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こんにちは。シルバーウィーク暇・・・といえない立場ですが暇ですね。
任天堂は9月23日で120周年と言うことで企画の続きを行っていきたいと思います。
前回のウルトラシリーズに続き今回は
任天堂玩具の製作に大きく貢献した 横井軍平氏について語ろうと思います。
横井軍平
京都府出身の方で1965年に任天堂に入社。
以後数々の活躍をし、1996年に任天堂を退社。
有名な話としては十字キーやゲーム&ウォッチの生みの親。
1997年に不慮の交通事故で亡くなったと聞いています。
彼の作品は独特なものが多いですね。
その考えはヨコイズムと呼ばれ、ラブテスターやゲーム&ウォッチを開発。
ラブテスターは「女性と気兼ねなく手をつなげる」と言うのが開発の動機。
以後も枯れた技術と呼ばれる、すでに広く使われている技術を使って数々の新しい商品を開発していった。
この枯れた技術という哲学は今の任天堂にもしっかり引き継がれていますね。
DSやWiiなど、他社のPSPやXboxよりもスペックは劣っているものの大ヒットを記録し続けるようになっていったのがその証拠。
タッチ!ジェネレーションズシリーズでこれまで、ゲームに触れる機会のなかった年齢層の人も取り込みDSは4人に1人は持っていると言う史上最大の普及率を誇った。
有名なゲーム&ウォッチの開発秘話としては
ゲーム&ウォッチの開発のきっかけは、山内が会食に向かう際、たまたま運転手が風邪で休んだために、唯一左ハンドルの運転に慣れていた横井が指名され運転手を務めた際に提案したアイデアが元になっている。横井は、いくら何でも私は運転手では無いというプライドがあり、社長を乗せて運転しているだけでは納得がいかなかったようで、空港で電卓を打って遊んでいたサラリーマンの姿を思い出し、口任せに「電卓型のゲーム機があれば売れると思うんですけど」と山内へアイデアを投げた。その後、会食でたまたま液晶競争での不振に悩んでいたシャープの取締役と隣り合わせの席になった山内が、さきほどの横井のアイデアを話した事によって、シャープからの部品提供がもたらされたという、「希にみる低確率の大ヒット発生」かつ「『枯れた技術の水平思考』の発見」だった。後日、横井のもとへシャープの人間がやってきた時、「最初は何のことだか分からなかった」との事。それが結果、国内だけでも1287万個という記録的な売上を達成し、任天堂がアーケード事業の失敗で抱えていた負債をあっさり帳消しにした。
ニンテンドーDSの原型となる、マルチスクリーン型のゲーム&ウォッチは、あまりの需要に山内がゲームの供給不足を危惧したために要望した「ふたつ同時にゲームを遊べないか」という提案に応えるかたちで、横井が発案したものである。
↑のゲーム&ウォッチの文章はウィキペディアより引用です。
こういうアイデアが数々の大ヒット商品を生み出していったと思うとホントにすごい人です。
DSの先祖である、マルチスクリーンゲーム&ウォッチも当時の様子が反映されたものとなっています。
2つのゲームを同時に遊べるようにした結果こういう形となったんですね。
決して今の任天堂が需要に苦しんでいたとは思えないので、DSはまた別な理由があるのでしょう。
彼の開発した玩具は今でもゲーム内で引き継がれているものもあります。
中でも、 メイドインワリオシリーズはファン必見!
ナインボルトのステージでは数々の任天堂グッズや懐かしのゲームにひたれますよ。
ウルトラマシンなどは今でも似たような仕組みのおもちゃがたくさんあります。
そういう意味では他のメーカーにも大きな影響を与えたのでしょう。
では!
次回はおそらく、任天堂のおおざっぱな年表を掲載することになります。
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マルチスクリーンや十時キーを作った人と思うと…凄いですね!
今では当たり前ですが、当時は物凄い発明だったんでしょうね〜
[ たろう ]
2009/9/22(火) 午後 0:45
メイドインワリオのナインボルトのステージは毎回楽しみにしています。
いっそのこと、任天堂の歴史をテーマにしたゲームとか欲しいですよね。(笑)
2009/9/22(火) 午後 9:25
たろうさん>>
十字キーがあるのは、横井さんのおかげなのです!
当時はスティックすら使えない時代・・・偉大な発明だったと思います。
2009/9/23(水) 午後 8:13
ユウト33さん>>
自社のソフトに自社の昔の玩具を入れる・・・任天堂らしい遊び心ですね。
任天堂の歴史をテーマにしたゲームですか!そうですね、この120周年を期に作ってほしいですね。
2009/9/23(水) 午後 8:14