|
13【方可四百餘里】
一大國を現在の壱岐そして對馬國を対馬と考えると【3 (方可三百里)】対【4 (方可四百餘里)】の比率にはなりません。
壱岐の面積は【138km²】ですが、対馬全島の面積は【708km²】です。
つまり対馬は、壱岐の面積の5倍以上になります。
したがって魏志倭人伝に記載されている對馬國とは、現在の対馬の南側に在る対馬下島 (面積295k㎡) と考えられます。
円面積295k㎡の円周は約61kmです。
61kmを倭の一里137mで計算すると【445里】になります。
したがって方可四百餘里の【餘里】とは【45里】ということになります。
對馬國の【對馬(対馬)】とは【対になっている島】という意味でしょう。
女王國に属す其餘の21國の中に【蘇奴國】【對蘇國】というのが有ります。
おそらく【蘇奴國】の【蘇奴】とは【園(周囲を外輪山で囲われた地域)】の事でしょう。
漢字の【園】の意味は、周囲を何かで囲われた地域をいいます。
この【蘇奴國】と一対になっている事から【對蘇國】と付けられた地名と思われます。
したがって【蘇奴國】とは現在の阿蘇市、そして【對蘇國】とは南阿蘇と思われます。
|
全体表示
[ リスト ]




