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久々の更新です。先週11/22は我母満100歳を迎え翌日23日に細やかながらお祝いを致しました。大正5年横浜市初音町化粧品 雑貨問屋「S商店」次女に生まれ文子と名付けられ幼少期から娘時代何不自由なく豊かに育った母です。山手にある横浜女子商業学校(現中央大学付属横浜高校)に入学し、英語とタイプが得意だった文子さんは大学へ進み通訳のお仕事をしたかったようですが実家の家業の為に大学進学は諦めました。今でも観光客の多い山手の中腹にある学校帰りは伊勢佐木町や馬車道の洒落たお店でお茶したりお買い物したり当時の浜っ子女子はハイカラで呑気な毎日 羨ましい限りです。卒業後20歳の時 働き者の美人看板娘の噂が広まり神田の大棚菓子問屋「M商店」への嫁入り話に当初乗り気で無かった父親も再三の話に重い腰をあげお相手を調べ始めました。ところがとてつもない大金持ちだと解りまたお断りするのですがそれから2年間の説得攻撃に根負けし そんなに望んでくれるならと22歳めでたくお嫁入りするのです。結納から結婚式 新婚旅行(熱海へのお召し列車の話は面白いです)まではまたまた豪華絢爛なお話なのですがいつかご披露致します。しかし人生はこのまま終わる訳は無くこれからが試練の連続 それはそれは波瀾万丈とは これもまたいつかお話することにしましょう。100歳を迎えた母は幸せそうで頬がピカピカ光っています。シワもシミも人生の証し 自信の現れ いろいろ有りましたが私は生まれて初めてこの人は素敵とか綺麗とかそれよりも実に立派だなと心からそう思いました。まだ少し元気で居られそうです。100歳のお誕生 文子さんおめでとうございました。
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