なかやわかさの独り言

愚痴も含め、山行を中心に記録しています

甲斐駒ヶ岳に登る

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無念の下山

 大平山荘の下を通過して、バスは北沢峠に向かう。連絡しておくと、止まってくれるらしい。
 
 朝一番のバスは、7時20分だった。「下山ですね」と念を押された。どこから来て、どこに行くのかを、メモっている。たぶん中高年の登山者が増え、それに比例して遭難者も増えているので、動向をチェックしているのだろう。

 中高年の増加もそうだが、若い女性の一人登山も増えている。
 甲斐駒ヶ岳に向かうとき、六方石と思われるところで、下山する一人の女性が近づいてきた。すれ違うため私が止まっていると、「えっ」と言って、口に手を当て、「おじいちゃんに似てる」と言った。さらに近づき、「やっぱり違う」と言ったが、いじらしいというか涙ぐんでいた。昨年辺りになくしたようだった。「じゃー、写真撮ろうか」と言ったら、「良いですか?」と言いながら、スマホで自撮りした。
 彼女はそれから、長衛小屋に泊まり、仙丈ヶ岳、北岳、塩見岳へと行くと言う。何でも10日間の休みが取れたからだと言うが、22歳の女の子が一人でよくやると思った。そんな山ガールが増えている。

 6日は土曜日だったので、人が多く、臨時バスが出ていた。それで、朝一番のバスが6時にあった。それに乗ったが、隣にいた甲斐駒ヶ岳山頂に立たなかった夫婦も乗った。彼らは、東京方面から来ていたので、本来は北沢峠から広河原行きのバスに乗るのだが、仙流荘で風呂に入ろうとしたようだった。

 我々も、計画通りなら、7日の10時頃にバスに乗り、風呂に入ってから帰る予定であった。一日早く、しかも4時間も早かった。この結果、仙流荘では風呂には入れなかった。何でも10時から営業だと言われた。件の夫婦は、仕方ないです、10時まで待ちますと言っていた。我々は、彼らに別れを告げ、マイカーで自宅に向かった。

大平山荘から見た夕日

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 駒津峰からは、しんどい思いをして北沢峠に降りたが、さほど変わらないコースタイムだったことにも原因があるのかも知れない。年の割にはよく頑張ったと言えるが、体力が落ちていることに妻はかなりショックだったようだ。

 実は、今夏の登山に不安を口にしていた。かなり弱音も吐いていた。それが現実となったのだから、仕方がない。

 12時15分頃だったろうか。ポツッと雨を感じた。「雨や」と言う私の言葉を妻は信用しなかった。一応、カッパが取り出せるよう準備した。やがて、本降りになり、ズボンも履くことになった。

 4日の昼、仙流荘のバス停で、雨が降った。5日、甲斐駒ヶ岳山頂で雷鳥を見た。連日3時頃雨が降っているという話を聞いた。これだけの情報があれば、雨は必然だった。

 6時45分、妻が「夕日がきれい」と言うので、外に出る。5時半頃に見ていたので期待をしていなかったが、きれいだった。

二泊目は、大平山荘

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 駒津峰に戻り、ぐったりしながら、バッグの置いてあるところに行く。

 カメラをぶら下げた重さと体勢の疲れと、バッグを背負った疲労とは比べられないかも知れないが、体の軽さは、違ったと思う。妻の場合は、明らかに負担が軽減していた。

 駒津峰から北沢峠まで、上った道を行く方法もあるが、最初から双児山経由で考えていたので、その道を進んだ。時間的には、地図上のコースタイムでは、来た道を帰る方が15分多かった。しかし、歩きやすさからすると、双児山経由のほうがよく、時間はかからないと思われる。

 二日目は、大平山荘に泊まり、三日目は仙丈小屋に泊まる予定であった。
 大平山荘に予約するとき、3時半までに入ってくれと強く念を押された。予想以上に時間がかかっていて、この時間が気になってしょうがなかった。

 駒津峰から北沢峠までのコースタイムは、1時間50分だった。

 双児山経由の道は、ほとんど人に会わなかった。6人ぐらいに抜かれたぐらいだろうか。だから余計に疲れを感じたのだろうか。行程の三分の二ぐらいから、妻はよく立ち止まるようになり、疲れたを連発し、遭難するとまで言い出した。行き交う人がなく、行き倒れても、救ってもらえないと言うことで、それは遭難かも知れないが、大袈裟である。
それでも、もはや限界だったのだろう。仙丈ヶ岳には行かないと言った。今回は二座を目指したが、一座で終了と言うことである。妻の言葉は重い。もはや私の意見の入る余地はない。
 
 普通、下に降りてくると、沢の水音がして、着いたなと感じるものだが、水音や人声が聞かれず、目的地はまだまだ遠いと思わされた。それでも、一歩ずつ足を動かせば、目的地に着くものだ。北沢峠には人の姿が見えたが、その割には話し声はしなかった。ここには、予約を断られた北沢峠こもれび山荘があるが、大平山荘にはまだ10分かかった。この時間も長かった。

 2時を回って大平山荘に到着した。主人に「体力、気力の限界を感じ、明日の仙丈ヶ岳行きを中止します。朝と昼の弁当キャンセルしてください」と言った。千代の富士が亡くなり、テレビで引退の時の様子が放映されていて、体力、気力を言ったのだが、主人にはそこのところはわからなかったようだ。「仙丈小屋にキャンセルを伝えたいのだが」というと、ドコモでないと繋がらないという。公衆電話からしてくれとのことだった。
 主人の話では、我々の行動時間は立派なものだという。甲斐駒ヶ岳は、思った以上に時間がかかるようだった。3時半と念を押すのは、そのためで、遅くなって夜中に来る者もあるそうだ。

 大平山荘は、仕切りも何もない大部屋だった。我々夫婦が入ったとき、端に一組の夫婦がいた。後から一組の夫婦が来て、我々と先の夫婦の間に入れられた。先の夫婦は、明日仙丈ヶ岳に登ると言い、後からの夫婦は我々と同じコースを辿ってきたらしい。妻が言うには、駒津峰を出るとき、そこで休んでいたそうな。彼らが言うには、甲斐駒ヶ岳には行かなかったとのこと。それほどきつかったと言うことだ。

 大平山荘の前 17:31 撮影

帰り道も遠かった

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 頂上から駒津峰までの地図によるコースタイムは1時間。往きのコースタイムは1時間半だったので、短いはずと思ったが、整った尾根道を歩くのでないので、くたびれた足には応え、書かれたようにはいかなかった。

 六方石だろうか。(10:37)

 そして、こんな急なところを降りてきたのだ。(10:49)

 駒津峰まで、2時間近くかかっている。帰り道は遠かった。
 昼用におにぎりを作ってもらっていたが、食べる気にもなれないほど疲れていた。

雷鳥

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 甲斐駒ヶ岳の山頂から退散しようとしたとき、雷鳥が姿を現した。

 カメラを構えてキチンと全容をUPで捉えようとした。ところが、抜きつ抜かれつした高校生がいて、雷鳥に近づいてiPadで写そうとするものだから、逃げ動く。こちらは望遠で、刺激せぬよう構えているので、大変迷惑な話である。

 何枚か写したが、相手が動くので、ぶれの生じた写真になっていた。追いかけ回した結果、わずかな時間姿を見せていたが、まもなくいなくなった。

 9:43 撮影

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