今日はテレ東の「ありえへん∞世界」の2時間スペシャルを見た。
ゴールデンになってからは過去のネタを何度もリメイクして放送していたが、今回は世界で大成功した日本人という企画をやっていた。
バリ島で大金持ちになった土地成金の人もアメリカでエンターテナーとして大成功した大金持ちの人も、どちらもその土地の住民から慕われているのだ。
なぜなら、その成功者たちは、その土地の住民に対して貢献しているからなのだ。
バリ島の土地成金は稼いだ金で、そこに学校やら病院やらを建設しているらしい。
そしてアメリカの成功者はアメリカの田舎もんが大好きなカントリーを始めとしたエンターテイメントを提供するだけでなく、その会場のトイレ施設を豪華にするなど、いかに客が楽しんでもらえるかを考えているのだ。
片方は事業で儲けた利益をそこに還元し、もう片方はそこの人達に貢献する事で対価を得ている。
どちらも成功者として大金を掴んでいて地域の人達に喜んでもらっているが、一人は稼いでから貢献する事で人望を得、もう一人は貢献する事で人望を得て対価を得た。
もっと簡単に書けば、一人は儲けた金を使って人々を喜ばせて、もう一人は人々を喜ばせて金を儲けたのだ。
最初の土地成金は金が無ければ学校建設などできないので人々から喜ばれる事はできない。
だけど後者のエンターテナーは先に人々に喜んでもらう事で金儲けできているのだ。
何か金儲けの手段があるのならば、それで金儲けをすればいいんだけど、その手段が無いのならば人々を喜ばせて対価を得ればいい。
そんな事を考えながら自分自身の事と照らし合わせてみると、自分は何にもしてないから誰からも喜ばれてないなあ、なんて思ったりして悲しくなったりしてくるのだ。
確かに東北大震災の被災地に行ってボランティアでもやれればいいけど、そんな事もできてない。
金儲けしたい!成功したい!みんなから賞賛されたい!という欲望だけが先走って何もできないのが悲しい。
欲望は人を動かすので、金儲けしたいとか成功したいとか賞賛されたいとか思うのは別に悪い事ではない。
悪い事は欲望の為に悪い事をする事であり、もっと悪い事は欲望を持っているのに何もしないで人生を終える事である。
宗教的に表現すれば、神様仏さまから与えられた命なのに何もしないで一生を終えるのは神や仏様の意思に逆らう事になる。
世の中に貢献する事で、なんらかの見返りがあるだろう。
それは金かもしれないし、人望かもしれないし、施しかもしれないし、カワイ子ちゃんとの出会いかもしれないし、名誉や地位かもしれないし、感謝の言葉かもしれない。
でも、それによって周りから認められ、自分の居場所ができるともいえる。
逆に、いくら自分では世の中に貢献しているつもりでも、何の評価も見返りも無いという事は、それは貢献していない事になってしまう。
これは今はやりのドラッカーの「企業の目的は顧客の創造である」という言葉に通じると思う。
つまり、「世の中の貢献の目的は、それに対する評価を下してくれる人を創造する事である」という事になる。
その結果として企業が存在するのと同様に自分の居場所が作られるのである。
自分の居場所という事は、そこに生きるという事であり、当然生きるには収入も得られなければならない。
他に収入があってボランティアでやるのならいいけど、成功したい!金儲けしたい!と考えているのならボランティアではなく貢献の対価として金銭を得られるようにしなくてはならないのだ。
対価として金銭を得たいのなら、それなりのレベルの事をしなければならないのだ。
という事は、ただ金儲けに走ってはダメだという事だ。
秋元康のAKB48だって、「会いにいけるアイドル」というコンセプトの元に、ちゃんと顧客を創造して、その対価を得ているのだ。
何か才能や実力があるのなら、それを使って社会に貢献して対価を得ればいい。
何の才能も実力も無いのなら、どうしたらいいのだろう?
何も才能も無い人間が命がけで人を喜ばそうとする映画が松本人志監督の「さや侍」であるが、追い詰められて初めて頑張れる人もいれば、追い詰められなくても頑張る人もいれば、追い詰められても頑張らない人もいる。
恐らく追い詰められなくても頑張る人なら、こんな事はブログに書かないのだろう。
なぜなら、こんな事を考える前に何かを始めるから。
となると自分は追い詰められないと頑張らないか、追い詰められても頑張ろうともしない人間のどちらかだろう。
好きな事や得意な事を夢中でやっている時って頑張ってるとか努力してるなんて感じない。
好きでもない得意でもない事をやってる時に頑張ってるとか努力していると感じるのだと思う。
できるのなら好きな事や得意な事で社会貢献して対価を得る事できれば最高だよな。
こんな事を考えるオイラって、全然金持ちじゃないし成功してないし社会貢献してない事の裏返しなんだろうな。
でも、人を騙したり略奪して金儲けしようとする韓国人や中国人よりもマシだよね。
世の為、人の為に貢献して、その対価を得るという考え方だけは変えたくないなあ。
そう考えるだけで少し気持ちが楽になるし、韓国人や中国人に生まれなくて良かったと思う。
世の中の人に喜んでもらえる事をした結果として対価を得ても良し、対価を得るために世の中の人を喜ばせるも良し。
どっちでもいいのだ。
世の中の人も自分も喜べれば、それでいい。
芸能人だってスポーツ選手だってミュージシャンだって直接的に世の人を喜ばせて対価を得ているのだ。
会社員などは会社に貢献する事で対価を得ている。
しかし天下り団体は、その存在を誰も喜ばないのに国民の金を貪っているのだ。
もっというならば税金という集金方法で自動的に国民から金を集めるシステムに問題があるのだ。
集める部署と使う部署が別である事が問題なのだ。
国民が喜びもしない事、望んでない事に対して国会や省庁が勝手に予算を組んで、その金を随意契約で天下り団体が請け負って下請けに横流ししてるだけ。
こんなんでは国民は議会や省庁に感謝しませんよ。
天下り役人は山賊かヤクザみたいなものですよ。
税金というシステムで強制的に集金するのであるならば、それは全て国民の為でなくてはならない。
なのに天下り役人の為に使われているから許せないのだ。
同様に東電などは独占企業で行政的に保護されて高額な給料を貪っているくせに手抜き設計工事によって原発事故を招いている。
こんなの、おかしいよね。
許せないよね。
それなのに半ば国民から強制的に金を吸い取っているわけだ。
官僚の天下りも、それで国民に利益がもたらされて幸せを実感できるのなら許されるのにな。
おっと、話が摩り替わってしまった。
他人の批判をするだけだったら左翼民主党と同じになってしまうな。
ただ金が欲しい、ではダメなのだ。
人を喜ばせて同時に金儲けができる方法を考えねばならない。
それも自分ができる方法で。
美容家のIKKOも華道家の仮屋崎も、みんなが知らない事で知れば得する情報をエンターテイメント的に披露するから客も喜んで集まるし金も出すのだ。
だけど今の自分には、そんな知識も経験もないからなあ。
ドラッカーの教えにリノベーションという言葉がある。
これは既に存在するモノに別の価値を見出して、より売れるモノにするという事だ。
たとえば毛生え薬のリゲインは、元は血圧の薬だった。
しかし副作用で発毛効果がみられたので発毛剤として爆発的に売れるようになったのだ。
あるいは、毒舌芸人の有吉は最初は猿岩石という売れないコンビ芸人だったがテレビ番組でアジアを旅して一気に売れたが、その後売れなくなったが毒舌芸人という地位を得て再び売れるようになったのだ。
できるのなら自分自身をリノベーションしたいものだ。
あるいは、既に有る人物や商品をリノベーションして売れるようにするのも良いかもしれない。
逆に、誰かに自分をリノベーションしてもらうのも一つの方法かもしれない。
自力本願でも他力本願でもハルク・ホーガンでもいいから、とにかくなんとかしたいと思うのである。
自分だけの事ばかり考えると苦しいけど、自分と周りが幸せになれる事を考えるのなら楽かもしれないなあ。