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[第四聯]
けれどもこれら新世代沖積世の 巨大に明るい時間の集積のなで 正しくうつされた筈のこれらのことばが わづかその一點にも均しい明暗のうちに (あるひは修羅の十億年) すでにはやくもその組立や質を變じ しかもわたくしも印刷者も それを変らないとして感ずることは 傾向としてはあり得ます けだしわれわれがわれわれの感官や 風景や人物をかんずるやうに そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに 記録や歴史、あるひは地史といふものも それのいろいろの論料といっしょに (因果の時空的制約のもとに) われわれがかんじてゐるのに過ぎません おそらくこれから二千年もたったころは それ相當のちがった地質學が流用され 相當した證據もまた次次過去から現出し みんなは二千年ぐらゐ前には 青ぞらいっぱいの無色な孔雀が居たとおもひ 新進の大學士たちは気圏のいちばんの上層 きらびやかな氷窒素のあたりから すてきな化石を發堀したり あるひは白堊紀砂岩の層面に 透明な人類の巨大な足跡を 発見するかもしれません [意訳]
ところで、私がこれまで書いてきた童話に見るように、私の感性と思考の対象は、もともと自然や人間のみではなかった。よだかやカラス、熊や鹿、自然の風景や木々、小さな草花などの、有機体の生命をもつものの一切と、言葉を交わすことが出来た。そればかりではない。無機物の石ころや土壌、岩石やその下の地層さえもがわたくしには、かって命あったもの、いまも生命ある者のごとく見えていた。さらに太陽や銀河や星、コスモスさえもが生命体であるかのごとくに見えたのだった。 『よだかの星』や『烏の北斗七星』、あれらの物語は、ひとりわたくしだけの、「ア・プリオリな総合判断」に過ぎなかったのか。まさかそんな筈はない。あのトランクいっぱいのイーハトヴのほんとうの物語は、世界の真理の論料として、確かにわたくしが書き記したものだった。 デカルトによって中世のスコラを脱し、明晰さを取り戻した理性の力。「ひとそれぞれ」、私たちのだれもがもつ、この主観という場所は、近代になって人間が手に入れた、自分で考えるための大切な足場だ。このとき人間は「わたくし」から「世界」を考える力を獲得した。これは人間にとって、古代ギリシャのプロメテウスの火に次ぐ2000年来の、第二の火の獲得と言っていい。 斯くして、単なる純粋悟性や純粋理性からする物の認識は、すべて単なる仮象にほかならず真理は経験のうちに存する。真理は体系のうちに存するのではなく経験のうちに対象との出会いによって得られるものであり、認識にとって、感性的契機がぜひとも必要なのである。 この度、新進の士のこの小論が、膨大な賢治論料のなかで、小さな発見の足跡になればと願うばかりです。 [補註]
⑤「ア・プリオリな総合判断」、これこそカント哲学の主導概念なのである。学問的真理や科学的命題はこの「ア ・プリオリな総合判断」とされる。 カントによるとあらゆる認識は判断の形をとる。判断は主語と述語で構成され、二種類に分類される。 1).すでに主語概念に含まれている概念を述語としても つ判断を「分析判断」という。この種の判断が「分析 的」と呼ばれるのは、主語概念を分析すると、述語がおのずと出てくるからである。たとえば、「物体は広がりをもつ」という判断の場合、「広がり」という述語は 「物体」という主語概念の定義の中にすでに含まれており、従って「物体」を分析すれば「広がり」はその中に見いだされうる。 2).それに対して、もともと主語概念には含まれない述語を、主語概念と結びつける判断があり、それを「総合判断」という。これが「総合」と呼ばれるのは、互いに含意しあわない二つの異なった概念を結びつけるからである。たとえば、「海は青い」という判断の場合、 「青」は「水」や「塩分」その他の概念とちがって「海」 という概念に本質的に含まれているわけではなく、この概念の外から取ってこられたものであるから、それは総合的である。 「海は青い」が意味ある命題として成りたっているのは、「海」に「青」を正当に結びつけることを保証する直感の助けによる。この命題にかぎらず、一般に有意味な命題はそれに対応する直感によって裏づけられる。理性の誤謬や仮象、二律背反によってそれぞれの主張が無意味で空虚な、しかも自己矛盾する結果に陥るのは煎じつめれば、判断の有意味性を保証する直感、経験という契機を欠いていたからにほかならない。 その意味では、総合判断が「総合的」と呼ばれるのは、右に述べたように単に主語に含まれていない概念を主語と総合するからというにとどまらず、より積極的には、概念と直感の総合を実現するから、ということができるであろう。 [第五聯]
すべてこれらの命題は 心象や時間それ自身の性質として 第四次延長のなかで主張されます 大正十三年一月廿日 宮澤賢治
[意訳]
すべての命題は、感性的直感と時空のア・プリオリな「現象」として、私の理性が的確に認識、処理し、四次元連続体という相貌の図式をもって主張されます。 [補註]
⑥我々にとって世界とは、外的には自然であり、内的には人間、心である。そしてまた世界とは、我々それぞれが、運命という芝居を演ずる舞台でもある。 最後にもう一度、賢治とカントの「世界」を確認しておこう。次の賢治の「青ぞらのはてのはて」の世界 (当時31才)とその次の「カントの世界」(当時57才) とはどう違うのだろうか。哲学とは徹頭徹尾、自分で考え抜くものなのである。 「青ぞらのはてのはて」 青ぞらのはてのはて 水素さえあまりに希薄な気圏の上に 「わたくしは世界一切である 世界は移ろう青い夢の影である」 などこのようなことすらも あまりに重くて考えられぬ 永久で透明な生物の群が棲む 世界は「所与」ではない。世界は経験を拡張し、事象をさかのぼるそのつど生起する。経験が生起するたびに、境界として生成する。世界とは「課題」である。 世界はそのときどき、いまだ規定されていないものとして、経験の地平であるにとどまる。世界という地平を欠いては経験そのことが不可能であるが、地平としての世界は、一切の可能な経験を超えている。経験はそれが世界に関わるものである限り、世界そのものを地平として前提している。世界それ自体については、その直接的で全体的な経験はけっしてありえない。世界とは経験を超えた、経験自身の地平である。 (了)
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なーすのお仕事してる、みかです☆
マジ最近ストレス溜まりまくってて、発散したいな??みたいな・・・
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2011/10/17(月) 午後 10:34 [ みかみかなーす☆ ]
72e6116M
人肌恋しくなってきたり、しない?
私は、なるなぁ・・・。一人で眠るのは寂しいよ。。
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2011/10/30(日) 午前 1:32 [ 寒くなってきたし… ]
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2011/11/6(日) 午後 9:22 [ 寒くなってきたし… ]
d272KXD7
そういう時こそ
リア充しようぜ☆
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2011/11/11(金) 午前 10:01 [ 最近のTVってつまんなくない? ]
x833529K
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ここ、マジで稼げちゃうんですよね…
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2011/11/23(水) 午前 3:04 [ 唐突にすみません ]