朝露日記

誰かの為に祈る、それは人である証拠です。

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雨に思う

今日の伊勢は雨です。奉仕している神社の清掃をする為5時に起床しましたが、あまりに大きな雨音を聞き清掃を断念しました。土がやわかくなっている為、熊手でおけらやみみずなどを引っかいてしまう恐れがありますしね。何より参道がぐちゃぐちゃになるのが怖いので・・・・。


恐らく久し振りの雨に鎮守の森の木々も喜び、神社の周りの田の蛙も声を鳴らし跳ね回っている事でしょう。


今年はどうも雨の少ない年になり、梅雨明けも早いそうです。作物への影響と水不足が今から心配になってきます。

そう考えましたら、今日の雨は正に恵の雨と言えるのではないでしょうか?


私達はよく快晴であると無意識に「良い天気」と言います。しかし、一年中「良い天気」であったとしたらえらい事になってしまします。


雨・晴天を善悪と判断するのは受け取り手である私達の思い込みであるかもしれません。雨が好きな人もいれば晴天がいい人もいます。



ただこれだけは確かな事。雨の日も晴れの日も常に神様の恩頼(みたまのふゆ)を頂いているという事実。


何事も「ある」とあって当然と無関心に生きるのでは無く「頂いている」「ありがたい」と謙虚な心で一日一日を精一杯生きる・・・・それが神道の精神ではないでしょうか。

教育実習

六月の中旬から終わりごろまでの二週間、母校の高校で教育実習をさせていただきます。科目は世界史です。

神職を志し大学に進学、広い意味での「教育者」となるべく教職課程を履修し、実際に実習をさせていただくわけなのですが、現場では一人の「教師の卵」です。「ながら」など許されません。


実習をさせていただく母校の恩に報いる為、常に生徒の事を考え行動し、少しでも多く情熱を伝えるつもりです。


まぁ、守秘義務がありますので生徒・学校が特定される記事は絶対に書きませんが、このブログでも少し「教育実習」について取り上げていこうと思います。


基本的に守秘ばっかりのブログなんですけどね・・・・・。神社奉仕一つ挙げても奉仕内容・奉仕神社名・職員名は絶対に書きませんし・・・・。


ブログは、確かに多くの人々に記事を発信し、多くの方々と語らい合える良さはありますが、情報をうかつに漏らしてしまう危険性があります。

所謂「炎上」でしたり「自爆」してしまった方のブログを見るたびブログの難しさを痛感します。


教育実習から離れてしまいました。奉仕している神社との兼ね合いもありますが、実習期間中は「若宮」から離れ「若先生」になれなくてはなりませんね。

一件の電話

今日、とある神社の奉仕から帰っている最中一件の電話がありました。電話の主は二つ上の先輩。

先輩はややノイズの入った音声の中、短く

「若宮、そろそろ神社の奉職が近いな。卒論ばかりかまけ過ぎずしっかり卒業してがんばってくれよ。」

と言い残し切れました。


どんな長い美麗文句よりも有難い先輩のお言葉。その先輩はとある多忙であり、かなり重い役職に就かれた先輩。特に今の時期はお忙しいはず。恐らく会議の合間を縫って私に連絡を下さったのでしょう。


一見そっけないお言葉に見えますが、その声には暖かい先輩のお気持ちが込められていました。


一年生の時からずっと追い続けたその背中。卒業され、ご活躍を風の噂で耳にするたびその大きさを思います。



いつその背中に追いつくか、まだまだわかりませんが、いつかその背中に追いつきたい。

そう思った今日この頃でした。

今日、伊勢の神宮の第62回式年遷宮御用材奉曳「お木曳き」行事に参加しました。お木曳きには二種類ありまして、内宮の川曳 外宮の陸曳 の二種類があります。 お木曳き行事は第一次・二次がありますが、今年は最後の二次になります。

今回参加させていただいたのお木曳きは外宮の陸曳に一日神領民としての参加です。

今年は皇學館大学で一台ののお木曳き車を曳くという壮大な行事でした。(と言っても殆どのお木曳き団の方々にお世話になりっぱなしでしたが・・・。あくまでも曳くだけでした。)去年も勿論参加させていただきましたが、その時は他の企業や団体さんと曳くものでした。それだけに今回のスケールの大きさには仰天しました。

その数、千人。文学部・社会福祉学部・教職員・OB・父兄一体となっての奉仕です。

二つの縄を教職員・学生・家族が分け隔てなく一緒になって「エンヤー」の掛け声の元、外宮までの1kmの距離を曳きました。

皇學館大学は創立以来、神宮に寄り添うように存在しました。戦前は「神宮皇學館」の名であることからわかるように、本宗である神宮の歴史と祭祀を守り、皇国の道義を講じ、皇国の文学を修める為の学舎でありました。


日々生かせて頂いている神恩に感謝の心を込めて・・・。全学一体となって曳く御用材。


遷宮に微力でも力になれて感激の気持ちで一杯でした。大学で一台ののお木曳き車を曳いたこの日を忘れる事はないでしょう。

最後に、こののお木曳きを支えて下さった方全ての方々に心から感謝致します。本当にありがとうございました。

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うひやまをゆく

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ともがらと 歩む山路は 還らじの 散りたる花と 思ひ歩むる



『うひ山ぶみ』  本居宣長が『古事記伝』を著し終えた晩年の寛政十年(1798)に著した、初めて学問(特に皇学)に入る人々の為に書かれた入門書。内容は学問に入る方法と心構えを懇切に書かれたもの。「うひやまぶみ」とは、学問の山に初めて足を踏み入れる事を指す。



共に4年間学ぶともがらという存在は、共に神聖な御山に足を踏み入れる同じ登拝者に通じる。ようやく中腹に着いた時、お互いの心が見えてくる。息遣い、いたわり、歩み・・・・。共に息を荒げながら登る事でその絆は一層深まるはずである。そこに言葉は必ずしも必要とは言えない。登山と言うものは歩みだけでも、知らぬ顔同士でも分かり合えるものである。

一つの山を登りきった時、至福とも言える学びの山の登拝が終わる。しかし、そこで満足しきってはいけない。下山後には、山を踏み分けた時よりも苦しい現実(社会)が待っている。

学問だけではなく、人生は御山の登拝に通じるものがあるかもしれない。


ともがらよ、お前は次の御山に登ろうとしている。私はこの御山を離れるが、心までは置いてはいかない。共に登った記憶、それは決して消えない。心が残っている限りいつでもここに戻る可能性がある。


だからこそ、最後まで共に歩もう。



   

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