All Things Must Pass@宮城仙南より

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ガラスの仮面 ケータイ投稿記事

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今日になっても手術法も手術日も決まらず、安静令の元ひたすらウダウダしているしかない私
入院中は時間の潰し方が割と重要になってきます(苦笑)。

家からは、暇なときの時間潰しとして、本とMP3プレイヤーを持ってきました。
本はカーネギーやナポレオンヒルの自己啓発本やドラッガーなどのビジネス本、MP3プレイヤーにはロック系よりもボサノバやモーツァルトなどの癒し系かつ眠くなる音楽を中心に入れてきて持ってきました。
あとはテレビも暇つぶしのアイテムではあります。

ただ、持ってきた本は自分にとってはどれも気合いを入れて読むものばかり、音楽もヘッドホンでずっと聴いてるといくら癒し系音楽でも疲れてくる、テレビは元々あまり見ない上にヘッドホンでテレビを見てもあまり面白くない… 。
ということで、別なものはないかと病棟の談話室にある本棚を覗いたらガラスの仮面が1巻から45巻まで揃っているではありませんか!
って、二年前の入院の時から揃っていたような気もしますが、今回は前回以上に時間があるので、45巻全部制覇することにしました。

ガラスの仮面は以前、安達祐実主演のドラマでチラッと見たことがある程度で、亜弓さんというライバルと田辺誠一演じる紫のバラの人くらいしか覚えてなかったので、予備知識はほとんどなし。
それでも読み始めたら、劇役者を題材にした漫画なので劇の説明の吹き出しの多さに多少閉口したものの、どんどん読み進めることが出来ます。
流石に名作と言われているだけはありますね。
この調子だと来週頭には読破しそうです

漫画とドラマでは亜弓さんの印象が違うような気がしました。
ドラマの亜弓さんは普通に良い人だった覚えがありますが、漫画のはプライド(自尊心)が高くて少し高慢ちき、でもその実力を磨くために凄く努力しているし、主役マヤを天才と認めていて、その天才を正々堂々と勝負した上で打ち破りたいと思っている誇り高い女性でもあります。
読んでいくにつれ、マヤよりも亜弓さんに共感していくようになりました>自分

また、マヤと亜弓さんは何度か共演していて、何時もマヤの優勢に終わるんですが、マヤはマヤで亜弓さんへの劣等感をずっと持ち続けているのも面白い点ですね(漫画を盛り上げるためと言われればそれまでですが)。

でも、ガラスの仮面ってまだ完結してなくて、現在進行形で続いているんですよね。
病棟にある45巻までに紫のバラの人の正体がマヤの知るところになるのか、紅天女の役者が決まるのか、月影先生は生きているのか、などどこまで話が進むのか何だか今から興味深いというか、期待感がありますし、一方なではぐだぐだになってないだろうかと戦々恐々としている所もあります(笑)。

とにかく、今日は20巻目を読み終えました。
あと25巻です。

火の鳥

前回のどんと祭に続いて、一応火が絡む記事ですね(笑)。
 
私が定期的に通院している仙南中核病院(循環器科に薬を処方してもらうのに通院しているようなものです)の待合室には、診察待ちの人を退屈させない為に書籍が置かれた本棚があります。
漫画本や文庫本が多いその本棚に置いてあった手塚治虫の漫画、「火の鳥」の文庫版を手にとって読んでみたら面白くてはまってしまいました。
でも、病院での待ち時間内だけでは読破できないし、また病院の本棚には1〜3巻までしかないので、この際全巻揃えて読破してみようと思い、ヤフオクで古本を買いました。
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コンビ二版と文庫版が入り混じったセットは3,000円也。
大きいサイズで読みたかったのでコンビニ版のセットを買ったんですが、いざ出荷の際にコンディションが良くない巻が見つかったとのことで、それらは文庫版に差し替えられて送られてきました(涙)。
無事届いたコンビニ版にしても今ひとつ汚れている感じで、これなら岩沼市のブックオフにあった一冊105円で文庫版の火の鳥を買っても良かったと少し後悔していますが、「覆水盆に帰らず」の諺もありますから、あまりそのことについては考えないことにします。
 
送られてきた火の鳥を最初の「黎明編」から順次読んでいますが、歴史を軸に医学、天文学、機械工学、気象学、文学、神学、哲学などで手塚治虫氏が持つ膨大な知識に驚愕すると共に、それらの知識を巧みに話しに織り交ぜて描く手塚氏の構成力、発想力、想像力、企画力に感嘆しながら読んでいます。
今更こんなことをいうのは無粋ですが、「手塚治虫氏は本当の天才」というのを実感させられる漫画ですね。
今はようやく全編の半分を読み終えたところですが、オリラジの中田も絶賛していたという「鳳凰編」が今の所は一番感動しました。
他の各編も面白いですよ!
 
手塚作品は、私が幼少の頃、「ジャングル大帝」や「ジェッターマルス」のアニメが再放送されていたのを見た記憶がおぼろげにあるんですが、あまり印象には残ってないです。
実は手塚作品は大人になってから読んだり見たりした方がより面白いものが多いのかもしれないと「火の鳥」を読んで思いましたが、膨大な作品数があるので子ども向きから大人向きまで様々あるというのが多分本当のところなんでしょうね!?
 
 
さて、火の鳥は英語ではファイヤーバードですが、エレキギターにもファイヤーバードなるギターがあります(笑)。
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クリーム時代のエリック・クラプトンも使用していたギターですが、何と言ってもジョニー・ウインターというホワイトブルースの頂点に立つギタリストの使用ギターとして有名ですね。
 
で、そこからギターに強引に話を持っていくと、次の日曜日はいよいよギタースクールへのゲスト参加日です。
中級コースへの参加ですが、恥をかかないためにも練習しないと〜と思いつつも、弾いているうちに自分の下手さに嫌気がさして本腰を入れて練習できない私です。
自分が下手なのは当たり前で、嫌気がさすのは傲慢以外の何物でもないんですけどね…(汗)。
 
ちなみに今人気の女性バイオリニスト宮本笑里さんは、毎日最低でも3〜4時間は練習しているんだとか。
やっぱりその道で食べている人はそのくらい練習するものなんですね。
練習時間は一日平均何時間くらいですか。
宮本:日によって全然変わってしまうんですけど、お仕事がないときは家の中にこもって、ご飯を食べたりするとき以外は基本的にずっとバイオリンを触っているようにしています。お仕事をしていると、すぐ時間がなくなってしまうので、そういうときは合間を見つけて練習したり、朝や夜に2〜3時間作って、練習するようにしていますね。

日をあけないのは大事?
宮本:はい。毎日3〜4時間は練習するようにしています。
だそうです。
才能のあるプロで4時間なら、私などは何時間練習すれば良いのでしょう?(苦笑)
と迷ったら練習!今から寝るまでの少しの間練習しますか〜!
って、漫画の話からギターを経て、最後はバイオリンの話になりました
 

入院中の思い出

今日(既に昨日)は東北大学病院の定期外来日でした。

検査の結果は良くも悪くも異常なしとのことで、血液検査の結果が良好だったのは良かったとして、耳鼻咽喉科の内視鏡検査の結果がこれまた良好だったのは嬉しくもありまた悲しくもありといったところですね(苦笑)。
良好ということは、逆にこれ以上は大きな声が出ないという事を示唆していますからね。
ま、でも発声の障害(反回神経麻痺)も慣れたと言えば慣れたもので、特に何もなければ特別な不自由はないと言えばないのですが…。
もっともっと重いハンディを背負って生きている方も世の中には沢山いますから、私もまだまだ軽度と言える程度の発生障害などで泣き言は言ってられません!

嬉しい話では、定期外来は最初は一月に一度だったのが、今では三ヶ月に一度でOKになったのは病後が順調に推移している証拠ですね\(^∇^)/


さて、大学病院の耳鼻咽喉科に診察に行ったばかりの今回は、耳鼻咽喉科に入院していた時の思い出を書こうかと思います。

入院は約10日間でしたが、入院2日目に声帯の手術をすると、その日から一週間は声帯の保護のために一切の発声が禁止になります。
医者や看護婦さん、他の患者さんとの会話は筆談が中心となり、他にはデスチャーしかありません。
声が出ないと会話が出来ずに退屈なので必然、テレビを見るか本を読むかで退屈しのぎをすることになります(他に携帯で対戦麻雀などのゲームをしていたりもしましたが)。

ただ、病棟のテレビは大部屋だと音声はイヤホンをつけて聞かないと駄目で、イヤホンでテレビを見ていてもあまり面白くないんですよね。
それでも好きな番組は楽しく見てましたが、興味のない番組を暇つぶしで見るにはイヤホンは興を冷ます邪魔な存在であります。

そこで、暇つぶしでは本を読むことの方が多かったです。
本当はこういう時にこそ文学本の一つでも読めば良いのでしょうが、私が読んでいたのは殆どが雑誌でベストカーとか週刊現代、週刊文春、フライデーなんかでしたかね。
また家からも本を持っていったんですが、その中の一つに当時丁度嵌っていた「ベルサイユのばら」(姪にフランス革命の勉強をさせようとブックオフで買ったら、姪に渡す前に自分が嵌る)があったんです(笑)。枕元の本棚に置いて読んでいました。

さて、病棟では看護婦さんが日に三回、病室を巡回するんですが、ある晩私の病室に来た看護婦さんが私の枕元にあった「ベルサイユのばら」の文庫本を目聡く見つけました。
そして一言「ベルサイユのばらですか!これ嵌りますよね!」、頷く私。
更に一言「どうですか?気分はオスカルですか?」、女性の問いには素直に頷くのがスマートな紳士なのですが、残念ながら素直に頷くことはできませんでした(;^_^A
オスカルはベルサイユのばらの主人公の一人であり、清廉潔癖で正義感があり、武勇にも優れ国を憂う国士でもあり、一言で言えば「かっこいい」のですが、設定としては「男装の麗人」でありまして女性なんですよね。その一点が自己投影できない理由であり、看護婦さんの問いに反射的に頷けなかった理由であります。
「気分はオスカルですか?」そう訊かれた私は逆の意味で愚直にも首を横に振り、ペンを取ってノートに「フェルゼン」と書きました。
そうしたらその看護婦さんの笑うこと笑うこと!しんと静まりかえった夜の病棟に看護婦さんの堪えようとしても堪えられない笑い声が反響したのであります。
そこまで看護婦さんを笑わせたフェルゼンとはどんなキャラクターなんでしょうか?
実はこんな男です。
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どうでしょう?良い男ではないですか?
泣いている女性はマリー・アントワネット、フランス革命が勃発してアントワネットの取巻き貴族が我先にと亡命する中で、愛するアントワネットを支える為にベルサイユに戻ってきたという感動のシーンですね。このシーンを読んでフェルゼンの男らしさに感動していた矢先に看護婦さんが来たというわけです。
それにしてもあの笑いは……一体…。
はい、私はフェルゼンのような色男とは全く遠い存在であります(*ノ∀`*)

でも、その看護婦さんは私よりもかなり若いにもかかわらずベルばらファンのようでして、昔の漫画ながらも今でも新しいファンを増やしている「ベルサイユのばら」はやはり名作中の名作なんでしょうね(^_-)
上の思い出話のエピソードは、笑われたことはともかくとして(苦笑)、若い女性にも「ベルサイユのばら」が読まれているのを知って少し感動した瞬間でもありました。

「ベルサイユのばら」は私が生まれた'72年にマーガレットで連載され、一緒に連載されていた「エースをねらえ!」と共にマーガレットの黄金期を作りだしたんだそうです。
その「エースをねらえ!」が先日ブックオフで105円で売られていたのを見つけたので思わず買ってしまいましたが、こちらも名作だけあって非常に面白いです。
良い漫画はいつまで経っても色褪せないんですね。今は文庫本化されて、またブックオフなどで古本として更に安く売ってたりするので手に入りやすくなったのも嬉しいことです。
「エースをねらえ!」を読み終えたら、またまた別の漫画を買ってしまうかもしれません!?

ということで、この記事を書き終えて書庫を何にするか迷いましたが「書籍」にしておきました(笑)。

太宰治「津軽」

「おくりびと」人気に沸く今年の邦画界。次のキーワードは太宰治だろうか。生誕100年に合わせ、主要作品が次々と映画化される。銀幕上にかつてないブームが巻き起こるかもしれない▼「斜陽」(秋原正俊監督)、「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」(根岸吉太郎監督)、「パンドラの匣(はこ)」(冨永昌敬監督)。「人間失格」の制作も発表された。戦後の代表作が出そろう
 ▼物語性より人間の本質をえぐることに主眼を置く太宰文学は、映像化が難しいと言われる。「ヴィヨン―」は初期の短編などのエピソードも盛り込むという。各監督の太宰観の違いも作品に強く表れよう▼注目したいのは「パンドラの匣」。原作は終戦直後、河北新報に連載された。明るく希望に満ちた雰囲気を持つ一方で、太宰の思想の転移を知る上で欠かせない作品だ。戦後民主主義への期待と現実への失望が根底にある
 ▼ロケ地に宮城県南三陸町を選び、舞台の療養所は元小学校の校舎を使用。文字通り東北発の作品となった。ヒロインの一人を芥川賞作家の川上未映子さんが演じるのも話題▼太宰は「映画は芸術であってはならぬ」(随筆「芸術ぎらい」)と書いた。芸術性に拘泥すると、表現の幅が狭まると考えたのだ。殊に重視したのは新しさと娯楽性。“太宰好み”の作品は生まれるか。 

2009年03月09日月曜日
http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20090309_01.htm

以上は我が家で購読している地元新聞「河北新聞」のコラム、「河北春秋」の本日の記事です。
「おくりびと」は未だ観てない私ですが、山形県庄内地方は現在「おくりびと」を起爆剤とした地域興しに取り組んでいて、既に経済効果も出ているようですね〜。
我が宮城県では「天花」という仙台を舞台とした仙台名物笹かまぼこ屋の娘がヒロイン設定の朝ドラを放送していた時があったのですが、残念ながら経済効果はほとんどでないまま静かに放送が終了しました。数年前に放送された「ちりとてちん」などは落語ブームや小浜塗り箸の売上貢献などでかなりの経済効果があったと聞きますが…。ま、これは終わったことですから良いとして(; ̄ー ̄A アセアセ・、今度は太宰治で南三陸ですか〜。南三陸は美しいリアス式海岸がある風光明媚な場所ですが、その魅力が伝わる映画になると良いなと思います。「パンドラの匣」という太宰の作品は読んだことはないですが…(^^;

そうは言っても太宰の作品は幾つか読んだことがあって、有名な「斜陽」や「人間失格」も一応は読んでます。その自分が読んだ太宰作品の中での私的最高傑作は、「斜陽」でも「人間失格」でもなく「津軽」ですね。もちろん「斜陽」「人間失格」も良かったですが(^_-) 
「津軽」は高校の時に国語の教科書でその一部を読んで感動して、文庫本を買うまでに至りました。ちなみに教科書で取り上げられてたのは物語のクライマックスとなっている太宰と太宰の育ての親であるタケの再会シーンでして、私は読んで感動して涙まで流しましたものです(TT
この「津軽」ですが、津軽に帰省した太宰が津軽のあちらこちらを回りながら津軽の風土や津軽人の気質などを面白おかしく、そして津軽人としての自分の宿命を時に自嘲気味に惚けた味わいで書き記していまして、津軽の風土記でもあり津軽人太宰の心情記でもあります。また太宰の文学の中では明るい空気に満ちている内容だと思います(少し泣き笑い系ではありますが)。

内容(「BOOK」データベースより)
「私は津軽に生れ、津軽に育ちながら、今日まで、ほとんど津軽の土地を知っていなかった」。戦時下の1944年5月、太宰治は3週間かけて初めて津軽地方を一周。郷里の風土や歴史、自らにも流れる津軽人気質に驚嘆、慨嘆、感嘆の旅は、やがてその秘められた目的地へと向かう。ユーモアに満ちたふるさと再発見の書。 
(amazonより)

最初からこれを転載した方が早いし分りやすいですね(苦笑)。

で、「津軽」ですが、太宰の心境は自分と通じるん所があるんじゃないかと思わせる部分が読むにつれて多々ありました。その中の一節だけを紹介(転載)しますと…

私の発見といふのは、そのやうに、理由も形も何も無い、ひどく主観的なものなのである。誰がどうしたとか、どなたが何とおつしやつたとか、私はそれには、ほとんど何もこだはるところが無かつたのである。それは当然の事で、私などには、それにこだはる資格も何も無いのであるが、とにかく、現実は、私の眼中に無かつた。「信じるところに現実はあるのであつて、現実は決して人を信じさせる事が出来ない。」といふ妙な言葉を、私は旅の手帖に、二度も繰り返して書いてゐた。
 慎しまうと思ひながら、つい、下手な感懐を述べた。私の理論はしどろもどろで、自分でも、何を言つてゐるのか、わからない場合が多い。嘘を言つてゐる事さへある。だから、気持の説明は、いやなのだ。何だかどうも、見え透いたまづい虚飾を行つてゐるやうで、慚愧赤面するばかりだ。かならず後悔ほぞを噛むと知つてゐながら、興奮するとつい、それこそ「廻らぬ舌に鞭打ち鞭打ち」口をとがらせて呶々と支離滅裂の事を言ひ出し、相手の心に軽蔑どころか、憐憫の情をさへ起させてしまふのはこれも私の哀しい宿命の一つらしい。

特にこの部分

私の理論はしどろもどろで、自分でも、何を言つてゐるのか、わからない場合が多い。嘘を言つてゐる事さへある。だから、気持の説明は、いやなのだ。何だかどうも、見え透いたまづい虚飾を行つてゐるやうで、慚愧赤面するばかりだ。かならず後悔ほぞを噛むと知つてゐながら、興奮するとつい、それこそ「廻らぬ舌に鞭打ち鞭打ち」口をとがらせて呶々と支離滅裂の事を言ひ出し、相手の心に軽蔑どころか、憐憫の情をさへ起させてしまふのはこれも私の哀しい宿命の一つらしい。

自分もそうだなと思います。多分虚栄心に起因するのではと自己分析していますが、自分の心境を書く時には、心の中で感じた事に何倍にも虚飾を施して、時には虚構すら施して文章を書くときがあるんですよ。詩人でもない(太宰は素晴らしい詩人であり文学家でありますが)のに文章の装飾、修辞、体裁、美しさを気にしてしまうんでしょうね。自分にもっと自信があったらそんな虚しい自己顕示欲に溢れた見栄っ張りな文章を敢えて書かなくても良いんですけどね〜、そういう自然体な自分で居られるのはいつのことになるやら(苦笑)。

最後にもう一度「津軽」全体に話を戻しますと、太宰の特有の自嘲感、自虐感とユーモアのセンスが程よいバランスで同居している名作だと思います。そして時代は便利になってネットでも読めるようになりましたよ☆⌒(@^-゜@)v じっくり読むにはやはり文庫本を買うのが一番だと思いますが…。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2282_15074.html
あ、上のサイトのページをスクロールしていったら「ルイ十六世は、史上まれに見る醜男だつたんだ。」が目に入りました。ベルばら好きとしては、ベルばらのルイ十六世は不器用だけど良い人なので、この太宰のセリフは一応笑えるけど少し悲しいかも…(笑)。

オルフェウスの窓

「ベルサイユのばら」をご存知の方は多いと思いますが、同じ作者(池田理代子先生)が描いている「オルフェウスの窓」という漫画をご存知の方はいますか?
「ベルばら」がフランス革命をモチーフにした漫画なら、「オル窓」はロシア革命をモチーフにした漫画なのですが、オル窓の主人公は革命とはほとんど無関係なピアニストのイザークという創作キャラになっています(しかし、本当の主人公は「ベルばら」のオスカルと同じく男装の麗人であるユリウスだと思いますが)。
そのイザークはピアニストとして様々な葛藤を抱えるんですが、それを自らの力で乗り越えようとするんですね。その中で出てくるモノローグや意志の表明は、へっぽことは言えギタリストの端くれの私にとっても正に啓示とも言える言葉なのです。少し紹介しますと、
「こんなふうにみんなはそれぞれが違う手を持ち違うピアノを弾く…けれどもたしかなことは、きっと君も僕も…ともに美しい音楽にみちて生涯をおくれるということです」
「たとえ今がどういう状況にあるとしてもしょせん僕らが音楽を捨てて生きていけるはずはないのだから」
おっと、これはイザークの心の師とも言えるバックハウス(実は実在のピアニスト)の言葉でした(笑)。
イザークの言葉は
「あれが悪魔に捧げられた曲なのなら…僕は僕なりのやり方であれを超えることによって、全ての音楽は神の御技によるものなのだというこを証明してみせよう」
「けれどいま僕にできることは人間の手で弾けぬ曲はないと信じること。衿を正して神の御技に対峙すること〜」
などがあります。
これらの言葉に私は何度励まされたことでしょう、っていうか根が怠惰な私の心に何度鞭を打ってくれたことか(T-T)。端くれとは言え音楽をしている身として、この漫画と出合えたことを感謝しています。漫画のストーリー自体は悲劇調で暗いんですけどね、それでも色々と人生全体についても考えさせてくれる漫画ですよ。

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