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N、O 12 自分でない自分
精神病院と呼ばれる所に何故転院となったのかは、のちに知ったことだが、私が、窓の外を今にも
落ちそうな体勢で、覗いていたので落ちたら・・つまり自殺してしまうのでは、と思われたらしい。
が、私の頭の中は何にもなかった。自分が、生きていることもわかってはいないし,考えすらなか
った。
その病院は、6階建てで、入り口を入ると大理石の床が見事に広がっていた。
どこが、診察室なのか・・私は、事務所に通され手続きをとり、6階へ入院することになった。
これも、のちに知ることだが、その6階は、女性病棟の重症患者の部屋だった。
エレベーターで、6階へ着くと、すぐドアがあり、案内した看護婦が、ジャラジャラといっぱい
ある鍵の一本で、そのドアを開けようとしたが、何故か、その上のインターホンで中の看護婦を
呼び、「ちょっと、どけて!」といった。ガラスごしに看護婦が、ドアの目の前の患者をどけて、
私を招きいれた。そして、鍵をかけた。入るとすぐテーブルが、並んでいて「ここで、みんなで
御飯たべるのよ。」と言った。「ここ今日から、つかってね。ナイフや、かみそりは、持ってい
ない?」ときかれた。「持っていません。」「そう、それから、お薬はこちらで管理するから」
といい、戻っていった。病室は、20人位が一緒で、カーテンなどという仕切りはなく、プライ
バシーはいっさいない。廊下との間にある引戸も開け放たれていた。何人もの患者が、話しかけて
きた。「どしたの?」「これあげる。」「入院何回目?」などと質問攻めだったが、みな、どこが、
どう悪くて、ここにいるのか、まったくわからない人ばかりであった。その日の夕食は、長いテー
ブルで、みんなで食べた。夕食は、窓まで取りに行く。少しカラダの不自由な私をかばい、
「とってきてあげるよ。」「ここすわりなよ。」と、みんなやさしかった。しかし、少しづつ私は
刑務所のようなその病院をみて、疑問を感じるようになる。
夕飯が終わると、「水をくんでならんで」と声が
かかる。といっせいにコップだけを持った列ができた。なんだろう?と思っていると、看護婦
の前で一人一人が、口をあける。その中に薬をほおりこむと、持っている水で、自分が流し込むと
いうわけだ。それが、終わるとそれぞれが、好きなことをしている。食堂の横には、灰皿が3つあ
り、ほとんどの人は、煙草を吸っている。床に寝転がり、いつも煙草を吸っている,えみこという
女が、「ねえ、なんできたの?私はね〜精神分裂病で、22年入院してるの〜」といった。
「じゃあ、もう治ってるんじゃないんですか?」というと、「いまさら、働けないでしょう?
生活保護もらってるし、おこづかいは、ここだいたい1万位しかくれないけどさ。煙草買うだけ」
といった。驚きだった。ここの病院は、治療は投げ出しているのか?と・・・
もう一人まさこという女がいて、ほとんど誰とも話しをしないのだが、灰皿をあけては、まだ、
吸えそうな煙草を見つけ、吸っていた。だからであろう、彼女の手は、いつも真っ黒であった。
その日、消灯前の薬があった。また、列でならび薬をほおリこまれた。しかし、入院初日、私は
思いもよらない経験をした。夜中トイレに行きたくなったのだと思う。立ち上がろうとすると、
転び這いつくばっても中々前に進めない。やっとの思いで、廊下に出た、しかし記憶は途切れ
途切れ何度も転び這っては、やっとの思いで、トイレについた。そこまで、どれくらいかかった
だろうか、トイレに入ってからも、トイレで転び、また、這いつくばって、部屋にかえった・・
と思うが憶えてはいない。しかし、目覚めたのはベッドの上。私は、何を飲まされたのだろう?
午後、院長が現れた。そこでは、診察というものはほとんどおこなわない。だが、ナースステー
ションにききにいった。「昨日飲んだ、私の薬はなんですか?」と院長は「あ、軽い睡眠薬ね。」
「何錠ですか?」「えっと、5錠だよ。でもね、軽いから大丈夫。」「私、昨日トイレにもまと
もにいけない位、フラフラでした。かるくても、5錠は多くないですか?」というと、「じゃあ、
今日から、少し減らそうね」といった。
私は、いま思えば、そこでは特におかしかった。煙草を吸うようになっていた。もちろん、私の
脳血管障害からして、煙草は絶対にいけないものなのだが、そこではそうせずにはいられなかった。
「ね〜1本頂戴よ〜」とえみこが、あちら、こちらから煙草をねだる。ものすごく太っていて、め
がねをかけて、汚い床に寝転がっていると、とても醜いものに見えた。他にも、なぜか、長ぐつを
履いて、両手に紙袋をさげて、2時間以上もじっと、入り口の前で、たっているものもいれば、
1時間以上、ハンカチを洗い続けてるもの、お化粧をして綺麗な細身の女性が、急に走りだして、
看護婦3人に押さえられ、薬を口に無理やり入れられていたが、それをバーっと、吐き出す光景
も見た。
そのうちの落ち着いた感じの、さやこという人が、話しかけてきた。「もう、まともな人もいるの
よ。私も、おかしくないけど、精神病院ってことで、身内すら、もうこない。引き取り手がないと
退院できないのよ。弟が、たまに来て、差し入れしてくれるけど、入ってくる生活保護は、この病院
が受け取り、薬も飲んでいないけど、ここにいる。もう、23年よ。あなたも早く引き取り手が
いるうち出ないと大変なことになるわよ。」といった。「あの押さえられた女性ね・・中学校の先生
だったの。綺麗な人でしょ?入院当初は、あんなんでなかったのに・・どうしてかしらね。」と
いった。窓は、ほとんど開かない、太い鉄格子が、張り巡らされ、個室が、二つあった。暴れたり
抵抗するものをいれるらしい。個室は、刑務所と同じで、トイレの便器の隣に、ベッドが、あり、
向こう側に、鉄格子その下から、看護婦が、食事を入れる窓があった。
ここで、違う自分が、目覚めたのを感じた。
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転載記事より着ました(*^ー^)ノ





ヒトコト転載
させてください(*^ー^)ノ




2014/1/9(木) 午前 9:51 [ moonsun612 ]
ご訪問(^人^)ありがとうございます✨☀🗻🌛
転載させてください✨( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆☀🗻🌛
2014/12/18(木) 午前 7:12 [ lin*uru*91* ]
私の叔父は精神科に50年以上入院していました。
2015/11/17(火) 午後 9:17 [ 在りし日の思いで ]