランキングサイトに登録しております。

 お客様の応援ポチッと、宜しくお願い致します!! ↓



        FC2ブログランキング


##########################################

 本日も最後までご覧頂き、誠にありがとうございます。

 そして、今日も一日お疲れ様です。

 どうか、明日もあなたにとって素晴らしき時間でありますよう。 
(祈)





















 
 こんばんは。

 本日も 【YAHOO!ブログ ふるさと川崎 〈2〉 】 へご来訪頂き、誠にありがとう
ございます。

 あなたとの素敵&有意義な出会いに深謝申し上げます。

><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><

 まずは、本日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。

  “ 加藤治子さんが92歳で死去 ・・・・ ありがとう、昭和の優しきお母さん ”

   >< 以下引用 >< ↓

  テレビドラマなど、数多くの母親役で人気のあった女優の加藤治子 (かとう・はるこ) さんが
 2日、心不全のため92歳で亡くなった。

  加藤さんは東京都生まれ。

  葬儀は近親者のみで営まれた。

><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><

  森光子さんや山岡久乃さんらと並び、加藤さんは 『日本のお母さん像』 と評された名女優。

  松竹少女歌劇学校を経て、1939 (昭和14) 年に東宝映画入り。

  『花つみ日記』 で映画デビューし、榎本健一さんの相手役などを務めた。

  1964 (昭和39) 年に森繁久弥さんと共演したテレビドラマ 『七人の孫』 から着物姿
 の母親役がハマリ役となった。

  温かみのあるひょうひょうとした役が多かったが、女の業をのぞかせる演技も光った。

  また、向田邦子作品ではキーマンとなる役を多数演じた。

><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><

  『阿修羅のごとく』 『だいこんの花』 などが代表作で 『寺内貫太郎一家』 では主演の
 小林亜星の妻役を演じて人気ドラマを支えた。

  近年では、スタジオジブリのアニメ作品 『魔女の宅急便』 『ハウルの動く城』 などで声優を
 務め、2010 (平成22) 年には映画 『おとうと』 に出演するなど、幅広く活躍していた。

  私生活では1946 (昭和21) 年に劇作家の加藤道夫さんと結婚したが死別。

  その後、1958 (昭和33) 年に俳優で演出家の高橋昌也さんと再婚し、1973 
 (昭和48) 年に離婚した。  【スポニチアネックス】

   >< 引用ここまで >< ↑

><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><

 ドラマでは理想の母親像を数多く演じた、昭和の代表格的名女優の92歳逝去。

 やはり、私の中では 『寺内貫太郎一家』 の主人公・小林亜星さんが演じる石材職人の頑固オヤジ
の奥さん役が最も印象に残っている作品。

 作品内で、父親役の小林亜星さんと息子役の西城秀樹さんが親子ゲンカで取っ組み合いの乱闘を繰り
広げ、卓袱台をひっくり返すシーンは今なお鮮烈。

 画面からもオーラが漂い、高い演技力で存在感を如何なく発揮していた加藤治子さん。

 また一つ、芸能界から昭和の灯が消えていくのは残念な限り・・・・。 (寂)

 どうか、安らかにご永眠下さいますよう。 (祈)

イメージ 1

><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><

   ※ 次編へ続く ↓






















 

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ ]


.
わが町神奈川
わが町神奈川
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

友だち(18)
  • ライオンKIDS
  • 森衛門
  • 食べ過ぎ習慣病 たみこ
  • 憲坊法師
  • 千葉日台
  • メリオ
友だち一覧
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

時事

日記

音楽

執筆

趣味

スイーツ

料理

散策

オシャレ

標準グループ

登録されていません

過去の記事一覧

検索 検索

Yahoo!からのお知らせ

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事