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06【到其北岸狗邪韓國 七千餘里】
原文【到其北岸狗邪韓國七千餘里】 其(倭)の北に在る、韓國の狗邪の海岸に七千餘里で到る。
韓國の狗邪とは【小伽耶(泗川市)】と思われます。
泗川 (サチョン) 市の南に【勒島 (ヌクト)】という小さな島がありますが、この島から弥生人 (抜歯痕の有る) の頭蓋骨や、九州の土で作られた弥生式土器が大量に出土しています。
ソウルから泗川市の勒島までの海岸線の距離、七千餘里は【約963km】です。
したがって倭の一里の長さは【137m】になります。
魏の一里は430m、漢の一里は410mですから、倭の一里はこれらの約1/3という事になります。
【到其北岸狗邪韓國】を【其の北岸、狗邪韓國に到る】と訳す人がいます。
この訳は間違いです。
【其】は【倭】を意味します。
すると【倭の北岸、狗邪韓國に到る】という意味になります。
倭の北岸が朝鮮半島に在るなら、東京の【東岸】はアメリカの西海岸に在ることになります。
狗邪韓國は、倭の対岸では在っても【北岸】にはなりません。
倭の【北岸】は、福岡県・佐賀県・長崎県の北側の海岸になります。
魏志倭人伝をキチンと訳せば、倭の国々の位置を明確に理解できるでしょう。
いい加減な訳を行っていては、永久に魏志倭人伝の【謎】は解けないでしょう。
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