『うひ山ぶみ』 本居宣長が『古事記伝』を著し終えた晩年の寛政十年(1798)に著した、初めて学問(特に皇学)に入る人々の為に書かれた入門書。内容は学問に入る方法と心構えを懇切に書かれたもの。「うひやまぶみ」とは、学問の山に初めて足を踏み入れる事を指す。 共に4年間学ぶともがらという存在は、共に神聖な御山に足を踏み入れる同じ登拝者に通じる。ようやく中腹に着いた時、お互いの心が見えてくる。息遣い、いたわり、歩み・・・・。共に息を荒げながら登る事でその絆は一層深まるはずである。そこに言葉は必ずしも必要とは言えない。登山と言うものは歩みだけでも、知らぬ顔同士でも分かり合えるものである。 一つの山を登りきった時、至福とも言える学びの山の登拝が終わる。しかし、そこで満足しきってはいけない。下山後には、山を踏み分けた時よりも苦しい現実(社会)が待っている。 学問だけではなく、人生は御山の登拝に通じるものがあるかもしれない。 ともがらよ、お前は次の御山に登ろうとしている。私はこの御山を離れるが、心までは置いてはいかない。共に登った記憶、それは決して消えない。心が残っている限りいつでもここに戻る可能性がある。 だからこそ、最後まで共に歩もう。 |

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「うひ山ぶみ」と聞くと、M先生がセットになって思い出されます。確か、1回生の「遠足」ではM先生と同じバスに乗り合わせることになって、延々特別講義をされたような…。最近は、積極的に発言もされているようですね。
2007/5/12(土) 午後 10:07
もぐさ様こんばんは。『うひ山ぶみ』はM先生座右の本らしいですね。M先生の講義は結構取ってましたんで、寮時代の愛読書の話をよく聞いた事があります。(どうも私をN先生のゼミ生と思い込んでいたそうですが)先生は相変わらず発言されてますね。ちなみに今年から大学院の先生にもなられました。
2007/5/12(土) 午後 10:13
あらら〜私が学生だった頃はまだ「講師」さんだったのに、出世しましたね。どうりで、私もオバハンになった訳だ。つきひが立つのは早いものです。
2007/5/12(土) 午後 11:10
月日って本当に過ぎるのが早いものですね。私の四年間もあっという間に最後の年になってしまいました。一年の頃はM先生も助教授だったのに、今ではもうかなり上の方に・・・。学舎も130年事業に向けてどんどん様変わりしています。
2007/5/12(土) 午後 11:17
私は若き日に国家防衛の志を立て小原台に4年間学びました。ゼミの恩師K先生は当時マイナーだった中国共産党・軍の専門家でした(残念乍ら我々の卒業直前に急逝)。私は爾後も艦隊勤務の傍、引続き支那問題に就て研究して来ましたが、自ら思う所有って朝鮮語を学び、以後朝鮮半島問題に没入して来ました。そして昨夏、故有って下野し、原点回帰で惟神の道を中心とした日本の精神・文化に就いて自学して居ります。学びの山は一つに非ず「山脈」です。勉強はさせられる物ではなく、自らする物です。時間を大切に今後も勉学に励まれて下さい。
2007/5/14(月) 午後 1:49 [ 久左衛門 ]
大変深い訓辞を頂きまして真にありがとうございます。学びの山はまだまだ果てしなく続いています。私は大学卒業という一つの節目を迎え、自らその学びの歩みを止める事無く生きている限り学ぶ事を辞めない所存です。もし、自分がその歩みを止めようとしてしまった時は久左衛門様のお言葉を思い出し、初心に帰ります。
2007/5/14(月) 午後 9:42