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続いても、同じく昨日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。 “ 浅尾美和 待望の第1子長男を出産 − 結婚から1年8ヶ月 ” ## 以下引用 ## ↓ 元プロビーチバレー選手の浅尾美和 (28) が16日、第1子となる長男を出産した。 所属事務所が発表した。 この日の午前7時42分に出産し、3612グラムだった。 浅尾は2013年4月2日に、一般の男性と結婚。 今年の7月13日には、ブログで第1子の妊娠を発表した。 『初めて、赤ちゃんの心臓の音を聴いた時は嬉しくて涙が止まりませんでした』 と喜びを語った 浅尾は、その後もブログで妊婦としての生活の一部を伝えていた。 最近では、10月末に飛騨高山を観光した際の模様を11月19日付けで書き込んでいたが、これ を最後に更新を休止していた。 【デイリースポーツ】 ## 引用ここまで ## ↑ ########################################## 先日の荒川静香さんに続き、今回も元女子アスリート出産の朗報。 引退から2年、その翌年に結婚。 そして、昨日晴れて母親に。 また、第1子が私と同じ12月16日生まれというのにも感じる数奇さ。 (笑) どうか、これからも幸多き家庭をお築き下さいますよう。 (祈) ########################################## 当ブログは、以下のランキングサイトに登録しております。 お客様の応援ポチッと、宜しくお願い致します!! ↓ ########################################## 本日も最後までご覧頂き、誠にありがとうございます。 そして、今日も一日お疲れ様です。 どうか、明日もあなたにとって素晴らしき時間でありますよう。 (祈) |
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続いては、本日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。 “ 坂本一生 − スズメバチ駆除や指輪探しも請け負う便利屋に転身 ” ** 以下引用 ** ↓ かつて芸能界を賑わせたあの人が今、意外な所で活躍している。 人気俳優・加勢大周が独立後に以前所属していた事務所と芸名の所有権をめぐって争うという騒動 の中、その事務所側から新たに 『新加勢大周』 の芸名でデビュー。 その20日後には現在の名前に改名するという、波瀾のスタートを切った 坂本一生さん (43) 。 マッチョな体をウリにスポーツ番組を中心に出演していたが、仕事にはあまり恵まれず。 その後はプロレスラーになったり、トラック運転手になったりと、様々な職を転々とした。 そして現在、全国展開する 『便利屋!お助け本舗』 の取締役。 自身が現場にも行って汗を流す。 きっかけは、2011年3月11日の東日本大震災だった。 『茨城県水戸市の友人宅に遊びに行っていた時に被災しました。電車が動くまでの10日間、友人 宅に泊まり、復旧作業のお手伝いをしようと思ったんです。お年寄りは80kgのガレキを持てない けど、ぼくにはできる。倒れた塀をその人の敷地内に運んであげるなどしていました。そうして復旧 作業を手伝っていると、あるおばあちゃんがありがとうと言って、昆布のおにぎりを持ってきて くれたんです。すごくおいしかったし、すごく嬉しかった。しばらくして知人が便利屋を始めたので 人のために役立つ仕事だから、ぼくもやろうと思ったんです。』 震災から4ヶ月後に就職した便利屋でさまざまな依頼をこなしてきたが、いちばん大変だったのは スズメバチの巣の駆除だった。 『駆除専用の装備がなかったんですが、断ると依頼者にリピーターになってもらえないと思って。 フルフェイスのヘルメットをかぶり、冬のジャンパーを何重にも重ね、軍手の継ぎ目をガムテーブで ギチギチに止めて臨みました。夏だったので暑いのなんの。巣はバスケットボールの倍くらいの 大きさで、全身にスズメバチが群がってきた時は本当に怖かった。何とか1人で作業をやり終えたん ですけど、スズメバチは専門業者に頼んだほうがいいですよ。 (苦笑) 』 この仕事でやりがいを感じるのは、人の役に立てたと実感する時だ。 2011年10月、夫の形見の結婚指輪をなくしたという80代女性からの依頼があった。 5LDKの広い木造家屋を朝から探し回った。 タンスの裏、机の中、どこをどう探してもどうしても見つからなかった。 『結局日が暮れてしまって、おばあちゃんが作ってくれた夕食をごちそうになったんです。その時 ナスの漬け物を出され、もしかしてと思い、糠床の中を探したら、あったんです! おばあちゃんは 半ベソをかきながら感謝してくれましたね。』 女性は 『ありがとう、おじいちゃんに怒られるところだった』 と坂本さんに感謝した後、綺麗 に指輪を洗うとケースにしまって仏壇に置き、静かに手を合わせていたという。 女性は坂本さんの名前さえ知らないだろうが、一生彼のことを忘れないだろう。 【NEWS ポストセブン】 ** 引用ここまで ** ↑ ****************************************** 1990年代に 『新加勢大周』 の芸名でタレント活動をしていた坂本一生さん。 デビューから数年後にテレビから姿を消すも、現在新たな道を歩んでいるとは初耳。 芸能界で開花するという夢は叶わぬも、便利屋という世界に活路が見い出せて何より。 80kgのガレキって、一般の成人男性でも運ぶ事は困難かと・・・・? そういえば、本家の加勢大周さんも最近はほとんど見ていないような・・・・。 どうか、これからも会社取締役として、充実感のある毎日をお送り下さいますよう。 (祈) ****************************************** 当ブログは、以下のランキングサイトに登録しております。 お客様の応援ポチッと、宜しくお願い致します!! ↓ ****************************************** 本日も最後までご覧頂き、誠にありがとうございます。 そして、今日も一日お疲れ様です。 どうか、明日もあなたにとって素晴らしき時間でありますよう。 (祈) |

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続いては、本日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。 “ 荒川静香さん、第1子の女児出産 ” ◎★ 以下引用 ★◎ ↓ フィギュアスケートのトリノ五輪金メダリストで、プロスケーターや解説者として活躍する 荒川静香さん (32) が12日、11月6日に第1子となる2860グラムの女児を出産 したと発表した。 予定日より早い出産となったが、母子ともに順調だという。 コメントは以下の通り。 『初めての経験に喜びや期待、不安や戸惑うこともありましたが、生まれてきたわが子がギュッと 手を握ってくれた時には、安堵 (あんど) と、言葉に出来ない感動を味わいました。新しい人生 をスタートさせた娘の人生のサポーターであり、良き理解者となれるよう、娘からたくさんのことを 学びながら、母として愛情を持って精いっぱい向き合って参りたいと思います。もう少しの間お休み を頂戴し、また皆様にお会いできる日を楽しみにしています。今後も何卒宜しくお願い致します!!』 【日刊スポーツ】 ◎★ 引用ここまで ★◎ ↑ ★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎ トリノ冬季五輪では、華麗で卓抜な演技を披露してくれた荒川静香さん。 早いモンで、彼の大会から8年が経ち、昨年結婚。 そして11月6日、晴れて母親に。 もしや、いずれは金メダル候補のイナバウアー2世が誕生? (笑) どうか、これからも幸多き家庭をお築き下さいますよう。 (祈) ★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎ 当ブログは、以下のランキングサイトに登録しております。 お客様の応援ポチッと、宜しくお願い致します!! ↓ ★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎★◎ 本日も最後までご覧頂き、誠にありがとうございます。 そして、今日も一日お疲れ様です。 どうか、明日もあなたにとって素晴らしき時間でありますよう。 (祈) |
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続いても、同じく昨日の 【YAHOO!ニュース】 から以下の記事を。 “ 杉村太蔵 − 大学中退、就活失敗、時給800円清掃員時代を語る ” ●● 以下引用 ●● ↓ 初の著書 『バカでも資産1億円 儲けをつかむ技術』 が話題を集めている杉村太蔵氏。 同書では清掃員から外資系証券マンへの転身、さらに国会議員当選、落選後のタレントデビュー など、自身の半生を振り返りながら、人生の 『儲け』 をつかむ技術について綴っている。 彼が現在に至るまで貫いているのは 『働く』 ことに対するまっすぐな姿勢だ。 その原点は 『大学中退』 にあるという。 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● テニスで国体優勝した経験から、スポーツ推薦で筑波大学に入学した杉村氏。 在学中は大学の授業よりも司法試験合格を目指して勉強に励んだ。 しかし、うまくいかず、大学を中退することになってしまう。 そのとき、杉村氏は実家の北海道・旭川で歯科医を営む父親に 『歯科医の仕事を手伝うよ』 と相談した。 すると、父親からこう言われたという。 『働かないなら死ね!!』 その言葉で尻に火が付き、慌てて就職活動を始めた杉村氏だが、当時は就職氷河期。 採用試験を受けまくったが、大学中退の彼を採用してくれる企業はなかった。 『自分は社会に必要とされていないんじゃないか? そんな気持ちでいっぱいになりました』 その後、杉村氏は派遣会社数社に登録。 ほどなくして 『仕事があります』 と電話が入る。 ビル清掃員の仕事だった。 『躊躇なく引き受けました。日雇いのアルバイトで食いつないでいたので、数ヶ月は食べて いけますからね』 仕事の内容はフロアの掃除から、廊下や階段の床拭き、トイレ掃除など。 時給は800円。 仕事は大変ではなかったのだろうか? 『楽しくて本当にやりがいがあった』 と杉村氏は語る。 『なぜか?』 と尋ねるとこう答えるのだ。 『仕事があること自体がうれしかったからです。将来何をしていいかわからない不安の中で、 やっと与えられた仕事。目の前の便器をピカピカにするという目標ができただけで、こんな自分 でも誰かのために役立っていると思えました』 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 父親の言った 『働かないなら死ね!!』 という言葉についてはこう振り返る。 『働いてお金を稼ぐということがどれほど大切なことなのか、父なりに伝えたかったのだと 思います。父には本当に感謝しています』 その後、外資系証券マンから国会議員になり、今ではタレント・投資家・実業家と活動の幅を 広げている。 今でも、仕事に真摯に向き合う姿勢は全く変わっていない。 それが今の彼の活躍につながっていると言える。 新著について最後にこうコメントを寄せた。 『資産が1億円あるということを自慢したいわけじゃありません。僕のように大学中退、就職活動 の挫折、人生なんかうまくいかない、ということって誰しもあると思うんです。そんな時に人生を前 に進めるには、目の前の与えられた仕事一つ一つを一生懸命やることしかないと僕は考えています。』 『あの杉村太蔵ができたなら自分でもやってみよう。僕の経験してきたことがそう思って頂く きっかけになればありがたいですね』 【NEWS ポストセブン】 ●● 引用ここまで ●● ↑ ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 私自身はほとんど記憶にない、小泉チルドレン時代の杉村氏の功績。 結局は、自費出版の著書をセールスしているだけの駄文。 何だか、この長い記事を読むだけでも伝わってくる氏の痛々しさ・残念さ。 政治屋・成金タレント・無益な自己啓発本、私の中で一切不要という事で・・・・。 (疲) ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 当ブログは、以下のランキングサイトに登録しております。 お客様の応援ポチッと、宜しくお願い致します!! ↓ ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 本日も最後までご覧頂き、誠にありがとうございます。 そして、今日も一日お疲れ様です。 どうか、明日もあなたにとって素晴らしき時間でありますよう。 (祈) |

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こんばんは。 本日も 【YAHOO!ブログ ふるさと川崎】 へご来訪頂き、誠にありがとうございます。 あなたとの素敵&有意義な出会いに深謝申し上げます。 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 昨日の 【YAHOO!ニュース】 に以下の記事が。 “ 桂小金治さん死去 88歳 − ワイドショーの名司会者で人気 ” ●● 以下引用 ●● ↓ ワイドショーの司会などで親しまれた落語家でタレントの桂小金治 (かつら・こきんじ、本名田辺幹男 = たなべ・みきお) さんが3日午後4時45分、肺炎のため 川崎市麻生区の病院で死去した。 88歳だった。 通夜は10日午後6時から、東京都品川区西五反田5の32の20の桐ケ谷斎場で。 葬儀・告別式は11日午前9時半から、同所で。 喪主は妻良子(りょうこ)さん。 小金治さんは1926年、東京都生まれ。 陸軍少年戦車兵学校在校中に終戦を迎え、1947年に2代目桂小文治に入門して落語家となる。 52年、落語家の二つ目から役者に転じ、昭和30年代から映画やテレビドラマ・バラエティ番組 に数多く出演し、ワイドショーの名司会者として人気を博した。 ワイドショー司会者時代は、政治家や官僚に対し怒りを率直に表す発言で人気を集め、その後の 『それは秘密です!!』 (日本テレビ) では、一転して人情味あふれる司会ぶりでお茶の間の涙 を誘った。 晩年は落語の公演などに取り組んでいた。 【スポニチアネックス】 ●● 引用ここまで ●● ↑ ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 私の中では落語家よりも、むしろ司会者としてのイメージが強い桂小金治さん。 37、8年前の小学生の時分に火曜日の7時半から見ていた 『それは秘密です!!』 。 今なお、脳裏に濃厚に刻印されている 『雨止んで、人傘を忘る』 という名調子。 番組ゲストや一般視聴者の再会コーナー。 いわずもがな、昭和を代表する名司会者の一人。 テレビの素晴らしい時代に終止符が打たれたかのような感がある、88歳の逝去。 どうか、安らかにご永眠下さいますよう。 (祈) ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ※ 次編へ続く ↓ |

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