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校門で浮世ちゃんに登校班と一緒になった。 「おはよう」 「おはよう」 浮世ちゃんから聞いたんだけれど、ワカメの国はその人の気持ちで、違って見えるらしい。 それって不思議。 それからというもの、夢の中で頻繁に浮世ちゃんに会った。
毎晩のように夢の中で会って話をした。 そしてある日、手伝って欲しいと言われた。 何のことかよく分からなかったのだが、どうやら夢の国が今、別の夢の国から戦争をしかけられていて、大変だから、その援助をして欲しいというものだった。 私にそんな事ができるの?と私は浮世ちゃんに言ったが、出来ると言われた。浮世ちゃん曰くだって夢の世界なんだもん、だってさ。それは確かにそうかもしれない。 私は浮世ちゃんに連れられて、ある場所に連れて行かれた。それは夢の国の農村部だった。私が浮世ちゃんと始めて会ったあの夜のレンガ造りの街とはまた別の場所であった。 しかしその農村の様子を見て私は唖然とした。 めちゃくちゃだったのだ。 道は凸凹で、ところどころに穴が空いている。 木や草も倒れたり、ごっそり無くなっていたり。それも不自然に無くなっている。 枯れてはいないのだが…。 お家もグチャグチャだった。 私と浮世ちゃんは口1つ交わさないでしばらく進んだ。 すると、ワカメさん達が多く居るところに着いた。 1つ、運動会のときに使うあの簡易テントがあって、その下にワカメさん達が座って休んでいる。 これは一体どういう状態なのか。ここは初めからこういう場所なのだろうか。 「浮世ちゃん、これは」 「これがコンブの国からの攻撃なの。コンブの国の攻撃であちこちが壊れてしまったから、その修復に今とっても忙しい状態なの」 よく分からないが、とにかく、戦争によってこのような悲惨な状態になっているらしい。 「ちょっとコッチに来て」 浮世ちゃんに言われて着いていくと、ワカメさん達が大勢見えてきた。 何やら輪を作っている。お遊戯会か、キャンプファイヤーでもしているのだろうか。 「これが修復魔法の現場なの」 「え?何魔法?」 「修復魔法」 「あ、修復魔法」 「ここで輪を作って、真ん中の火を囲んで皆の力を合わせて、ワカメの国全体に魔法をかけるの」 「そうなんだ」 「亜紀子ちゃんには、さっきの休憩所で働いてもらうね」 「あ、うん。わかった」 これは大変なことになっている。私も手伝わなくては…。 「私はコッチの魔法の方に加わるから、早速お願いね。」 「はい」 私は働いた。 雑用というのはこういう仕事の事をいうのだろう。お茶を汲んで疲れているワカメさんに持っていったり、食べ物を容器にいれて持っていったりした。 なかなか体を動かしてサッサと動くのは楽しかった。 私は始めて仕事らしい仕事をしたようでそのことが誇らしく、うれしかった。 ワカメの国の食べ物はとても珍しかった。 液体なのだ。 それをストローでチュウチュウ吸うのである。 だから私の仕事は、器にその液体を入れてそこにストローを添えて、魔法を使い果たして疲れたワカメさんに手渡すことである。そして去って行ったワカメさんの器の後片付けである。まるで、ファミレスの店員さんであった。 ある日の事だった。そうやって雑用を始めて3日目、休憩所の仕事にも大分慣れてきたときだった。
浮世ちゃんとあの田舎に向かって、レンガの街中を歩いていたときだった。 バン! 爆弾が破裂したような音がした。轟音とまではいかなかったが、それなりに凄い音だった。 音のした方を見ると、レンガの建物の一部がごっそり無く成(な)っていた。 レンガの建物が崩れたのではなく、ある部分が不自然にごっそり消えていた。 なんということだ! 「浮世ちゃん、あれって」 「え……」 見ると浮世ちゃんも唖然(あぜん)としている。頭の中が混乱している模様だ。 やや間があって浮世ちゃんが反応した。 「あ、これは攻撃だ!昆布の国の!」 そのとき 「女王様!」 後ろから何か声がした。 先ほどの爆発音で既にエマージェンシーモードに切り替わっていたので、私はさっと後ろを向き声の出所をすぐさま確認した。 すると、人影が3つ、遠くに見えた。 そしてもう一度、 「女王様!」 とその内の誰かが叫んだ。 なぜか私はその言葉が私に対するものであると分かった。 私の心の中の何かがビクっとその言葉に反応したのだ。一回目ではあまりピンと来なかったが、私の記憶の中の何かが元の形を成そうと震え始めたのがわかった。 ―――一体、何だこの感じは… その三人組の内の一人のワカメが大きな声でそう言ってこちらへ駆け寄ってきた。 は?何?ジョウ・オウ・サマ? 彼に手をとられてブンブンと上下に大きく振られる。 ジョウオウサマ?…女王様…? ただの音でしか理解できていなかったその言葉がやっと意味として頭の中で形を成 (な )した。 しかし、さらに訳が分からなくなった。何が女王様なのか、誰が女王様なのか。 「あっそうだった、今は記憶が」 そう言った彼は私の手にパントマイムのように何かを私の手に渡すフリをしてきた。はて。 私はとりあえずその「なにか」を受け取る動作をする。そして彼は一言つぶやいた。 「重さ」 とたんに私の手に何かのしかかってきた。 私の、若布の国の女王としての責任が。 責任の「重さ」が。 其のとき、どこからとも無く、蟹が一匹私の元へと遣って来た。
そして、蟹は私にこう言った。
喋ったので吃驚した。
「そなたの名前は稚海藻(ちかいそう)である。そなたはワカメの国の王だ。」
其の蟹はそれだけ言って私から離れていった。
蟹はどこかへ消えた。
周りの皆はその大きな蟹に気が付か無かった様だ。
否(いな)、気が「憑かなかった」と表記した方が正しい。
後から解った事だが、其の蟹は「重し蟹」と言う重さを司るお化けだそうだ。私が捨てた、「ワカメの国での記憶と、自分自身がワカメの国の女王であるという事実の記憶」をその蟹のお化けが私が人間界に頓挫している間中ずっと持っていてくれたらしい。
其の「記憶」を「思い」を「重さ」を返しに来てくれたのがそのときの蟹だった。
フシギな事に、私以外の其の場に居合わせた、
畑広美(人間)
ディクドトリ(ワカメの国の民)
フランジェリム(ワカメの国の民)
貝塚浮世(4分の1ワカメの民、4分の3人間)
達には全く見えなかったらしい。
かくして、
私は実は杉田亜紀子ではなく、ワカメの国現在の女王「稚海藻」(ちかいそう)である事を『思い出した』。
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第4章 思い出す人 杉田亜紀子
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〜
ねえどうして何もしてくれないの? そんな声がする。 ねえどうして何もしてくれないの? 知らない、私の知ったことではない。 〜 日が変わって 昼休みに浮世ちゃんが外に鬼ごっこに行ってしまう前に、思い切って声を掛けてみた。 「あのさあ、私、ピアノを始めようと思ってさあ」 「…」 「それで私どこにしようか分からなくて何処かピアノ教室って知らない?」 「………知らない。私が通ってる所にするつもりなの?」 「え、ううん。それでもいいなあって思ってるんだけど、どこでもいいなあって。何処かいい所あるのかなって思って」 「…」 「ありがとう。もうちょっと調べてみるね」 「…うん」 なんだか、やっぱり、私のこと嫌ってるみたい。 私がいつも昼休みになると行っていた鬼ごっこグループには、私は最近全く行かなくなった。 浮世ちゃんは最近になってその鬼ごっこに行ってるみたいだけれど…。 あれここは何処だろう。 ――あ、ワカメの国だ。 そうだとすぐに分かった。何となくそんな気がしたのだ。 なぜそう思ったのか一瞬後には自分でも不思議に思った。 でも訳もなく確信を持った。 でもいつの間に来たんだろう。 辺り(あたり)を見回してみる。 前に遠足できたときとはだいぶ印象が違う。 薄暗い。路地裏である。道も家もレンガ造りだ。 ふと、自分が今見ている視界に違和感を感じた。 私は今、目が見えている。 景色が見える。 でもなんだか見えていない気もする。 視界がぼんやりしている気がする。 いや、はっきり見えている。 でも……自分の目で見ている気がしない。 なんだか夢の中みたいだ。 でも夢ではない。 夢にしてははっきり見え過ぎている。 見ようと思えばよく見えるのだけれど、見ようと思わないと何も見えない感じ。 自分は景色を見ていると思えば、見えているのだけれど、何も見ていないと思うと、景色が見えなくなる。 見てると思えば見えるけど、見ていないと思うと、見えなくなる。 でも、私がここに居るということが可笑しい事だとは、これっぽっちも思わなかった。 私は、ここに居て然りなのだ。 ここに居るべくしてここに居るのだ。 少し、歩いてみよう。 私は歩き出した。 家と家の間を通っていく。 その家なのだが、人の住んでいる家とは外見がかなり違う。 やはり海の中にある、ワカメの国では陸の「家」とは違うのだ。 特に何も考えないで歩いていると、今自分は何も見えていないことに気がつく。 はっとして、よく目を凝らすと、視界に景色が映る。 油断すると、何も見えていないままで歩いている。 そのことに気付くとまた「自分は見えている」と思い込む。すると自分が今ちゃんと目が見えている事に気づくことができる。 少し開けた道に出た。 ワカメの国の住人が歩いている。 家の中から出てきたり、入っていったりしている。 人間とは違う外見をしている、ワカメ人だ。 前に来たときにも ……………… あれ?前に来たときにこんなワカメ人と会ったっけ? 人間の姿じゃないのに、そのとき、よく驚かなかったなあ ………… それにしても凄く居心地のよい場所だ。 ふわふわした感じでいられる。 しばらく歩くと、広い道に出た。 向こうに噴水が見える。 その噴水へ向かっていて行くことにする。 噴水は綺麗に舞い上がっている。 ふと、噴水の近くに人間…らしき何かが居るのが見えた。
私は少し足を速めた。 噴水の所までたどり着いた。 近くまで着たらその人間は、ワカメ人の姿になってしまった。 あれ? 「あ、亜紀子ちゃん!」 ―――亜紀子ちゃんって誰だ? ………私だ。 あれ、ワカメの国で私の名前を呼ばれた。どうして? 「どうしたのこんなところで」 話しかけてきているのは、さっき人間に見えた、ワカメ人だ。 どうして私の名前を知っているの? 「何を言ってるの?それより、どうしてここに居るの?亜紀子ちゃん」 どうしてってそれは……… 「もしかして亜紀子ちゃん1人で来たの?亜紀子ちゃんも1人で来れたの?」 え?1人で?ワカメの国に?分からない。 「わからないの?そっか初めて来たんだもんね。よくわからないよね」 ところであなたは誰なの? 「誰って、私は浮世だよ」 「浮世ちゃん?!!!」 これまでのぼんやりとした意識が急速にはっきりとしてきた。 そして自分に体があるという感覚が、はっきりした。 そして視界がさっきよりはっきりとした。 そして、目の前に居るワカメ人が、浮世ちゃんなんだと、確信した。 確信はしたけれど、ビジュアル的には、人間の浮世ちゃんの姿とワカメ人の姿が重なって見えたり、交互に見えたりしている。 「浮世ちゃん!どうして浮世ちゃんがここに居るの?私、やっぱりワカメの国に来たんだよね?!」
「そうみたい。1人で来たんだね」 「あれ?なんで??いつの間にこんな所に来たんだっけ?私、1人でワカメの国に来たの?私って実は1人でワカメの国に来れたの?それって凄くない?何で来れたの?どうやって来たんだっけ?」 「ぷっ、はははは」 「え?何?どうしたの?」 「だって、亜紀子ちゃん、前みたいに元気だから」 「あ……うん。」 「あ、………」 浮世ちゃんは少しばつが悪いような顔をして、少し目線を下に下げた。 「あのさあ、私、この頃なんか学校で亜紀子ちゃんにやな感じにしちゃって……ごめん」 「え、あ、ううん、私も、なんか最近、嫌な雰囲気出しちゃってて」 少しの沈黙の後、浮世ちゃんが話し始めた。 「あのね、私、亜紀子ちゃん、私が変わってしまったのが嫌なのかなって思ってたの。 前の私に戻るようにって亜紀子ちゃんがしていたのかなあって思ってたの。今の私は嫌?」 「え?ううん、別に嫌ではないよ。」 「あのね、この頃亜紀子ちゃん、暗い感じでしょ?」 浮世は少し怖がった顔で瞬きを多くしながら、一度だけ亜紀子の首らへんに目線を上げて言った。(少し怯えたように聞いた。) 「うん」 「それで、その暗い感じを出して、私をまた、前のイケてない感じの性格に引き戻そうとしているのかと思ったの。」 「え?どういうこと?」 「私が明るい感じになっちゃったから、亜紀子ちゃんが暗い感じになって、それで、私がその暗い感じに飲み込まれて、私がまた前の暗い性格に戻るって……」 「え、あ、ううん。私はあの、そんなつもりではなかったよ」 「そうなの?私、そうなのかなって思ってた。そうなんだ。そっか。あ、私、ごめんね。その、なんか嫌な感じにしちゃって」 浮世ちゃんは後ろの方の言葉を小さくしながら言った。 「うううん。今の浮世ちゃんは元気がいっぱいでいいと思ってたの」 「…うん。」 浮世の顔が晴れやかになった。 今度は私が白状する番だった。 「私最近なんか元気なくってさ。あのね、私、なんだかこの頃訳もなく落ち込んじゃってね、…周りの人に迷惑かけちゃってるのかも…。私、なんだか色んな事がつまらなくなってね、それで、 色んな事が意味のない事なんじゃないかって……そういう風に思うの」 「うん」 「そうかと思うと、とっても楽しいことが在ったりするの。でもね、それも終わってしまう。それでまた詰まら無く成って…そのつまらなさに、いたたまれなくなるの 私は何をしていればいいんだろうって思って、やっぱり部活に入った方が良かったのかなって…。でも入れなかったの、部活ってなんか上の学年の人も居るし…怖くって…」 「分かる。私もなんか部活って怖いなあって思った」 「そうなの?」 亜紀子は少し明る目の声で浮世に聞いた。 「うん」 ……… 二人ともやや嬉しそうな、それでいて何かを真剣に見ているような目をして、少しの間、斜め下を眺めていた。 ……… そして二人して、顔を上げて、微笑み合った。 あれ?そういえば こんな人間じゃないワカメ人を見て、驚かないはずはないよね…。 じゃあ、前回遠足で来たときは、ワカメ人に会っていなかったのかな? 其(そ)んな筈(はず)はない。 ワカメの国の住人と会わずしてワカメの国を観光するなんて出来るはずがない! ワカメの国の人には前回来たときに必ず、会っているはず。 なのにどうして覚えていないの? どうして驚かなかったんだろう? ワカメの国っていったい……。 「浮世ちゃん」 「何?」 「私達、遠足で皆でここに来たよねっ」 「うん…」 「そのときにワカメの国の人に会ったっけ?」 「………うーん、どうだっけ」 「覚えてないの?」 「う…ん」 「そっか」 少しの間の後 「っあのね」 突っ込むようにして浮世が言った。 「亜紀子ちゃんに話す事があるの」 「何?」 「ワカメの国に来た人はワカメの国でのことは忘れてしまうの」 「え、そうなの?」 以下回想(海草)。
遠足のあの日。
私達実ノ鳥小学校4年生一行は、ワカメの国に到着した後、ワカメの妖精に拠って、
「記憶防止」の魔法を掛けられ、散々魔法で、ワカメの国を一日中意識が朦朧としたまま歩かされ、
時間に成ったら、最後に「記憶改変魔法」を掛けられて現実世界に帰ったのだった。
私達4年生が異常な迄(まで)に疲労して居た理由は、ワカメの妖精に拠って、一日中ワカメの国の中を歩き回されて居た故(から)だったのだ。
また、ワカメの国へ行った記憶が無い理由はワカメの妖精に記憶を消されて居た故(ゆえ)だったのだ。
バブル船に乗って居た時に、途中で窓に蓋がされた理由は、本物のワカメの妖精を乗客が目撃し無い為。
魔法を掛ける前の人間に見られると、どうしても記憶を消し難(にく)い。
回想(海草)終了。
「そうなの。それでね、私、本当はワカメの国の人なの」 「え、あ、うん。それはさっきから見てれば分かるよ」 「えっあ、そっか」 浮世は少し下げ気味にしていた顔を上げて驚いた表情で私の顔を見て、少し、目をしばたいて、うなずいた。 私は言った。 「でも可笑しくない?だってワカメの国に行ったって言うのに何も覚えていないなんて、みんな絶対おかしいって思うでしょ」 「そこらへんはそうは思わないようにしているの。コントロールしているの」 「ふうん。そうなの?」 いまいち納得は出来なかったけど、私はとりあえず分かったということにした。 「それでね、亜紀子ちゃん、もう帰ったほうがいいと思う。初めてアナログで来た人は早めに帰ったほうがいいの。出ないと戻れなくなっちゃうかも知れない」 「そうなの?」 「うん、時間が経てば経つほどどんどん戻りにくくなっちゃうの」 「え、じゃあもう帰らなくちゃ、やばいかも」 私は慌てた。 「うん。今くらいに帰れば多分問題はないと思う」 「そ、そっか。あ、でもどうやって帰ればいいんだろう」 「ごめん!」 「え!」 浮世ちゃんが私に向かって殴ってきた。 私は避けようと顔を横に向けて…………… 私はベッドの上にいた。 私は目を閉じたまま、ベッドの中で浮世ちゃんの拳を避けるために顔を横に向けていた。 私はそのままの姿勢で3秒ほど静止した。 月明かりを暫く見てから、私は再び眠りに付いた…。
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〜
ねえどうして何もしてくれないの? そんな声がする。 ねえどうして何もしてくれないの? 知らない、私の知ったことではない。 〜 給食の時間。 お皿と残飯を片付ける。
浮世ちゃんと一緒に並んだ。 私は自分が持っている使い終わった空(から)のお皿を眺(なが)めた。 今日の給食にはワカメのサラダがあった。 私は今そのサラダが入っていたお皿を眺めていた。 「ねえ、わかめは生きてるの?」 「え?わかめ?うーん。植物も一応生き物だから生きてると思うよ」 「ふうん」 「あ、思うよじゃ無くて生きてる、よ植物も生き物だもん」 「そっか。」 私は此(こ)の時点(タイミング)で会話が終了するかと思った。
然(しか)し其(そ)の予想は、其(そ)の後の浮世ちゃんからの言葉で外(はず)れた。 「ねえ、そういえば、今日鬼ごっこしに行こうよ」 「え、ああ…ううん。いい」 「そう?じゃあ私は行くね」 「うん」 私は短く一言だけ、其(そ)う言った。 そんなことを話している内に、もうお皿の片付けは終了していて、 私はうんと最後に言って、急ぎぎみに走っていく浮世ちゃんを見て、すぐに足元へ目線を落とした。 ――そんなに行った事ないけど、行ってみよう、図書室。 普段は滅多に入らない図書室。 だって本なんて読まないし、読んでもつまらない。 文字がだあああと並んでいるのを見ていても、なんら面白くはない。 でも、暇だし何となく行ってみよう。 私は図書室に向かった。 図書室の中に入ってみると、思ったより人がいた。 私の学校は去年校舎が全部改築されたからどこもかしこも新しい。 中でもこの図書室は特に綺麗だ。 椅子も本棚も窓も全て新しくて、清楚感じ。 一角には4畳半程度の畳のスペースがある。 そこに座って本が読めるのだ。 主に低学年用であった。 本当に綺麗な図書室であった。 何から何までいい感じ。 本棚を見て回っていると絵本とかもあって、思ったよりも面白そうだった。 1つ絵本を手にとって、眺めてみた。 …んー…でもやっぱり面白くないな。 これは私よりもっと小さい子向けなのかな。 やっぱり外に遊びに行こうかな。 でも今から行くのもなあ。 昼休み、もう半分も終わっているし。今から行くなんて面倒臭いし。 私は例の畳の一角へ歩いていった。 その一角の本棚にグリム童話というのを見つけた。 パラパラ捲(めく)ってみると、ところどころに絵がある。 ……… 読んだら面白かった。 私はこれまでの自分では考えられないような集中力でその本を読んだ。 本にここ迄(まで)集中できるだなんて……。私にとっては初めてだった。 チャイムが鳴った。 図書室に居るみんなが、本を閉じたり、椅子から立ち上がったり、本を本棚に閉まったり、図書室から出て行ったりし始める。 私はもっとグリム童話を読みたいと思った。 でもお昼休みは、もうおしまいだ。 もっと読みたい本が初めて見つかったというのに、もう終わりだなんて……。 どうしよう、借りていきたいけれど図書カードを持っていない。 もうカードを作っている時間もないし。仕方がないから私はしぶしぶ本棚に本を入れて図書室を後にした。 放課後また図書室へ来てみた。 グリム童話があった本棚には見るからに同系列の本がある。 中身の構成も、グリム童話と同じで、たまに挿絵がある。 こちらも面白そうだ。今読んでいるグリム童話が終わったら読んでみよう。 この本は、読むのが嫌にならない程度で1つの話が終わるので、飽きずに次々と読み進められる。 面白い。 本って面白い。 私は本を読んでいるのだ。 なんか、偉(えら)くなった感じ。 心の中にお話の世界がどんどん入ってくる。 私の心の中に楽しくてウキウキする、お話の世界が入ってくる。 嬉しい。 私の頭の中は不思議な世界と不思議な物語で一杯になった。 何となく知っていた話も中にはあったけれど、この本に書いてある程は、知っていなかった。 この本を読んで正式にちゃんとその物語を知れた。 全部話すとこういうお話だったのか。 以前思っていたのと少し違う。 うん。 いいかもしれない……本。 私はグリム童話の本を一冊借りることにした。 図書カードを作って、学年とクラスと名前、そして私が借りる本の名前をカードに書いた。 私が初めて借りる本。 絵本じゃなくて、ちゃんとした本 文字が書いてある本。 家に帰ってから読んだ。学校でも読んできたのでもう頭がいっぱいだった。だから1つのお話くらいしか読まなかった。 なんだか今日一日いろいろとお話を読んだ。 多くは何となくは知っていた話だったから本当に新しく読んだ話はそんなに多くはないけれど。 それでも今日一日で沢山読んだわ。 なんだか、こんなに本を読んで私、すごいわ。 でも、本を読み終わった後、襲ってくるのは現実の波。 別にこれといって嫌なことがある訳でもない。 でも退屈な、憂鬱な気分に落ちてしまう。 どうしてもそうなってしまう。 なんでかな。 とても気落ちする。 家の前で前は凍り鬼したなあ。近所の人と。
不意にそんなことを思い出す。 だからって、そんなに今も仲良しって言うわけではない。 近所だからっていう事だけで遊んでいたに過ぎないのかもしれない。 ただそういう薄い関係だったのだ。だったのか? そう思うとかなりさびしげな気持ちに自分がなりそうになって考えるのをやめた。 しかし、やめても又虚無感を感じるだけだ。 どっちにしても好くない。 私、何かやりたい。 本もいいのだけれど私、部活もやっていないし、習い事も何もしていない。 4年生からは部活に入ることが出来た。けれど、私は入らなかった。 なぜなら、部活で上手くやっていけるか不安だったから。 入った方がよかったのかなあ。 、何か習い事をしてみたい。 ピアノとか。 お母さんに、いいかどうか聞いてみよう。 そう思って早速私は居間に行った。 お母さんは、紅茶を飲みながらテレビを見ていた。 「ねえ、お母さん。」 テレビに向けていた顔をこちらに向けた。 「ん?なあに」 「あのさあ……私、ピアノ習いたいの」 「ピアノ?」 「うん」 「そう…いいかもしれないわね」 「うん!」 「私はいいと思うわ。どこで習えるのかしら。調べてみましょう」 「うん」 お母さんは、早速インターネットで調べ始めた。 「ねえ、いい所あった?」 「んーー、見つからないわね」 「そうなの?インターネットって何でも分かる訳じゃないんだね」 「そうなのね」 本当は、浮世ちゃんに聞けばいいのだ。浮世ちゃんはピアノを習っているから。 浮世ちゃんと同じところに行ってもいいし、別のピアノの先生を紹介してくれるかもしれない。 でも…。 私、浮世ちゃんに話しかけなくちゃ。 最近なんだか、話してないし。 でも、なんだか話しかけにくい。 浮世ちゃんは、私と話したくない雰囲気を出している。 浮世ちゃんはこの頃変わってしまった。 前は今より大人しいというか、落ち着いているというか。 そんな感じだった。 今は、もっと元気というか、ハキハキしているというか、イケイケな感じ。 私は今の浮世ちゃんも、楽しくてなかなかいいと思うけれど、 今の浮世ちゃんは、私とは話してくれないみたい。 |
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そういえば、ワカメの国に行くのに、バブル船で行く他に「アナログ」という方法があるらしい。
テレビで見た。 私はその「アナログ」というのが、何のことだか、よくわからなかった。 バブル船に乗ってワカメの国に行けば、海の底に行くのもどうって事ないけれど、「アナログ」という方法で行くのは大変らしい。 まあ、バブル船に乗って行くにしても、「アナログ」で行くにしても、海の底へ行くこと自体すごいことだ。 バブル船は、そんなには広くなかった。 名前こそバブル「船」という名前だけれど、海の底へ行くための、エレベータみたいな物だった。 バブル船にはいくつか窓が付いていた。 その窓を覗いてみたら、もう外は水中だった。人間が住む事の出来ない水の中。 しばらく経ったら、窓に蓋ふたがされてしまって、外を見ることが出来なくなってしまった。 なんで、ふた二をしちゃうんだろう。 「バブル船の素晴らしい所は揺れが少ない所なんだよ」 「そうなの?」 嘉人君が話しかけてきた。 「初めはちょっと揺れるけど、その後はほとんど揺れがないんです」 「確かに全然揺れないね。…でも海の中って揺れが無いのが当たり前なんじゃないの?」 「いいえ、そんなことはありません。普通、揺れます。バブル船は『YRS』を応用する事によって、揺れを極力少なくしているんです!」 「YRS?」 「YRSっていうのはですね…えっと…だから……技術ですよ」 「技術?技術って何?どういう事なの?」 「技術は技術です」 「YRSっていうのはね、」 浮世ちゃんが突然会話に入ってきた。 私と嘉人君の2人は、浮世ちゃんの方を見た。 「ゆるすっていう意味なんだよ。」 「ゆるす?って、『許してあげる』の、ゆるす?」 私は浮世ちゃんに聞き返した。 「そう」 浮世ちゃんは頷きながら言った。 「ああ、それですね。その「許す」どうのこうのっていうのは迷信ですよ」 「迷信?」 私は今度は嘉人君に聞き返した。 「そうです。言ってみれば都市伝説のようなものなんですよ」 「そうなの?」 「そうです」 「浮世ちゃん、そうなの?」 「迷信です!」 「私は浮世ちゃんに聞いたの!嘉人君に聞いたんじゃないの!」 私は強めの口調で嘉人君に言った。 「浮世ちゃん、どうなの?」 「嘘じゃない……」 「ほら、嘘じゃないって」 「もうそろそろ着きますから降りる準備をしてください。」 担任の先生が言った。 私達は何となく話をするのを止めた。 「扉が開きます。ご注意下さい。」 例の変な扉が開く。 ワカメの国のことはあまり頭に残らなかった。 ぼんやりとした記憶が残った。 でも何となく、覚えているのは安心感。 ほんわかした所だった。 あと、来る前は、ワカメの国はてっきり明るい所なんだと思っていた。 でもワカメの国は暗い所だった。 ワカメの国がどんな所だったかを詳しく思い出そうとすると、頭が真っ白になってしまう。 今、自分が「何かを思い出そうとしている」という、そのこと自体を忘れてしまう。 〜 「人間はこの頃では機械を使って本国に来ている。馬鹿なものだ。 精神の成長を放っておいて技術にだけ頼るなんて。」 〜 〜 ねえどうして何もしてくれないの? 〜 かそんな声がする。 ねえどうして何もしてくれないの? 知らない、私の知ったことではない。 〜 日曜日が明けて、月曜日の一時間目が始まる前の、ちょっとした間。 浮世ちゃんが話しかけてきた。 「そういえば、遠足楽しかったね。」 「うん。楽しかったね」 でも私、あんまり覚えてないんだった。 「ねえ、YUKIって知ってる?」 「隣のクラスの由希ちゃん、じゃなくって?」 「ううん。えっと…歌を歌う歌手なの」 「へえ、知らない。」 「そっか。」 二人とも、ちょっと下を向く。 「ねえ、何かあったんですか?」 嘉人君が聞いてくる。 「ねえ」 先生がやってきて、チャイムが鳴り授業が始まった。 またいつもの日々だ。いつもの日常に意味がないとは思わない。 だけど、やっぱり退屈ではある。 ワカメの国の楽しいことはもう終わった。 割り切って、割り切って…。 先生はいつも口紅をつけている。私は、口紅が嫌いだ。あのデロっとした感じが嫌なのだ。 先生は机の上には色々な物を置いている。必要なものばかりなんだろうけど。 先生の話を聞き終わって黒板に文字を書き始めた時点で、私は頭の中で授業とは別のことを考え始めた。 YUKIってなんだろう。 どんな歌なのかな。 聞いてみたいな。 4年生にもなると皆、音楽とかに興味もってるのかな。 音楽なんてゲームとかテレビにくっついてるだけのものでしょ。 私は体重を左ひじにのせながら考えた。 なんだか疲れたなあ。 よくわからないけど、ワカメの国に行って以来、皆が疲れている気がする。 疲れたって口に出して言ってる。 もしかして、遠足でワカメの国に行った事と関係している?…! ―ワカメの国へ行って帰って来た者は何故(なぜ)か酷(ひど)い疲労感に襲われる。とか。とか。 なあんて。 考え過ぎかな? ワカメの国の事なら浮世ちゃんに聞いてみよう。 嘉人(よしと)君のテレビ仕込(じこみ)の小難しい話よりも、浮世ちゃんの知識に興味が有(あ)る。 ワカメの国の事なら浮世ちゃんに聞いてみよう。 「うーんと…、そういう事もあるのかもしれない」 「やっぱり!そうなんだよね」 「でもそんな事、聞いたことはないよ」 「そっか…」 そっか、実際はどうなんだろう。 休み時間の教室にはいつもよりも人が多く居る気がする。 外に遊ぶ人が少ないのだ。 やっぱり、みんな疲れているのだ。 「ねえ、でもさあ、クラスに人が多くない?」 「ええ、どういうこと?」 「教室にいつもよりみんなが残ってるって事」 「そうだね、確かに。皆けっこういるね。おばあちゃんに聞いてみるよ、そういうことってあるのかどうか」 「うん、ありがとう」 「何のことを話しているのですか。」 義人が割り込んできた。 「え?なんの事かなあ?」 「ワカメの国のことですね」 「…そうだけど」 わかってるなら訊かないでよ。 「ワカメの国の何のことですか」 「えっと、あ、嘉人(よしと)君て疲れてる?」 「え?」 「だから疲れてる?」 嘉人君は訝しい表情をしながら、其(そ)れでも応(こた)えた。 「ええ。まあ。此(こ)の頃(ごろ)は、特に疲れて居(い)ますよ」 私と浮世ちゃんは目を合わせた。 発音されない言葉を2人は、暗黙の中に交わした。 ―やっぱり!― やっぱりオカシイ。 ワカメの国と「謎の疲れ」…。 「そう。」 私は一言そう言った。 「え!何ですか?僕が疲れて居(い)るからって其(そ)れが何(なん)なのですか?」 「なんでもないっ」 チャイムが鳴った。
「あ、私授業の準備してないや」 浮世が呟(つぶや)いた。 あ、私もだ。 机の木の模様が猫に見える。 目と目と口と…ああでも右の鼻の穴が足りない。 うーん惜しいな。 最近、もう疲れちゃった。 子供だからって皆がみんな楽しいわけではない。 楽しい時には楽しいし、疲れている時は疲れている。 〜全然、面白くない〜 なんだかこの頃だめだ。 とにかくだめだ。 なんだかだめだ。 確かにお友達としゃべっている時は楽しい。けれどそれも終われがすぐ普通以下の状態になる。気持ち上のことだ。 そして家に帰ってくるとさらにテンションが低い。 気分が低い。 何でだろう。 |
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あきこメランコクイーン
私の名前は、杉田亜紀子。
私のご先祖がきっと、杉と田んぼを持っていたのね。
だから杉田なんだわ。
亜空間の亜に白亜紀の紀に子で、亜紀子。
私は元気な子どもだった。
外で遊ぶのが好きな方だった。 昼休みになれば校庭へ鬼ごっこをしに行った。 友達も沢山(たくさん)居(い)た。 楽しくおしゃべりをした。 でも、そういうのは4年生になる頃には何となく無くなっていった。 かなり楽しかった過去とだんだんと私は違う領域へと踏み込み始めていた。 好きだったことが好きでなくなり、嫌いだったことがあまり嫌いでなくなった。 お話するのが、あまり楽しくなくなった。 鬼ごっこをしていても、つまらないなと、思うようになった。 なんでかな。 わからない。 私、わからない。 私はその頃、沈んだ気分だった。 学校に行ってもつまんなかったし、家に居ても暇だった。 そして、その頃から昼休みの鬼ごっこに参加しなくなっていた。 あんなに毎日楽しみにしていたのに。 なんとなく、「行かなくてもいっか」と、思うようになっていた。 何をしていても楽しくなくなっていった。 そんな日々の、その行事はやってきた。 それは、ワカメの国への遠足。 本当に楽しみで前の晩は、なかなか眠れなかった。 まあ、結局は眠れたけど。 遠足は、まずいつもどおりに学校に登校することから始まる。 私はいつものとおり登校して、校舎2階の4年1組の教室までやってきた。
いつものとおり、私が一番乗りだった。 私の登校班はいつも学校に着くのが早い。 ドアをガラガラと、廊下に音を響かせながら開けて、誰も居ない教室に入る。 薄暗い教室には、朝日が窓から少しだけ差し込んできている。 差し込んだ光が床に歪んだ3角形を作っている。 歪ませているのは机だ。 教室は音は何もせず、空気が張り詰めていた。 教室が今日の遠足を楽しみにしていて、静かに待っているようだった。 私は自分の机の上にリュックサックを置いて、忘れ物がないかどうかを調べ始めた。
そんなことをしていると、少しずつクラスメートが教室に入ってきた。 いつものランドセルとは違い、皆リュックサックを背負っている。 しだいにザワザワしてくる。 浮世ちゃんもやってきた。 キャラクターカード「貝塚浮世」
「おはよう」 「おはよう」 「今日は、楽しみだね」 「うん」 担任の先生も教室にやってきて、いつものとおりに朝の会をやった。 先生が出席確認をとり始めた。 私は、先生の点呼をする声と生徒がする返事の声を聞き流しながら、今日のこれからのことを考えていた。 ふと、流れていた点呼の声が、せき止められた。 私は考え事から現実の世界へと舞い戻ってきた。 周りがざわざわしている。 クラスメイトの声に注意を向けるとどうやら、誰かが、いないみたいだった。 誰だろう。 …え、嘉人君が…。 キャラクターカード「木下嘉人」
どうしたんだろう、嘉人君。 すると、担任の先生が少し不安そうな顔をして、教室を出ていってしまった。 長らくして先生が帰ってきて、 「では校庭へ行って出席番号順に並びましょう」 と声をかけた。 クラスの皆が一斉にザワザワしながら立ち上がり始める。 嘉人君は今日は来ないのかな。 こんな日に限って遅れるだなんて、本当に、何と言うか…。 教室にいる下級生を横目に私達4年生は校舎の外へとぞろぞろ出て行った。 遠足へ行くのは4年生だけだった。 校庭に並んでいる時に嘉人君が西門からやって来た。 嘉人君のお母さんがペコリペコリと教頭先生に頭を下げているのが見えた。 お母さんに送ってきてもらったみたいだった。 嘉人君はてくてくとこちらへ歩いてきて、列に入った。 これから最寄駅まで歩く。 学校から最寄駅まではそこそこの距離はあるけれど、歩いて行けない程の距離ではない。 いよいよ出発だ。 学校の正門を通る時に列が乱れたので、その機会に嘉人君に声をかけてみた。 「今日どうしたの?」 「ううん、ちょっとね」 「寝坊したんでしょ」 「違うよ」 「そうなの?」 多分、寝坊したんだろうな。 まあ、言わないんだったらいいけど。 さっきこの正門から学校に入ってきたのに、またすぐ門を出る。 変な感じ。 授業中なのに学校の外に出るだなんて新鮮な感じだし、開放感がある。 「う〜ん!楽しみなこの日がいよいよやって来たんだね」 私は伸びをしつつ言った。 浮世ちゃんに話しかけた。 「亜紀子ちゃん、なんだかいつにも増してハイテンションだね」 「そう?」 浮世ちゃんとは出席番号が隣だ。 だから列に並んだ時に、浮世ちゃんとは、となり合う事になる。 私は駅に着くまで終始、浮世ちゃんと話していた。 私は最近、憂鬱なのだけれど、浮世ちゃんはあまり気がついていないみたいだった。 最寄駅に到着した私達は駅の前の広めの場所に整列した。 そこでまた、点呼をとった。 「ではホームに移動します。ついて来て下さい」 担任の先生が呼びかけた。 いよいよだわ。ついにこの時がきたわ!ついに私はワカメの国に行くんだわ。 「あぁ緊張してお腹が痛い」 「だいじょうぶ?」 「そんなには痛くはないから大丈夫……………うきゃっ痛い!」 私は駅の階段で転んだ。 「大丈夫?亜紀子ちゃん」 「うん。ちょっと皮がむけちゃった」 「本当だ。ばんそこ貼る?あげるよ。はい」 「うん。ありがとう。浮世ちゃん」 浮世ちゃんはいつもバンソコを持っている、用意周到な人物だった。 例に漏れず遠足の日にも、ちゃんと持ってきていたらしい。 たいていは、友達にバンソコを借りるとキャラクターのバンソコだけれど、浮世ちゃんのは普通バンソコである。 私はそれを右の膝に貼る。
私、自分で思っているより、はしゃいじゃってるんだ。もっと落ち着かなくちゃ…。 しばらく電車に揺られて、降りる駅に到着した。 駅に、紫陽花(アジサイ)が可憐(かれん)に咲いていた。
その駅から、港までちょっと歩く。 その町は私の住んでいる所よりも木が多くあった。 言ってみれば、私が住んでいるところよりも田舎だった。 日差しが熱くて、じめじめする。 歩いて、結構汗をかいた。 足が痛くなる程ではなかったけれど、それなりに疲れた。 私は歩きながら昨日テレビで見たワカメの国についての特番を思い出していた。 バブル船でワカメの国に行くのは、どうって事はない。 だけど、自分ひとりで潜っていくと大変なんだそうだ。 それにしても、ワカメの国ってそんなに浅いのかな。 人が潜って行ける程度の深さの所にあるのかな。 歩きながら浮世ちゃんに話しかけた。 「ねえ、ワカメの国に行くのにバブル船っていうのに乗るんだよね」 「うん、そうだね」 「バブル船で行かなくてもいいって知ってた?」 「っえ!」 浮世ちゃんは行き詰ったような表情を見せた。 びっくりしたようだ。 「あのね、バブル船で行かなくても他にもワカメの国に行く方法があるの」 「そうなんだ」 「自分だけで潜っていくんだってさ」 「へえ、そうなんだ」 「うん、すごいよね自分だけで潜っていくなんて」 「うん、そうだね、すごいよね」 浮世ちゃんはバブル船以外でワカメの国に行くことができるということに驚いているようだった。 確かに、本当に海の中に自分だけで潜っていくだなんて、凄い事だ。 まあ、自分だけで潜っていくにしても、バブル船で行くにしても凄い事だとは思うけど。 もう頭の中が空っぽになってしまうくらいに歩いたときに、先生が言った。 「見えてきた!あれが港だよ」 私の左側を覆っていた背の高い雑草が、視界から消えたかと思うと、広がる海が現れた。 遠くに、白っぽい建物が見えた。 そこから、また少し歩いて、やっと港に着いた。 その白い建物は近くで見ると結構な大きさで、本当に真っ白けっけだった。 トタンで出来ていて、あまりにも真っ白だったのでそうは見えなかった。 おかしなくらい真っ白な建物だった。 看板で「○○港」とかもなくて、ただ単に大きな四角い建物だった。 港の駐車場は結構広かった。 車はそこそこ止まっている。 きっと、一般の人もワカメの国に行くために来ているのだ。 その広い駐車場を横切って白い建物の入り口まで続く、アーケードの下を歩いた。 そのアーケードの柱も屋根も、あまりにキッチリと白くペンキが塗られていて、少し気持ち悪いくらいだった。 オシャレ感を出すために、真っ白にしているんだろうけれど、私が思うに………変。 私達4年生はぞろぞろとその建物の中に入っていった。 建物の中は外から見たとおりに広かった。 生徒は、広いロビーの一角に集まってしゃがんで、点呼をとった。 全員いるみたいだった。 まあ、この時点で誰かいなかってたら大変だけど。 その後、建物のさらに奥の、バブル船の停留所へと行った。 遊園地の入り口によくある、押してクルっと回すやつを通って入った。 停留所では、いくつかのバブル船が浮かんでいた。 バブル船はかっこよかった。 卵のような楕円形で、つるんとしていて、水色と黄色に着色されていた。 太陽の光が水面で反射し、バブル船のボディに波の模様を描いている。 私は何となくその外形が気に入った。 色といい、形といい、いい感じだ。 「実ノ鳥(みのとり)小学校4年生の皆さんこんにちは」 「「「こんにちは」」」 「これからワカメの国に向けて出発します。危ないからかけたりしないでね」 「「「はい」」」 「では、12人ずつ乗ってください」 「一緒の船だね」 私は浮世ちゃんに話しかけた。 「うん」 バブル船に乗るのはドキドキした。 バブル船の扉は何だか、変な扉だった。 水色のゼリーのようで、プルンとしている。 私の心臓はドキドキとワクワクで破裂しそうだ。
ワカメの国はどんな所なのだろう。 ねずみをテーマにしたテーマパークは有るけれど、わかめをテーマにした公園なんて、想像も付かない。 一体全体どの様な所なのか。 最近、全く楽しい事何て(なんて)無かった。 けれど、今回は楽しい遠足だから嬉しい。 でも、私は少しだけ後ろめたい気分だ。 だって、此の遠足が終わったら、元の木阿弥(もくあみ)なんだもん。 其れは嫌だ。 不意(ふい)に或る事が気に成った。 「 一体(いったい)何の素材で出来ているのだろう。」 触ろうと思ったけれど、扉が開いてしまってそのプルンとしたのは引っ込んでしまった。 こんな変なプルプルしたドアで、バブル船の中に水が入ってきちゃったりしないんだろうか。 『ドアが閉まります。ご注意下さい』 変な形をした扉が閉まった。 私はその変な扉に触ってみた。 本当にプルプルしていた。 少し冷え冷えとしていて、ゼリーに触っているみたいな感触だった 「私、こんな乗り物に乗るの初めて」 浮世ちゃんが言った。 「あ、そうなんだ。浮世ちゃんもバブル船に乗るの初めてなんだ」 「うん」 「楽しみだね!」 「うん!あ、動いた」 グッ グッ グドゥウウン 「いよいよだ」 「わくわくするね」 「うん。わあぁ、海の中に入っていくー。たーすーけーてえぇ」
「助けてもらう必要はありません。この船はそんなに、もろくありません」 嘉人君が会話に入ってきた。 「あ、うん…そうだよね……」 別に本気で助けてもらいたいわけじゃないよ。 嘉人君は、いつも本気にするんだから。 ↑木下(きのもと)嘉人(よしと)
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