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08【始度一海千餘里至對馬國】
原文【始度一海千餘里至對馬國】
(南に在る) 最初の (倭の) 對馬國に、一海を渡り千餘里で至る。
中国語の【始度】は【一回目】あるいは【初回】という意味です。
ここでは【倭の最初の國】と訳しました。
對馬國は韓國の狗邪の海岸から見て、どの方位に在るかは記載されていません。
しかし次の文章を読めば、その方位を知ることができます。
原文【又南渡一海千餘里名曰瀚海至一大國】
また南の一大國に、一海を渡り千餘里で至る。
一海の名称を瀚海という。
【又南渡 (また南に渡る)】と有りますが【又 (また)】とは前回と同様に、と言う意味です。
したがって前回の【狗邪の海岸から對馬國】への移動と同様に、對馬國から一大國の移動も【南に一海を渡る】という事になります。
つまり韓國の狗邪の海岸から南の對馬國へ、さらに對馬國から南の一大國へ、一直線、移動した事になります。
すると【泗川市(狗邪の海岸)】と【対馬下島 (對馬國)】と【壱岐 (一大國)】は、南に向かって一直線上に存在していた事になります。
そこで壱岐と対馬下島を結ぶ直線を伸ばしていくと、かつて小伽耶と言われていた、現在の【泗川市】が在ります。
この泗川市が魏志倭人伝の【狗邪韓國】だった事になります。
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