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続いても、同じく本日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。 “ 『秀樹の妹』 河合奈保子、訃報に悲痛 『あまりにもショック過ぎて・・・』 ” ◆◆ 以下引用 ◆◆ ↓ 歌手の西城秀樹 (本名 : 木本龍雄、きもと・たつお) さんが16日に63歳で亡くなった ことを受け、1980年に 『秀樹の妹』 としてデビューした歌手・河合奈保子 (54) が 17日、所属事務所を通じ、文書で追悼コメントを発表した。 『あまりにもショック過ぎて・・・。全く言葉が出ません。今はただただ、秀樹さんに多くの感謝 の気持ちをお伝えしたい想いでいっぱいです』 と悲痛な胸の内をつづっている。 河合は1980年、西城さんの名を冠した新人発掘を目的とする 『HIDEKIの弟・妹募集オーディション』 で優勝。 同年6月1日、アイドル歌手としてデビュー。 翌1981年には 『スマイル・フォー・ミー』 でNHK紅白歌合戦に初出場を果たし、 1982年発売の 『けんかをやめて』 も代表曲として知られている。 【オリコン】 ◆◆ 引用ここまで ◆◆ ↑ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『HIDEKIの妹オーディション』 の応募者約25000人の中から選ばれ、華やかなアイドル デビューを飾った河合奈保子さん。 一体、0が小数点以下何個つくのか、低確率も相当な難関を突破し・・・・。 何やら、採用も秀樹さんの独断だそうで・・・・。 プロフィールの写真から、スター性や光る原石のような将来性を見い出したのか・・・・? その先見性に導かれ、数多くのヒット曲に恵まれ、25歳を過ぎてからは作詞・作曲活動や舞台公演 など多様な分野で活躍し・・・・。 かつては同じ事務所に籍を置き、CMでも共演した事のある芸能界・音楽界の兄と妹。 活動休止から21年、今なお復帰を望む数多くの奈保子ファンにとっても、秀樹さんが 『運命の救世主』 である事は不変の定理。 私自身、まだまだ秀樹さんの楽曲やテレビにまつわる昭和の古き良き思い出は尽きぬ中、本日は大変 拙劣ながら追悼記事を3本まで・・・・。 (合掌) ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 当ブログは、以下のランキングサイトに登録しております。 お客様の応援ポチッと、宜しくお願い致します!! ↓ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 本日も最後までご覧頂き、誠にありがとうございます。 そして、今日も一日お疲れ様です。 どうか、明日もあなたにとって素晴らしき時間でありますよう。 (祈) |

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