朝露日記

誰かの為に祈る、それは人である証拠です。

日々の記録

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

交通安全の祈り

毎日の様に調査の為、車を転がしている私ですが車に乗るたびに「交通安全」について考えさせられます。今は春休みの時期のせいか、本当に荒い運転の車やうかつな運転をする自転車を見たりしてハラハラさせられます。

春は気が緩みやすいって本当なんですねぇ。「鎮花祭」は疫病が気が緩む春に流行する事から始まった祭りですが、なるほど頷けます。

高速道路でもよく事故車や危険運転車を見たりします。パトカーもしょっちゅう走ってますし。

事故は一瞬、償いは一生」と標識に書かれている通り、車での事故は一瞬で起き、そして多くの人々の命を奪います。車は便利な乗り物であると共に、凶器でもあります。刃物や火と一緒で、使い方を誤れば大変な事になります・・・・。

飲酒運転なんてもっての他。「ちょっとだけなら・・・」でえらい事になりますよ。発覚しただけで30万以上の罰金、同乗者も10万以上の罰金。勿論免停!

車で人生をパーにするなんて馬鹿馬鹿しい限りです。安全運転が一番ですよ。

ちなみに私はのんびりした運転なんでよくクラクションを鳴らされたりします。特に関西で。

折角の旅行や参拝見学に行って事故車を見たりするのはもうこりごりです・・・。何とか減りませんかね、交通事故。

イメージ 1

最近、睡眠時間を除いて家に三時間以上いません。いたとしても食事をしたり風呂に入ったりぐらい。いかんですね、そろそろ落ち着いて家で勉強しないと。

昨日今日と故郷の大阪に戻っていました。と言っても大阪にはあまりいませんでしたが。実家は文字通り寝床にしていました。こりゃ帰ったとはいえませんね。

昨日は、石清水八幡宮と御香宮と伏見稲荷大社に参拝し、卒業論文に関わる石清水八幡宮の秋の勅祭(法生会)の特殊神饌「供花神饌」について聞き込みをするとともに、三社を隈なく巡り調査をしていました。

ちなみに石清水八幡宮と伏見稲荷大社は山の神社です。いやー、回るのに大変時間が掛かってしまいました。参拝した時の格好はスーツだったので革靴が大分痛んでしまいましたよ。勿論、御朱印も頂き参拝の記念にさせていただきました。参拝後は大阪に戻り、地元の友達とスーパー銭湯に行き一服し、その後は朝まで飲んでいました。24時間営業の白木屋で飲んでましたが、最近は飲み屋も大分綺麗になってしまいましたねぇ。まるでレストランみたいでした。

今日は仮眠した後すぐにスーツに着替え、吉田神社・近江神宮・日吉大社・日吉東照宮に参拝し大いに学ばせていただきました。本当は二日かけてもっと多くの神社に参拝したかったのですが、私はついつい現地の人や神職さんと長々と世間話をしてしまう悪癖がありまして、思うように回れませんでした。(後、時間をかけて調査したり、毎回毎回摂社・末社全てを参拝するからですかね)

うーん、すぐに人と話してしまう性格も考え物ですねぇ・・・・。(ついつい発展してしまうパターン)

こんなに多くの地に毎日足を運んでいるのに、疲れもせず次々にまた違う地に足を運ぼうとしている自分の体が我が事ながら恐ろしいです・・・・。

うーん、本当に考え物ですねぇ。

全国に友達を持つと

うちの大学はそれこそ全国から学生が集まっています。特に神道学科は各地の神社の子弟が来ますから(各地の草莽の士も集まりますが)、友達を持てば持つほど各地方に友達が出来ます。今のところ沖縄の人はうちの学科にはいませんが・・・・。


なのでこの時期調査に県外に出ると、流れで帰省している友達と遊んだり出来ます。お互いの家に泊め合っている人も多くいます。

私の場合、社家の友達に「遊びに来て!」ではなく、「うちの神社を調査に来るついでに遊びに来て!」とよく声を掛けてもらっています。嬉しいんですけど、遊ぶのは調査の次なんですね・・・。うーん、私は友達に学者みたいな扱いをされているんですかねぇ・・・。まぁ、喜んで調査さえていただきますけど。
各県に友達がいれば色んなお国自慢や名所の話を聞けます。そして、各地に縁が出来、足を運ぶきっかけになり、世界が広がります。全く嬉しい限りですねぇ。

この短くも長い春休み。時間ある限り、多くの土地に足を運ぶつもりです。

イメージ 1

音をたてない拍手で神社のお参りをする女性が急に増えている。これは「葬儀」の際のやり方で間違った作法なんだそうである。占い師の細木数子さんがテレビの番組で指南したのを真に受けてしまったことが原因のようだ。日本の神社を総括する「神社本庁」には、全国の社総代、氏子から苦情が寄せられている。
細木流「音をたてない」は葬儀の際の作法

各神社は、細木さんに抗議する予定はないという 東京練馬・石神井の「氷川神社」のホームページのトップには2007年2月28日現在、こんな文章が綴られている。

「ところで最近、お参りをする時に音をたてないで拍手をする女性を時々見かける。どうも去年の年末にテレビで某占い師が『女性は拍手の音をたてないもの・・・』というようなことをしゃべったようなのである。これは大きな間違いである。音をたてない拍手は”忍び手”といって、葬儀の際の作法なのである」
「某占い師」というのは細木さんの事。実は、細木さんは06年末だけに限らず、「正しい神社へのお参りのし方」をずっと指南してきた。「男性と女性のお参りのやり方は異なる」とし、男性は「二礼、二拍手、合掌、一礼」で、女性は「二礼、合掌、一礼」という説明だ。つまり、女性は拍手をしないものだというわけだ。これを「細木信者」といわれる多くの女性ファンは信じたようだ。

ブログを検索すると、こんな文章が次から次に見つかる。
「昨夜、テレビで細木数子さんが神社への参拝の仕方を1礼合掌2礼と言っていたのを思い出してやってみると、友達も『女は手を叩いてはいけないんだよね』と言って同じ方法で参拝していた。(同じテレビ番組みていたんだ)」
「昨日の夜テレビで見た『細木数子の参拝作法』をばっちり習得して、神様仏様に失礼のないようお参り」
「夫婦の場合、奥さんは少し後ろに下がって並んで、旦那さんが2拍手する時に奥さんは拍手せずに手を合わせる。細木先生の番組での初詣の作法の通りに参拝しました」
「思い違いがあったようだが、抗議する気はありません」
一方で細木流に反論するブログもある。
「柏手は元々貴い方をお出迎えする時の最高の敬礼作法から生じたらしぃですので。細木数子の言うことを実行すると結果的に神様に不敬を働いてしまうと思います」
「細木さん、あの作法、『ズバリ間違ってますわよ』って内容でした」
「でたらめもいいところ。神社をばかにすんな!しかしメディアがしたたかなのは、最後にちゃんと『一部の神社では参拝の仕方が違う場合があります』ってテロップ出すんです。批判対策に」
「神社本庁」には細木さんの「指南」に対して全国の社総代、氏子から苦情が寄せられている。日本の神社では例外無く、男女共に拍手をするというのが習わしだからだ。「神社本庁」はJ-CASTニュースの取材に対し、
「間違った参拝作法をテレビで公言している。(細木さんサイドに)指導してほしい、という苦情がかなりきています」
と打ち明ける。やはり、音を立てない拍手は“忍び手”で、葬儀の際の作法。男女共に「二礼、二拍手」なのだという。
しかし、不思議なことに、苦情が多いにも関わらず、細木さんへの「指導」には及び腰なのだ。神社本庁は、
「 (細木さんに対し) 特に今後何をするとかはありません。あの方の独自の理論なのでしょうし、人の信じていることを否定はできません」
という。
先の「氷川神社」でも、
「誰(細木さん)でも思い違いがあり、誤解されたようだ。私どもは抗議する気はありませんし、参拝に来られた方が望めば、正しいやり方を教えていくということです」
「参拝作法が間違い」との指摘に細木さんは何と答えるのか。J-CASTニュースは何度も「細木数子事務所」に連絡を取ったが、「担当者が不在で答えられない。いつ帰ってくるかわからない」 を繰り返すだけだった。


J-CASTニュースより



うわぁ、とんでもない作法を開発されたものですね細木さん。別に細木さんが神社を建てて(単立で)この作法を導入したのなら問題はありませんが、神社の作法ですからねぇ・・・・。

神社の参拝作法は基本、二礼二拍手一礼ですが神社によっては参拝作法が異なる事があります。(出雲大社)しかしながら、それは神社の故実に則り史料に従って代々神社で守られている参拝作法です。

細木さんのは史料に基づいていませんし、こんな作法聞いた事がありません。多分思いつきでしょうね。

私の率直な意見としては、TVという媒体で妙な参拝作法を広めないで欲しいと思います!


まぁ、参拝作法は気持ちが一番大切なのですが。

開く トラックバック(1)

イメージ 1

イメージ 2

昨日、賀茂真淵翁が祀られている縣居神社・賀茂真淵記念館に行き、改めて国学四大大人の偉業を知るとともに、本居宣長翁を祀る松坂の本居宣長神社に興味が湧き、休む間も無く今日は松坂に出かけていました。

私は本当に落ち着きの無い人物ですね。


大変お恥ずかしい話なのですが、私はこれまで記念館と本居宣長翁が祀られている神式の奥墓「山室山」には足を運んだ事はあるのですが、本居宣長ノ宮には一度も参拝した事が無かったのです。

うーん、近い伊勢に住んでいるのに・・・・不敬でしたね。

本居宣長ノ宮は、御祭神は秋津彦美豆櫻根大人こと本居宣長翁と相殿神 神霊能真柱大人こと平田篤胤翁で、例祭は4月第一日曜日の宣長まつり・11月8日秋季大祭(遷座記念祭)です。

明治初年、川口常文等が本居宣長翁を神として祀る運動を起こし、明治8年山室山の本居宣長翁の奥墓の傍に社字を建て、山室山神社と号し祭祀したのが創祀です。明治22年に現松坂市役所所在地に遷座、明治36年県社に昇格、大正4年現在の鎮座地に遷座。昭和6年本居神社に改称。平成7年社号を本居宣長ノ宮に改称。全国的にも珍しい氏子の居ない神社で、受験シーズンは地元の受験生で境内が賑わうそうです。御祭神が本居宣長翁以外に平田篤胤翁しか存在しないというところに平田派国学者の影が見えますね。恐らく明治初年の創始から、平田派国学者が大きく創祀に関わったと思われます。(野呂万次郎等が平田篤胤合祀を求め、異論もあったが結局主張が通った経緯があるそうです)

また、本居会館という会館もあり神前結婚式も受け付けています。あれっ?確か宣長先生バツイチだったような・・・・。まぁ、仲睦まじかった二人目の妻かつと宣長先生の様な家庭になるよう祈願したらいいですしね。(フォロー)宣長一家の絆は深く、宣長先生は子煩悩で息子の春庭の失明の際は全国を駆け巡って医者を探し、失明した息子を連れ多くの医者を頼っています。また失明した兄春庭を助ける為、妹飛騨はそれこそ兄の目となり手となり足となり兄を助けています。宣長先生の妻かつは宣長先生に尽くし、子に愛を注ぎ正に良妻賢母の鑑であったそうです。余談ですが、宣長先生はかつが京都に旅行した際、妻の恋しさのあまり「はやく帰ってきて欲しい」という手紙を送っています。

参拝後、授与所で御朱印を頂きましたが宮司さんが私の朱印帳を見て「縣居神社に御参りしたんだね」ととても喜んで下さいました。御朱印は有名な「しき嶋のやまとごころを人とはば朝日ににほふ山ざくら花」という自画自賛像の賛が書かれ、印は鈴と桜の図が施された物でこれらはいずれも宣長先生が愛されたものです。

記念館は一回生のとき大学の行事で拝観した事がありますが、改めてみると史料の多さと展示の巧みさに驚きました。わかりやすくユーモアにあふれた解説文や松坂名所スタンプラリーなど地域に貢献する企画がとても印象的でした。宣長先生はどちらかというと国学をプロだけの学問にせず出来るだけわかりやすく多くの人々に伝えた方でありましたので、この試みは宣長先生の精神に則ったものと解釈できますね。

売店で売っている学習漫画も大変面白いものでした。あっ、学習漫画を馬鹿にしてはいけませんよ。学習漫画は史料に則り建築物や人物・風景を再現し、また史料をカラーで紹介したもので監修も記念館の館長が担当されており内容もしっかりしています。(まぁ、世に出ている学習漫画の一部には酷いものもありますが)


記念館の拝観したあと、本居宣長旧宅 鈴屋を拝観しましたが、宣長一家が今でも生活していそうなアットホームな雰囲気のある建物でした。


今日も結局落ち着けませんでしたね・・・・。

開く トラックバック(3)


.
ワカミヤ
ワカミヤ
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新の画像つき記事一覧

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事