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日本写真術の開祖、下岡蓮杖が描いた富士山の図。
研究が進み、彼以前にも写真術に成功した者がいたことが判明。
初めて写真館を開設したとして「日本営業写真家第一号」に呼び名変更。
さらに上野彦馬が蓮杖に先立つこと数日前に長崎で写真館を開設していた
ことがわかって、「東の営業写真家第一号」、実はその前年に鵜飼玉川が
江戸薬研堀で写真館を開設していたことが判明して「横浜の営業写真家
第一号」に・・・。
評価が変わり続けた蓮杖ですが、彼が独学で写真の再現に成功し、横浜で
当時の世相を映した数多くの写真を撮影、現代に残したこと。多くの後継者を
育成して日本写真史に大きな足跡を残したことは事実なのです。
写真史上の功績ばかりが知られる下岡蓮杖ですが、実は若き日、狩野派の
正系(奥絵師・浜町家)に学び、生涯にわたって絵筆を執ったことは意外に
知られていません。
そのうちの一枚がこの富岳図。蓮杖88歳の作品です。
ある小さな展示会に頼まれて久々に押入れから引っ張り出したものですが、
新年に相応しく、いかにも清々しいので披露させていただきました。
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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ご無沙汰しています。お元気そうでなによりです。
イイですねぇ〜!! 大変すっきりと線も少なく、それでいて富士山を描いたのは一目瞭然。水墨画って、真っ白な空間をどう残して生かして行くかって辺りが洋画と違い、詫び寂を表現している様に思います。
経歴を読んで、とても共感を。と言うのも森羅も高校時代に水墨画を齧り、成人してから一眼レフで写真を撮りまくり。水墨画で気付いた空間の取り方は、そのまま写真撮影のフレーミングに生かせられました。写真家として構図の良い写真を沢山残されたのだろうと推測します。
本年もどうぞ宜しくお願い致します♪
2012/1/8(日) 午後 7:31 [ 森羅・bang-show ]
森羅様:早速のご訪問&コメントありがとうございます!久しぶりにお会いでき、嬉しいです!今年もどうぞよろしくお願いします。
高校時代に水墨画を齧り>そうなんですか!意外な一面ですね!
一眼レフで>確かに絵の構図と写真の構図には同じセンスが要求されそうです。蓮杖は、絵を実物のように写し取る修業をしていたのですが、写真を見て「これに絵画は到底かなわない」と驚嘆して、絵筆を追って写真術を志したのだそうです。それが晩年また絵に戻ってくるのは不思議ですが、極めた末、写真と絵画に同じものを見たのかもしれません。
2012/1/8(日) 午後 10:02 [ wak**eko0*07 ]
新年のご挨拶を申し上げます。
昨年中はお互いのブログ滞在時期が合わず、残念ながらご無沙汰でしたw
“写真術”という言葉が時代を感じます。
当時の長崎は例外扱いしてもいいような気もしますが…薬研堀(苦笑)
これまた意外なところに開業されてたものですね〜
昔も絵描きと写真家は長寿なんですね。
金の松葉と画題と米寿と、おめでた尽くしの良い軸ですね♪
2012/1/11(水) 午前 2:37
うめのすけ様:お久しぶりです!再会できて嬉しいです!お元気でしたか?「滞在時期」…全くでしたね。。。
長崎は例外>同感です。長崎と一緒では気の毒ですよね。薬研堀の方は医者が集まっていたとか。初期の写真術研究家の誰もが苦しんでいるのは薬品なので、この辺に写真術と医者、そして薬研堀の接点があるのかもしれません。
昔も絵描きと写真家は長寿>確かに。でも絵描きの場合、
長生きして画壇に君臨しえた方が名が残りやすいということも
あったりして( ̄ー ̄)
ちなみに蓮杖さんは92歳で亡くなりましたが、亡くなった年の
作品も残っています。元気な方だったんですね。
おめでた尽くし>ありがとうございます(^^)でも実は富士山以外は気がついてませんでした。米寿に気がつかれたのは流石ですね。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2012/1/11(水) 午後 0:36 [ wak**eko0*07 ]
なるほど♪ 写真で使う“薬品”までは思い到りませんでしたが…しかし私の頭は落語と七味に毒されていて、薬研堀りっていうと“藪”医者と粉薬ばかりで、何かに効きそうな液体があったことを不思議に思うのです(爆)
2012/1/13(金) 午前 1:47
うめのすけ様:落語と七味に毒されていて>私も同様です(^^)
2012/1/13(金) 午後 4:22 [ wak**eko0*07 ]