なかやわかさの独り言

愚痴も含め、山行を中心に記録しています

カンボジアの旅

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最後の最後に

フットマッサージで、足も軽くなり、ホテルに戻ってから荷物をまとめ、夕食に行って帰国と言うことになります。シャワーが浴びられると言うことでしたが、朝の段階でチェックアウトをしていたので、部屋に戻れず、プール用のシャワー室を使用することになります。ところが、お粗末のもので、湯がでません。水を浴びることになりました。タオルや着替えを置いておくところもなく、十分なシャワーができませんでした。

夕食は外のレストランで、クメール風ヌードルでした。

関空を出て、ホーチミンについて、ここで乗り継ぎシェムリアップに来たわけですから、この逆になります。往きは、ホーチミンからシェムリアップまで、2時間近く遅れました。このトラブルは、予感として残っていましたが、案の定起きます。

添乗員のいないツアーです。往きと帰りの違いは、仲間がはっきりと意識できるかどうかです。添乗員がいなくても、帰りは仲間がいました。そこが安心の部分でした。

22時40分発のベトナム航空機は、飛び立てませんでした。夜食を出すから、搭乗口ロビーから離れたところへ移動するよう日本語の放送が入ります。かなり離れた移動先でまずい食事が出ました。我々夫婦の疲れた様子を見て同行者が、今なら搭乗口ロビーは空いているから、そこで横になったらと言ってくれました。待機場所で机にうつぶせで待つよりその方がいいと思いました。我々夫婦は元のところに移動しました。そして、四つほどイスを占めて、横になっていました。ロビーの照明の多くは落とされ、暗い中、案内があるのと人の戻ってくるのを待っていました。待てど暮らせど、状況に変化が起こりません。放送があるのですが、日本語ではありませんでした。

何人かいた日本人が、ロビーを離れていきました。不親切だね、と言っていたように記憶します。立ち歩いていた妻が、出発案内の掲示板を見て、「OSAKAって書いてある」と言います。 出発時間は、2分過ぎている。

それまでそのような掲示がなかったし、飛び立つゲートに変更があるとは考えてもいなかったので、最初の予定ゲートで待てばいいものとばかり思い込んでいました。

2分経過していましたが、ともかく、掲示されたゲートに行こうと思いました。
妻は、「どうしょう」と、パニック状態でした。私は、搭乗手続きをして、搭乗口まで来ていたのだから、帰るのが1日2日遅れることになっても、何とかなるのではないかと、変に冷めていました。走っていると、我々の名前を言っています。ホーチミン空港の職員が近寄ってきて、名前を呼びました。そして、慌てなくていいですというようなことを言いました。

何とか間に合ったのです。何をどう反省するといいのか、よくわかりません。妻にとって一つはっきり言えるのは、最初から不安であった添乗員のつかないツアーが、本当に嫌いになったと言うことです。続いて予定していた海外旅行を、キャンセルしてしまいました。

日本は豊かになったのでしょう。物質の豊かさを求めない若者をも生み出してくれました。

貧しかったとき若者は、海外に目を向ける、それもより貧しい国へ行くことなど考えなかったのではないでしょうか。
「こんなところに日本人が」といったテレビ番組を見ていると、日本の若者も捨てたものではないなと思います。

ところが国内においては、自殺する青年が多いという統計もあります。職を求めても得られず、求められたとしても、低賃金あるいは不正規という不安定な身分。生きがいや未来への展望もない。そういったことが原因として考えられますが、これもいろんな若者ということになるのでしょう。

健康寝具店の次に案内されたのが、フットマッサージでした。
アンコール・トムに行った初日、実によく歩いています。歩いた歩数23,000歩と報告してくれたツアー仲間がいました。翌日も、同じ程度の距離を歩いたようです。
それ故でしょう。フットマッサージがスケジュールの中に組み込まれていました。

一つの部屋に6人がはいり、女性のマッサージ師をから施術を受けました。心を落ち着かせるため、部屋の電気を消し、薄暗くしていました。

そのうち、ひとりの女性が「あっ、そこそこ。ああ、いい。いい、ああぁ」と、声を上げました。よほど気持ちが良かったのでしょう。でも、何か変でした。エロッぽ過ぎます。それも一度きりではなく、何度もです。思いあまったのでしょう。旦那が、声を掛けましたが、奥さんの声は止むことはありませんでした。

マッサージは、膝上まで30分間してくれました。

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信仰の地に、寺院があるのは問題ではないが、何となく不調和に感じたのは私だけであろうか。

アンコールが、観光の対象となり、それが大きな収入源となったのは、ごく最近のことであろう。したがって、その間には人々の生活というものがあったはずだから、不調和も当然起こるだろう。

観光コースはこれでおしまいでした。
このあと、どういうわけか、健康寝具店に連れて行かれました。現地で生産している高反発寝具でした。
ゴムの説明や製品の説明をしてくれたのは、大阪弁のおばちゃんでした。この地で5年住んでると言うことでした。説明を受けた後、二階に案内され、実際に寝具を試させてくれました。六つほどのベッドが有り、それぞれに説明の店員がつきました。私のところに、二十代後半の女性がいました。どうしてここにいるのかという問いに、カンボジアで住みたかった、という答えが返ってきました。

東京で生活していた彼女は、カンボジアに旅行でやってきました。そしてアンコールワットに見せられたのです。2,3度来て、こちらに住んだ方が安上がると判断したようです。こちらに来て半年だと言っていましたが、休みにアンコールワットが見られパッピーと、生き生きした顔で言います。

日本で生活し、その便利さと贅沢さに慣れた者にとっては、苦痛になる若者ばかりと思っていましたが、最近はどうもそうでないようです。生活様式は豊かでも、働く場所やその内容、はたまた生きがいというものも含めて考えれば、日本は生活する空間ではないのかも知れません。

バコン内にある仏像

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ワットは、ヒンドゥー教と言われているが、この建物の中に、仏像が祀られていました。
建物の各階4隅には、象の建造物が置かれていました。

バコン

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ロリュオス遺跡の一つバコンは、アンコールワットの原型とも言われています。
回廊は、3回廊あったでしょうか。
中央に聳える塔といい、原型と言うにふさわしい佇まいでした。

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