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見込み中央に草地に置かれた大砲と日の丸、その奥に薄藍の城門を
描く小型の兵隊盃。絵の上には金文字で「征支凱旋記念」と書き込まれて
います。
「征支」は「支那を征す」ですから、戦前、支那と呼ばれた中国との戦闘での
勝利ということになります。歴史上「支那事変」と呼ばれた戦争といえば、
1937年7月7日夜の盧溝橋事件を発端とする「日中戦争」をさしますが、
第二次世界大戦の一部をなすこの戦争では、最終的に日本は敗戦国と
なったわけですから、日中戦争はこの盃の戦闘ではありえません。この
場合は1931年9月18日〜1932年3月1日の満州国建国にいたる満州事変を
指すのでしょう。
城門は日章旗たなびく写真絵葉書が多数残っている錦州の城門でしょうか。
子供の玩具のように愛らしい小さな盃ですが、これもまた歴史の生き証人
なのです。
この盃は今はなき原宿・東郷神社の「東郷の杜能美の市」で購入。確か1000円。兵隊盃は外国人旅行者の土産として人気だそうで、場所柄この市での兵隊盃の相場は高めでした。それでも昔は兵隊盃を拾いに良く通ったものでした。。。
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ふむふむ、満州事変の頃に青年期を迎えていた方が所有されていた盃なんですね。ご存命なら、結構なお年になっていらっしゃるのでしょうね。でも推測するに、天寿を全うした所有者の相続人たちが手放す決断をしたのだろうと勝手にストーリーを作っています。
それにしても活字にも劣らないしっかりとそして美しく書かれた文字! 普段はモリラフの象形文字に見慣れてしまっているので、整った文字に感動を覚えました。 (ポイントがズレてるって?! 苦笑)
2011/2/9(水) 午前 3:15 [ 森羅・bang-show ]
森羅様:この手の盃は所持していたというより、「無事に帰れた」記 念に焼かれ、親類縁者に配ったものらしいんです。良く戦場には 「生きて帰ろうと思うな。お国の為に立派に死ね」と送り出された と言いますし、実際そうだったようですが、戦勝の凱旋は当然祝っ たし、表向きはどうにせよ、家族としてはやはり何より生きて帰っ てきてくれたことが嬉しかったのだと思います。この後、日本は長 い戦争の時代に入りますが、この盃で祝福された人(恐らく再び出 征したでしょう)が無事であったと考えたいです。
モリラフの象形文字>笑ってしまいました(^^)アルファベット がそうなんですか?それとも日本語?
日本語なら止むを得ませんが(笑)
2011/2/9(水) 午前 8:58 [ wak**eko0*07 ]