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大西民子のブログ 目次
1.ブログをはじめました!大西民子略年譜
2.新大西民子論『定本・大西民子のうたと絵画』と私の好きな大西民子のうた 3.(付録1)歌集別ゴッホ・ルオー・クレー・の大西民子の絵画の歌(40首) 4.(付録2)歌集別ムンク・モネの大西民子の絵画の歌(28首) ブログをはじめました!
大西民子略年譜 (2010年5月24日 石川朗 作成) 父 菅野佐介 明治21年(1888年)7月7日生 福島県安達郡塩沢村字七廻七拾五番地 佐次郎(弟) 母 菅野カネ 明治24年(1891年)8月10日生 福島県二本松町字竹田 菅野末吉(長女) 大正4(1915) 10月16日 婿養子縁組、婚姻届、 盛岡市志家第参地訓字松尾前六拾九番地拾壱 大正13年(1924)(年齢) 5月8日 民子 上記(現八幡町)で出生
昭和12(1937)(13) 3月 盛岡市立城南尋常小学校卆業 昭和12(1937)(13) 4月 盛岡高等女学校入学 昭和14(1939)(15) 2月 姉サト没(享年23歳) 昭和16(1941)(17) 4月 奈良女子高等師範学校入学 文科第一部(国漢専攻)、寄宿舎、奈良在住の前川佐美雄 氏に 学び『オレンジ』に所属。 北見志保子『月光』にも投稿
昭和19(1944)(20) 9月 釜石高等女学校教諭 昭和20(1945)(21) 1月 現職の父病没(享年56歳 気仙郡高田町) 7月 釜石艦砲射撃、8月遠野で敗戦 昭和22(1947)(23) 3月 釜石工業高等学校教諭大西博と結婚 昭和23(1948)(24) 1月 男児を早死産 網膜剥離で7ヶ月入院 釜石時代は花巻・関登久也の『歌と随筆』に投稿。 「50首競詠」の『回顧一年』で6位入選(選者 木俣、前川、関)
昭和24(1949)(25) 2月 大宮市へ移る。埼玉県教育局職員 県立文化会館文化係(以後19年間) 10月 木俣門へ入門 11月 岩上とわ子『朱扇』創刊同人・編集 昭和28(1953)(29) 5月『形成』創刊、同人、埼玉県俳句連盟、歌人会発足事務局担当この頃より夫と別居。 昭和31(1956)(32) 4月 第1歌集『まぼろしの椅子』刊 昭和35(1960)(36) 4月 母カネ没(岩槻市 享年68歳) 9月 合同歌集『現代新鋭歌集』刊 2月 第2歌集『不文の掟』刊 昭和39(1964)(40) 6月 10年間別居の夫と協議離婚 昭和40(1965)(41) 5月 第3回短歌研究賞受賞『季冬日々』30首 6月 女流五人集『彩』刊 昭和41(1966)(42) 7月 第3歌集『無数の耳』刊 昭和43(1968)(44) 4月 県立浦和図書館勤務となる 7月 自宅購入 大宮市堀の内町1丁目549の5 昭和44(1969)(45) 2月 合同歌集『現代』刊 昭和45(1970)(46) 1月 歌論「円周を固めたい私」(短歌新聞) 昭和46(1971)(47) 6月 第4歌集『花溢れゐき』刊 昭和47(1972)(48) 4月『短歌』に「シリーズ今日の作家大西民子・特集」、佐代子「わが家のシレーヌ」掲載、 6月 妹佐代子病没(享年40歳)
昭和50(1975)(51) 4月 第5歌集『雲の地図』刊 8月 現代歌人叢書『石の船』刊 昭和52(1977)(53) 7月『私の短歌入門』に「生活の核として」を執筆 12月 自宅新改築 昭和53(1978)(54) 2月 第6歌集『野分の章』刊 昭和54(1979)(55) 4月 埼玉県立久喜図書館勤務となる。 7月 短歌研究文庫『大西民子集』刊 昭和56(1981)(57) 7月『海の記憶』刊 10月 腹部ヘルニア手術 12月『大西民子全歌集』刊 昭和57(1982)(58) 3月 退職(県立久喜図書館・奉仕部長) 6月『大西民子全歌集』の「風水」により第16回迢空賞受賞 8月『短歌』で「大西民子特集」 昭和58(1983)(59) 4月 師木俣修逝去(享年76歳) 昭和60(1985)(61) 3月 母校盛岡二高の卒業式で講演、講演集は『はなぶさ』30集 昭和61(1986)(62) 4月『自解100歌選 大西民子集』刊 6月 第7歌集『印度の果実』刊 8月 第8歌集『風水』刊 昭和63(1988)(64) 2月 心臓検査入院(大宮医師会病院) 5月『歌壇』「自選100首」と「大西民子論」 5月 岩槻市浄国寺に歌碑建立 「一本の木となりてあれゆさぶりて過ぎにしものを風と呼ぶべく」 8月 心臓カテーテル検査入院(聖路加病院) 平成元(1989)(65) この頃より高血圧、心臓病に悩む。 10月『季刊現代短歌 雁』に「特集大西民子」 平成 2(1990)(66) 7月 前川佐美雄氏没 (87才)(朝日歌壇選者1970〜88年) 平成 3(1991)(67) 2月 第9歌集『風の曼陀羅』刊 平成 4(1992)(68) 5月『風の曼陀羅』により第7回日本詩歌文学館賞受賞 10月 沢口芙美『大西民子の歌』刊 11月 紫綬褒章受賞 平成 5(1993)(69) 5月『形成』解散 9月『波濤』創刊決定 12月『波濤』創刊 平成 6(1994)(69) 1月5日心筋梗塞のため自宅で逝去(享年69歳)、 戒名 霜月院民譽白雲智光大姉 自宅 さいたま市堀の内町1丁目549の5 『短歌研究』3・4月号「追悼特集Ⅰ・Ⅱ」 『短歌』5月号「追悼特集」 平成 7(1995) 2月『波濤 大西民子追悼号』(VOL.2 No.14) 10月 原山喜亥『青みさす雪のあけぼの』刊 平成 9(1997) 11月 北沢郁子『回想の大西民子』刊 平成10(1998) 3月 遺歌集『光たばねて』刊 平成12(2000) 1月 有本倶子『評伝 大西民子』刊 2月 さいたま市氷川の杜文化館に歌碑建立 「かたはらに置くまぼろしの椅子ひとつあくがれて待つ夜もなし今は」 平成13(2001) 2月 原山喜亥『大西民子書誌』刊 平成15(2003) 3月『大西民子の世界』刊(大宮図書館) 平成19(2007) 3月『まぼろしは見えなかったー大西民子随筆集ー』刊(大宮図書館) (2010年5月24日 石川朗 作成) コメント大歓迎です。 これからどうぞよろしくお願いします! |
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初めまして。大西民子がお好きなのですね。ご紹介ありがとうございました。コメント第一号になりましたか?
お暇な折には、またお越しくださいませ。
2010/5/27(木) 午後 3:32
*作品講評*
◇この作品は非凡なものである。その澄明さ、叙述の簡潔さ。そして独断論すれすれの断固たる自信。因習的な章立てに従うことで品格を下げるのを拒む姿勢。ひとつひとつの文章は純粋で、シンプルな美しさをたたえている。
◇歌人大西民子についての独創的な歌論・歌人論である。従来、彼女の不幸な生涯(子どもを早死産したこと、離婚、妹の死、孤独な生活など)と結びつけられて鑑賞されることの多かった大西民子の短歌が、これとは全く異なった独自の視点で読み解かれており非常に興味深い。大西自身の幻想的な感覚によるものとして解釈されてきた作品が、実はゴッホ、ムンク、クレー、ルオー、クリムト、岡鹿之助などの絵画からインスピレーションを得たということを実証的に解き明かそうとする試みは、確かにこれまでの評価のあり方を一変させる可能性があるだろう。また、大西の短歌と絵画の結びついているものを探して行くプロセスには、まるで推理小説を読むようなスリリングな面白さがあるとともに、それを果たした著者の情熱に圧倒された。新たな大西民子像を提示する充実の論考と評されよう。
2010/8/3(火) 午後 9:07 [ wai*i*a67 ]
うち揃い夕餉を囲みし日のありき小さき額の絵のごとく見ゆ という歌があったように思うのですが。以前、何故か心打たれてうろ覚えで覚えています。
2016/11/27(日) 午前 11:44 [ tas***** ]
風水は昭和56年末刊で、第7歌集ではないか。
2018/4/25(水) 午前 7:03 [ 斉藤政夫 ]