蒐集の日々

2年ぶりの更新(^^)

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33.立山信仰の護摩仏

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像高4.0cm、重量わずか4g。私が持っている中では最小の護摩仏。
護摩仏とは粘土を型に入れて成形した小仏像のうち、護摩の灰を練り込んだもの。
独特の黒褐色をしているのが特徴で、行者の特別な修法によって出た灰を
用いることで聖性を帯びた、一種の聖遺物と言って良いでしょう。

尊名は頭上に肉髻をあらわし、指で輪を作るいわゆる「来迎印」を結ぶことから、
阿弥陀如来と分かります。護摩仏になる仏には傾向があり、不動明王や弘法大師が
常連組。観音や地蔵菩薩、虚空蔵菩薩、変わったものでは仁王などもありますが、
如来像はかなり異例。阿弥陀如来の護摩仏はかなり珍しい例だと思います。

本像は小さな木箱に納められており、お守りのように携帯して信仰するもののようです。
さらに詳細に観察すると、背後に「立山」の文字がかろうじて確認できました。
このことから本像は、現在の富山県にある立山で作られたものであることが分かります。
日本には古くから山中を異界ととらえる信仰があり、立山山中には地獄があり、日本国中の
亡者はここに至るという信仰がありました。その一方で立山三山の雄山は、
阿弥陀如来が住む極楽浄土とされ、立山では古来浄土信仰が盛んだったようです。
この小さな護摩仏もこうした信仰の遺物なのでしょう。

ところで久々の更新ですが、このブログでは同好の士のために入手先と入手時の金額を
明記することにしています。
この護摩仏はヤフオクで購入。

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高さ7.6cm、巾4.5cm、厚2.1cm、重さ65g。長野県・善光寺の秘仏本尊、阿弥陀三尊像をうつした焼物の仏像。江戸時代以降の焼物の仏像は、低い温度で焼かれた、脆い素焼きの泥仏、高い温度で焼かれ、硬く焼きしまった陶仏、磁器製の仏像、粘土に護摩灰を練り込んである聖遺物の一種・護摩仏などがありますが、これは陶仏でしょうか。きめの細かい灰色の土を型に押し込んで整形し、金色の塗料を塗って仕上げたものです。年代は明治以降。ことによると昭和まで下るかもしれません。
 
信濃善光寺の本尊は決して開扉されない厳重な秘仏。歴史上一度も開帳されたことがないことになっていますが、どうやら鎌倉時代に一度、開扉されたことがあるようで、この時代以降、秘仏本尊を写したという像が多く作られています。それらの像には
 
  ①三尊全体が一つの大きな舟形光背を背にして立つ(一光三
   尊)。                                      イメージ 2
  ②中央の阿弥陀如来が、下げた左手を刀印(人差し指と中指を立て、残
    りの指を結んだ印)とする。
  ③両脇侍は筒型の宝冠をいただき、両手を下腹部で水平に重ねる
   (梵篋印=ぼんきょういん)。
  ④三尊とも中央のすぼまった臼のような形の独特の台座に立つ。
 
などの他の像には見られない特徴があり、これらの形式を備えたものを善光寺式阿弥陀三尊像と呼んでいます。これを踏まえたうえで今回ご紹介する陶仏を見ると、中尊の刀印は不鮮明で確認できず、両脇侍の頭上の宝冠はないものの、他の点で一致。善光寺の秘仏本尊を写したものとみて間違いありません。おそらく本像は、明治から昭和にかけて、善光寺の門前で売られていたものでしょう。ことによると今でも売っているかもしれません(^^)
 
本像はヤフオクで購入。落札価格は1000円でした。
 
径5.6cm、高さ2.7cm。見込み右下に「近歩二」、上「除隊記念」とあるので、
近衛歩兵第二連隊所属の兵隊さんの除隊記念の盃のようです。wikiによると
近衛歩兵第二連隊は明治七年(1874)に軍旗が親授、同年の佐賀の乱、
明治十年(1877)の西南戦争も経験した古い部隊で、日清・日露戦争、1940年の
北部仏印進駐に参加。1941年8月に東京に帰還した後は、皇居の守護にあたって
いたといいます。この盃がいつごろのものかの決め手はないのですが、
古いものでは「紀念」になっている文字が「記念」であるあたり、昭和に入っての
ものではないでしょうか?
 
それはともかく、リサイクルショップで見て釘付けになったのは見込み中央に
焼き付けられた写真。兵隊盃を集めるともなく拾い買いして14年。写真入りの
盃は、ネットでは見たことがあったものの、実物に出会うのは初めてでした。
早速購入、580円也。レアものにしては安い買い物でした(^^)
高台に「山本」とありますので、写真の主は山本さん。若い兵隊さんです。
「兵隊ー若いー盃」と来ると、特攻隊の水盃を思い出す人が多いようで、
この手の盃を集めていると言うと、「縁起が悪い」「怨念が籠っていそう」
などという人がいるのですが、私が知る限りこの手の盃は「除隊記念」「帰還記念」
に作られたものがほとんど。本質的には御目出度いものですから、いわれのない誤解といえるでしょう。

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高さ5.7㎝、巾3.5㎝、厚さ0.7㎝、重さ25g。

黒灰色の素焼きの仏像。側面を見るとバリがあるため、前後二つの型を合わせて
造った大量生産の像であることが分かります。表には火炎光背を背に、右手に剣、
左手に悪を縛す羂索を握って立つ御仏。魔を降し災厄を払い、行者の煩悩を焼き
尽くす不動明王です。一方背面には「征露 祈祷護摩 以灰造之 一千体ノ一」
とあり、本像が「征露」、つまりロシアを討つため、護摩を焚く祈祷を行った際、
護摩の灰を用いて作った一千体の像のうちの一体であることが分かります。
「征露」とは明治時代末の1904〜1905年に勃発した日露戦争でしょう。
一般的には護摩仏は江戸時代のものとされていますが、こうして見ると
明治時代にも結構流行っていたようです。護摩仏はもろく失われやすいものですし、護摩仏には年代を明らかにする銘がないものがほとんどですから、江戸時代のものと思っている像も意外と近代のものが多く混ざっているのかもしれません。
それはともかく、実はこの護摩仏、別の一体をすでにご紹介したことがあるので、再度登場ということになります。何故そうなったかというと、宝剣にご注目。前回ご紹介したものは全体が真っ黒でしたが、今回のものは剣だけ銀色に塗られています。前回のものも、本来はこうだったのですね!
 
護摩仏や泥仏は同じもの見えても子細に観察すると違う型を用いていたりするので、気が抜けないのですが、複数集めるとこんな発見があったりします。
本像の入手元は例によってヤフオク。落札価格は5000円。前回は何と500円でしたから、かなり割高ですね。。。でもこういったものは一期一会で二度と出逢えない可能性が高いので。出会いに乾杯です!!!(←古い。。。)
 
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兵隊盃032

会議の時間を30分間違えての時間つぶし。なんとなく街中を歩いていると、リサイクルショップにたどり着きました。特に期待もせずぶらりと入って、出会ったのがこの盃。兵隊盃との2年ぶりの再会でした。例によってお盆の上に十個ほど並んでいたうち、傷のないもの2個を買ったうちの一つ。一個575円は、昔に比べれば驚きの高値ですが、今ではまあ、相場でしょう。
 
それはともかく、旧友に再会したように懐かしく、身近に置いて小休止のたびに手に取っています。戦争アレルギーの人などには嫌われるでしょうが、私などは純白の肌に書き込まれた金文字が意外に美しく、淡い彩色の桜花が添えられているところなど、背景よりも先に、日本の美を感じてしまいます。書き込まれた文字は「花ハ(は)桜 人者(は) 武士」。この言葉などもなるほど戦争の香りが漂いますが、軍国主義で片づけてしまうのは少しさみしいようにも思うのです。
 
旧友に再会した気持ちになって、久々にブログを更新してしまいました。
 
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