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遅ればせながら、今年もどうぞよろしくお願いいたします
クリスマス騒動から、体調を崩したわんびんは、30年なったことのない、風邪からの副鼻腔炎になりました。 それも、レントゲンをみると、鼻腔という空洞が全部まっしろ。辛うじて頭のおでこ空洞が少し隙間あるくらい。 大晦日の日は、顔はいたい、頭はいたい、味も匂いもしないなかで義実家ですごし… 痛み止めもちながら、とりあえず働くだけ働き 年末年始は病院やってないだろうと我慢して、ホームページ確認して3日、北見のとある耳鼻科はやっていまして、なんとかみてもらって、 「悪化したねぇ〜ここまでになると、なおるのは二ヶ月はかかるよ、まずは抗生物質二週間だすから」と。 最低一ヶ月半はのんどかないと、慢性化するよともいわれました。 えぇ〜抗生物質長期か… わんびん抗生物質嫌なんです、体調悪くなったりしますしね でもなおすにはそれしかないのか… しかも、張り紙をみたら、31日、1日は、午前のみ診療、とかいてある。この病院、年中無休らしい。 これなら元旦いけばよかった〜と思いつつ… なんとか味覚や嗅覚は戻って鼻づまりも解消したけど、なんとなくまだ頬はいたい感じ。 二週間薬はのみきったし、自分の耳鼻科もそろそろいかなきゃってときに、 子供がノロらしき胃腸炎になる。 14日夕方から、吐いて吐いて吐きまくる息子。計15回ほど。 下痢はなく、意識低下もない。水分をほしがるし、熱もない。この夜に病院へいっても雑に扱われただ疲れるな、 と判断し、寝ずに一晩看病して、吐く感覚があいてから、少しずつ水分をとらせました。 朝方、ヨーグルトをたべるまで回復、夜中で吐くのもおわり、少し元気がでてきたので、ピークはすぎたな、と思いました。 念のため金曜病院へいき、前記の診断。 整腸剤だけもらい、帰宅。 子供の回復力は早く、もはや走りまわっていました。 吐いたものはブリーチにかけ、消毒はしたけれど、結局土曜日、わんびんが午後から胃もたれ始まり、夜嘔吐。それから水下痢… 息子からもらいましたわなぁ そりゃもらうわってとこです 免役弱まってるうえに、抗生物質飲んでよい菌も叩いており、更には睡眠不足で、吐いたものをかけられたりするわけですからね(^o^;) この手の胃腸炎はたかだか整腸剤くらいしかないので、悪いものをだしきって、ひたすら回復を待つしかないわけですよ。 病院いってもどうしようもないとわかるわんびんは、行きたくなかったのですが、夫がどうしても行け、絶対いけ、というもんで、先程、子供託児にあずけて行ってきました。 まぁ流行りの胃腸炎だねぇってとこで、問診のみ。薬は吐き気止めなどはもらえましたが、特別どうなるわけでもなく… とりあえず食欲は出てきたし、回復には向かってます つわりの終わりのないじごくからみると、全然大丈夫です。 冬はほんとにおっかないですね わんびんてきには、インフルエンザよりノロやロタのほうが嫌です。 吐き気って、熱より下痢より、一番嫌じゃないですか? 昨日はいやがる夫になんとか子守りつき買い物をたのみ、ごはんも全て惣菜かってきてもらって、乗りきりました。 新年からボロボロなスタートでありますが、ダイエットにはよいわとプラス思考でいきたいと思います(^^;))) まずは健康第一に皆様もお気をつけ下さいね |
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入院5日目
熱はあがっても37、5℃で、6度台の数値もみられるようになっきました。口はとても痛そうで仕切りに触っては泣いてをやっているけれど、表情が戻ってきて、笑顔も少しだけ浮かべたりするように。 興味のあることにも、以前のようにしゃべったり言葉も戻ってきた。 座ってられる時間も、20分くらいになってきました。 それまでは自分の体を支えることもできなかったので。 やっと、何となく先がみえたような気がしました。 ドクターから午前に話があり、「このまま熱もなく、口から水分とれルようなら、点滴してる意味もないから、週末は外泊してもよいかもしれない。 明日血液検査、エコーをして、大丈夫そうならだけどね」とのことでした。 外泊かぁ 朝の時点ではまだ、ピンと来ず、どうせ口からも物はとれないだろうと諦めていたのですが… ぐんぐん元気になってきて、 その日は、朝から食べるわ、飲むわ、じゃんじゃん尿もでて、オムツからはみだすことも。 これは大丈夫かもしれないなぁと思いました。 その日の昼前、婦長が改めてやって来ました。「副婦長に聞きましたが、もう一度話をききにきました」と。 全て話すと、お恥ずかしい限りです、と内部事情を話しておりました。小児科専門としている看護師は一人もいないことや、知識不足、経験不足などなど。 婦長はきちんと謝って来ましたし、今後のことについてミーティングをする、と約束しました。 しかし、もうこの地域に対して諦めているわんびんなので、期待はしません。 夜も熱があがるのではとビクビクしていましたが、平熱をたもち、座薬もささずに大分ぐっすりと寝ました。 入院してはじめて、続けて四時間以上寝てくれました。 輸液ポンプがなったりするので目をさましてしまうのは可愛そうでしたが… 入院6日目 朝も機嫌よくおきて、熱もなく食欲もあり。これでエコーと血液をみて何でもなければ外泊してみましょうか、となりました。 はじめに血液検査。 炎症反応も下がったままでした。 次に心エコー。一度めのときは眠らずやりましたが、次は薬をつかって眠らせます。シロップの薬ですが猜疑心の塊の息子は、飲もうとしないので、なんとかスポイトやミルクに混ぜて飲ませました。 一時間後くらいに、スコンと眠りに。 エコーの結果、心臓も大丈夫であると確認しました。 午後から外泊でよいと言われたけれど、車もなく荷物も多いので、夫が仕事おえてから一緒に帰ることにしました。 エコー後も、約三時間眠り続けたので、その間に売店にいったり、外泊の荷物まとめや掃除をしました。 点滴もはずれ両手が自由に。 癖になって片手しかしばらく使いませんでしたが… アスピリンの飲み薬は、本日より減量して朝のみとなりました。よかった… 19時ころ夫がきたので、一旦、外泊。入院扱いなのでもちろん、無理はできません。療養させるために帰宅です。 久々に靴をはいて歩かせようとしますが、筋力もおちて、感覚もへんなのかフラフラ。 うちに帰ってからも歩きたてのようなおぼつきでした。 大事をとって体をふいて、すぐに寝かせました。 私たちのそばでぐっすりと眠る息子をみて、ほんとに大変な負担だったんだろうなと、改めて思いました。 入院7、8日目(外泊) 家でまったりと過ごしました。よほど疲れていたのか、普段は朝も六時くらいに目覚めていた彼も、9時ころまでねていました。 わんびんも久々に足をのばしてねれました。疲れがどっときてるけど、息子が回復したことの喜びのほうが大きい。 わんびんだけ買い物にいったり、お世話になった友達にお礼にいったりしました 約10日ぶりにお風呂に入れました。 わんびんは病院でシャワーをしていたけど、息子は熱でた日から、ずっと入っておらず、なおかつ、汗だく、テープまみれ、いろんな跡がつき、あせももできて可愛そうでした。 段々歩く感覚も戻り、小走りくらいできるように。子どもは回復も早いんですね 入院9日目 朝から病院へ戻ります。始め泣いていたけれど、すぐに慣れた模様。 エコーの薬を再びのみ、90分後に爆睡。 退院してよいでしょうと。 1日自宅安静、保育園は3日後から、と言われました。 寝ている間に、荷物をまとめ、車へ何往復して運び、詰所用のお菓子をかいに隣のストアへいき、お昼ご飯もかって…とバタバタ。 月曜退院で、協力者はもちろんゼロ。 一人でやらねばならないので大変。スリッパのままスーパーにいったわんびん。 もう気にしてられなかったのでそのままいましたけどね 今後は一月後に、再びエコーを。あとは、数ヵ月おきにエコーをかけていくことになりました。 心臓は後遺症がでることがあるので、小学生くらいまではフォローが必要なのです。 来月は、大きい病院から心臓専門のドクターが来るようなので、それに合わせ予約をとりました。 息子も起きて、遅い昼を食べ、退院へ。 最後に挨拶にいきましたが、特別暖かい雰囲気もなく、あ、どーも〜みたいな感じでした。 詰所にわんさかスタッフがいるのに、誰一人、エレベータまで見送りにくるでもなく(笑) 小児科なら、もっと暖かい感じが普通かなと思って単ですけど、まぁ期待してないので、こんなもんだよねってな感じで。 お会計をすませ、うちに帰り、息子をおぶったりしながら、たまりまくった洗濯や、掃除をして、遊んで、早めに寝かせて… やっと戦いが一段落です。 日に日に元気を取り戻し、口も回復していきました。まだ若干痛むようですが、顔もほとんど元通りです。 ほんとに頑張った息子。 いま少しずつ生活リズムが戻ってきています。 無理させないよう、こちらが調整しなければ、男の子なので歯止めきかないのでね … わんびんの今回の心得などを最後に連ねたいと思います。 まずは早く川崎病の解明が進むとよいなということ。 あとはいつもと違う何かをかんじたときは、必ず医者に伝えることの重要性ですね 母の勘は、間違いないです。きっと我が子を救います。普段の正常を知っていれば、いち早く異常に気づけます。 それと、当たり前にあることがとても幸せだということ。 癇癪や、食べない、寝ないなどいろんなイライラはあるけど、健康で生きていれば、何とかなるんです。 そういう面では、ギャースかいっても、可愛いもんだと思えるようになりました。 あの壮絶な日々に比べたら何のそのです。 また、上には上がいます。今も心臓に後遺症がある子達もいるし、難病の子もたくさんいる。 親は自分のことより苦しいですよね、我が子の辛さ、痛み、苦しさ。変わってやれるなら変わりたい、自分の身体なんてどうでもよいから…と思うもんです。 そうやって日々戦い続ける親子が、この世界にたくさんいるということ。 改めて感じました。 そして、小さな子を抱えているお母様方が、困っているとき、どんなことでも力になれることがあれば協力してあげたいし、皆さんもそうしてくれたらとても有り難いです 核家族で協力者もいない育児は、通常でも大変。今回のように異常事態のときは更に大変です。 こういった経験も、きっと意味があるというか、学ぶために必要だったのかなと今にしたら思います。 もっといろんなことを大事にしなければですね 長くなりましたが、今後の自分の読み返しの記録や、川崎病をもつ親御さんたちの何かの役にたてばと思い、連投でかきました。 また通常ブログに近々戻りますね〜! |
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入院三日目
朝、38℃こえる。口の腫れが増しているが、目の赤みは若干ひいたかんじ。朝、夫が面会にきたので抱っこしててもらうが、ずっとママ、ママと叫ぶ息子。 夫が仕事へいく時間、立ち上がろうとするとスーツがけっこうベットリ濡れていた。あれ、おしっこはみ出たのか?まさかっ と思い、点滴を確認すると、漏れている!シーツも、けっこう濡れていた。これは、暴れた夜中にもう抜けてた可能性もあるな…と、夜中から朝、グロブリンが投与されてなかったんでないかと不安に。 すぐにスタッフに伝え、差し替えになる。夫は仕事へ。その間、私がシーツ交換して、詰所にもっていき、替えをもらえますか、と伝えたら、A看護師に、ものすごい嫌な表情で、「これを、私に持っていけということですか?」と言われました。 びっくり。 だってリネン庫もわからんし、患者がシーツ交換するじたい、おかしいでしょ。 別のナースに、シーツもけっこう濡れていたし、夫のスーツも濡れていたから、何時間か抜けっぱなしだったのかもしれないです、大丈夫でしょうか、と伝えたら、「あの感じなら、そこまで漏れてないですよ」と済まされる。 その後、回診にて、ドクターに不安を伝えると、「看護師からは微量しかもれてないと聞いてるから、大丈夫ですよ、昼までは、刺し直した腕でまずはグロブリンいれちゃいましょう」と。 ポンコツナースの所見を信じる医師。これは間違ったら殺されかねないって思いました。 しかし、いつ抜けたのかわからない以上、今後熱下がるかなどを見ていくしかない。 おしっこもほとんどでておらず、とにかく不安で仕方なかったです。 昼にグロブリンが終われば、普通の点滴になるし、ある程度は大丈夫かなとは思ったけれど。 さぁ、この日が悪夢でした。さっきあり得なかった、A看護師は、うちの部屋担当でした。 モニターは暴れまくって何度も外れます。 外れてしばらくして、Aさんがやって来ますが、胸のシールが何度もはがれてるのにも関わらず、訪問のさいにシールを持ってこない。というか、詰所にあるモニターをみれば、外れてるかもということが予想がつくのが普通です。 わんびんが働いていたときは、心電図のシールは、モニターのそばにおいておき、すぐに取り替えれるようにしていたので、いちいち確認しに来て、あ、外れてるね〜ととりにいき、更にはシールをはがすのにも、ちんたらちんたら… こっちは暴れまわる子ども抑えて、胸をだしているのに、 「ん〜どこに貼ろう、ん〜こっちがいいかな…」と悠長にマゴマゴするもんだから、息子もヒートアップして狂い泣いている。 何度もそれを繰り返すので、わんびん声を荒げて「何をそんな迷う必要があるんですか?」と聞きました。 ものすごい嫌な顔で「えっいや〜微妙に貼り加減で、波形が変わるのよ、こっちの話だから気にしないでぇ」 と返されました。 その後、午前のバイタル測定にきたさい、おでこ測定の体温計をもってきた彼女。首を降りまくり抵抗する息子のこめかみにピッとしていた。値は言わないで無言で去ろうとしたので、信頼できないわんびんは「熱は、何度でしたか?」と聞いた。「36、5℃です」とA看護師。 そんなはずない。ずっと抱っこしている私にはわかる。そんな下がっているはずがない。 「多分触った感じ、もっと熱いと思うのですが…」と伝えると、 「体に熱がこもってるんでしょ、きっと」と返されました。 恐ろしい。 計り直しもしないんだ。 この値をドクターが鵜呑みにしたら、治療が大きく変わるでしょう。 私はすぐに友達に電話しました。 今までママ友は小さな子どもいるから来院してもらうのは厳しいし、独身の友達と働いてるから日中は頼めないし、何より不必要に入院のことを言うと、気を使ってくると思って、誰にも言わないでいました。 予約のお客様と保育園だけに伝えていたんです。 でも、もう我慢なりませんでした。 すぐ動けそうなママ友に、事情をはなし、お願い、すぐ体温計を買ってきてほしいの!と連絡しました。 すぐに来てくれた友達。体温を計ると38℃でした。 やっぱり…… ここまでで、我が子を守るのは自分しかないんだ、と悟りました。 A看護師がきたさい、体温のことを話し、やっと計り直して、37、9℃と出ました。「あらら〜先生にはこちらの値で伝えるから。安心してね」 と去っていきました。謝りもせず。 転院のことを考え出すわんびん。でも、今ここで移るのも、逆に息子に負担になるのではないか、いろいろ考えました。 まずは婦長に話すことを決めました。 その夜も、息子は、夕方から余計に口が痛むのか、おぞましい鳴き声でただただのたうち回って泣いていました。 お茶をのみたいといっては、一口飲んで、染みすぎてのけぞって泣き…の繰り返しでした。 そんな状態なので、アスピリンの薬も飲むことか難しく、どう飲ませようと試行錯誤していたわんびん。 大好きなゼリーに混ぜようがなにしようがダメで、薬の入った容器ごとひっくり返されて余分に薬を使うことになったり。 それを説明しに詰所にいくと、「おかあさん、嫌がろうが何しようが飲ませないとダメなんですってば」と責められる。 そんなのはわかってる。大事な薬だからこそ飲ませようとしている。 「どう飲ませたらよいか教えていただけますか。練れる薬ではないし、溶けにくくてサラサラしている。無理矢理口に入れれば出してきて意味はないですよ」 と伝えナースにやってもらうようたのみました。案の定できない。口からだす息子。 「これは難しいね…」とナース。やっと、わかったのか、一人がガッチリ押さえ、一人がスポイトで喉奥に突っ込むという荒療を編み出して何とか飲ませました。 その日の夜は熱は37℃後半から38℃をいったりきたり。 何だか今一下がりきらないことも、不安でした。相変わらず寝ない息子。 泣いている間は、抱っこしようが何しようが全く落ち着かず、ただクルッタようにベッド中転がって泣いてました。 グロブリンが昼で終わり、モニターなどは外れたけれど、グロブリンの効果がわからなくなるから、座薬も使えないと言われたため、痛みにただ耐えるしかないという選択肢で。 泣きつかれて寝たのは朝方。 私もクタクタ。横になることもできず、胃痛、目眩のなか、息子を刺激しないよう、狭い柵の中でただ時が過ぎるのを待って… 婦長に話がしたいということは、唯一信頼できそうなナースに伝え、次の日話すことになりました。 夜は湧別の義姉も面会に来てくれました 入院四日目 息子の顔はボロボロです。しかし、熱が37℃だいにさがりはじめ、目や首の症状は大分よくなったように感じました。 採血もしたけれど、炎症反応は下がり、入院時の値とは、愕然と変わっていました。 効果がでてきているのかも… 痛い痛いと叫びながらも、何とかミルクなどは飲めるようになってきました。 効果の判定で採血をしに連れていかれる隙に、はじめて売店へいきました。 日中は、テレビやDVDをみたり、おもちゃで気をまぎらわすけれど、片手しか使えないことに気がたっている息子。 それでも、何となく良くなってきているのが目にみえてわかり、嬉しかったです。 午前中、婦長が不在とのことで副婦長が部屋にきて話をききにきました。 一通り話したけど、話も聞けないのかって感じのタイプで、私は関係ない、かったるいと思ってるのが態度に見え見え。 謝罪もちゃんとなく「まぁ、不安なことがあれば、いつでも話してくださいねっあはっ」とひきつり笑顔でおわり。 あれは名ばかりの副婦長なんだな、とわかりました。看護師以前に、人としてあり得ない姿勢。 ここまできて、もう諦めたわんびん。 あともう少しの辛抱だし、今後またなにかおきたときは、その時考えようと思いました。もうこちらも心身ともに疲弊しきっているので、頭が回らないのです。 この日の夜は今までで一番辛い夜でした。息子も解熱はしているが、口の痛みや体のだるさなどがピークなようで、入院生活のストレスもあいまって、気が狂ったように泣き続け、21時に消灯してから、30分うとうとして、一時間泣きとおして、また30分くらいうとうとして、一時間泣きとおして、を繰り返しました。 人が変わったように泣くので、何かに取りつかれてるのかと思ったほど。 夜勤の看護師も、さすがにこんなに続けて泣き続けるのは、点滴でも漏れてるののとか、不安なようで何度か様子をみにきました。 今日は痛いようなら座薬使用してよいと言われていたので、 22時に座薬をいれました。 しかし効果は全くなく、朝4時までこのサイクルで泣き続け、わんびんもさすがに精神的につらすぎて、正直、もう逃げ出したいとさえ思いました。 朝4時に2度めの座薬をさし、ようやく少し眠って、8時まで寝ていました。 続く |
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入院一日目は、前回の記載した夜です
夜間、幾度となくくる看護師に、怯え泣いて神経過敏の息子。ほとんど一睡もしておりません。 以前高熱なので目は半開き、もうろうとうなされています。 お茶〜コップ〜!とずっとうわ言でつぶやいていました。 飲ましてやりたいけど吐いてしまうし… もどかしいですね 入院二日目 背中に明らかに発疹がでてきています。熱は以前39℃前半。 朝御飯は運ばれてきたけれど、もちろん食べるはずもなく、 私自信も、ちょっとティッシュをとりたいってだけで一苦労。 自分で座る力もない体力消耗しきつた息子、更にはべったりくっつき、点滴もつながっている。 少し動いただけで泣きわめいてしがみついてきます。 誰かお付きのものがほしいと、とことん思いました。トイレも行けるはずなく、私も水分をとらないようにしました。 朝の回診にて、「やはり、抗生剤はきかないし、高熱5日目、川崎で間違いないでしょう。午前のうちに心エコーをして、昼からグロブリンを開始します」 とのこと。 グロブリンのリスクや説明もうけて、同意書に記入。 私としては、もう一刻もはやく息子を楽にしてあげたい、効くものなら、なんでも治療しますって感じでした。昔ほど血液製剤も、感染などは騒がれなくなったので、大丈夫だろうとは思っているのですが… 気になったのが、川崎と判断されてからも、抗生剤をうちにナースがやってきたこと。思わず聞きました。 「もう治療方針はきまったのに、抗生剤はまたいくんですか?」と。 そしたらナース、 「さぁ…まぁ先生の指示で出てますので。昼からグロブリンいけば、とまるんじゃないですか」と。 なんだ、お前。ナースで、抗生剤が行く意味もわかってないでやってんのかよって思いましたよ。 風邪ひいてるならまだしも、うちの子の場合は、川崎だけでしたから、抗生剤は、いかなくてもいいもので、下痢になるし逆に負担では、と私は思ったのですが。 ナースは答えられないので、後に、医者に聞くことにしました。 心エコーは、眠ってからのほうがよいので、寝たらナースコールよんでください と言われたけれど、元々神経過敏の息子が、少しの物音で怯え泣いて、寝るはずもなく。 医療側としたら、昨夜もねてないし、昼寝はくたびれてするだろうと思っていたのでしょう。 甘い!うちの息子の過敏さを舐めんなよ!(笑) やはりお昼ちかくまでグズグズ。結局グロブリンのほうを先に開始に。 グロブリン開始のあとは、輸血と同じように、拒否反応でショックにならないか、など観察して、十分おきとかに血圧など測定にきます。 次から次からナースがくることに、息子もパニック、ヒートアップ… 検温すらできない状態です。 おさえつけて検温などして、くたびれてうとうとしては、またナースがきて…のエンドレス。 そのたび叫び抵抗する息子をおさえつける私も、もはやボロボロです。 一歳前の、何もわからないときでもなく、三歳以上の、少し我慢できるじゅうじゆさもない、半端な二歳前の男子の入院は、こんなに大変なのか、と目の当たりにしました。 個人にもよるのでしょうけど… 結局、特に異変はないので大丈夫だろうと、二時間おきくらいの測定になり、 落ち着いた頃、心エコーをとりに医者がやってきました。いつになく暴れる息子。馬乗りになり何とか開始するが、泣きわめいてるたてまったくとれず。 「睡眠薬で、寝せて、午前のうちにやることは、だめだったのでしょうか」と聞くと、「普通は睡眠材飲まして行うけど、グロブリンの副作用とあいまいになると困ると思ったので。それに、相当疲れてると思うので、大抵の子は、10分ほど全力で抵抗していたら、こてっと寝ますよ」とのこと。 ほんとかよ…と思って続行するも、いやぁ暴れる暴れる、 30分以上泣きわめく息子。ドクターも、ここまでの子は、はじめてみた。どこにそんな力が残っているんだと驚きだす 。 これで、うちの息子を舐めてかかると恐ろしいことになる、と学習したことでしょう(笑)馬乗りになる私も、泣きたかった。もうどっときました。 死ぬ思いで、ようやく何とか心エコーがおわります。一時間以上かかりました。普通10分程度でおわるものが一時間。 戦いの凄まじさを物語ってます。 今のとこ心臓は問題ないとのこと。 良かった… 一応、飲み物も、解除になり、飲ませること賀できますが、吐きはしないものの、うぷうぷとしていました。 その日の夕方から休みなく火がついたように、泣くようになった息子。 たべれない、飲めない、痛い、だるい、いろんなストレスがありますよね、ましては慣れない環境。 夕方から、アスピリンの内服も開始。何とかミルクにまぜて飲ませました。 夫が面会これるのは、せいぜい仕事終えて19時半から、一時間くらいです。 その一時間の間に、私もあらゆるできることをしなければ、誰も助けてくれない。 昼からグロブリンをいって夜になっても、やはり熱は下がらない。 これ、本当に効いてくれるかな…もし効かなかったら、ステロイドかもしれない、など、いろいろ悶々とした夜が過ぎます。 グロブリンをいく間は、モニターや、指のセンサーなどあらゆるものをつけてないといけないので、寝返りも打たせれないような状態。 夜も何度も血圧など測定にきます。 19時のあと、22時に再び検温と血圧測定にくると言われました。 21時45分ころ、先程飲んだミルクを吐いた息子。ナースコールで着替えやシーツ交換をしました。泣き叫ぶ息子をあやしながら何とか協力したけれど、 たかだかあと数分で10時なら、今、血圧とかも計ればよいのに。 ましてや、泣き叫ぶ子どもなら、尚更、いっぺんにやってしまったほうがよいのにと思ったわんびん。 まぁ何か理由があるのかなと思って何も言わないでいました シーツ交換したあといなくなるナース。 そして、もう終わったんだ、とやっと少し落ち着いた息子は寝入りそうに。そんなときに再びガラガラ〜「検温にきました〜」 寝入り端で、余計不機嫌な息子。シーツ交換したあと、10分後ですよ。 だからさっき、計れば良かっただろうがとイライラしました。 案の定パニック状態になり血圧なんぞ計れない。まごまごするナースに、自動血圧計だったので、私計ります、と挑んでみるわんびん。 しかしパニックの息子でちゃんとした数値がでない。 どうしようと思ったら、そのナースが、ちょっと待って下さいねーと退室。 また10分ほどまたされる。 新しい血圧計をとりにいったのかと思っていたが、寝てしまうから、早くしてくれっという気持ち。 一向にこないからナースコールおしたら、ドクターに話をしていたらしい。 そしてナースが、「私、○○くんに嫌われちゃってるんです〜先生計って下さい」と言い出した。 待たされる理由もいわれない、その上嫌われてるから計れないだとぉ?! イライラもMAXですよ。 クタクタになって何とか計って、息子はやっとうとうとしはじめる。 一時間ねては30分ないて、のサイクルで朝まで過ごしました。 続く |
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保育園に通っていたので、微熱だったり、鼻水などは普通のことのようになっていました。
ごはんが食べれて、元気なら大丈夫と。 しかしこのところ、頻繁にに発熱していました。川崎病と関連があるかはわからないけれど… はっきり川崎病とわかるまでの数日間を記載します。 11月5日 夜から突如39℃だいの発熱 眠れているので明日朝イチで病院へいこうと様子見る 6日 病院で、流行りの風邪か、突発かなぁと言われる 薬をもらう ようれんきんや、アデノの検査はマイナスであった。 依然として、38℃から39℃をさまよう。いつもよりだるそうだがまだまだ元気、好きなものならたべている 7日 朝でも熱が下がらず、悪寒がきたりしている。40℃近い熱をいったりきたりで、座薬さしても下がりが悪い テレビをみてすごし、水分やゼリーはとる。 今夜から明日の熱の上がり具合などみて救急いく検討をしておく 8日 朝から熱が39℃。水分ほしがるが、飲んでは吐き、飲んでは吐きを繰り返す。 ぐったりまではいかないが目はうつろで、口ビルが赤い。お昼くらいの時刻。この時点で、わんびんは、突発ではないな、と確信。 高熱が続く他のものを考えるとすぐに川崎病がうかぶ。 リンパを確認。左がぐりっと腫れている。おかしい。病院へでんわし、症状を伝える。 伝えたあとの、電話対応の看護師とのやりとり 看「唇が赤いのは、熱が高いからと、空気が乾燥してるからだと思います。風邪でリンパがはれることもあるし。」 「吐くのも、高熱が続いてるから、受け付けないので当然だと思う、座薬をさして下がったときに飲ませてみては」 わんびん「はぁ…座薬はきかないんです。下がっても38℃後半です。手足が冷たいのも気になる。普通上がりきったら手足も暖かいとおもいます」 看「座薬はそう下がらないこともありますよ。それに、中心部は暖かいのでしょう?まずは今また、座薬使ってください。一晩様子を見て、明日月曜だし朝イチでかかってはどうですか」 わんびん「一晩様子をみてを、もう四日繰り返していますが…」 看「まぁ、また何かあれば、相談にはのりますから、私は夕方まで勤務ですし」 と切られました。 ワナワナと怒りが。まず、大事な症状をこの時点で教えているにも関わらず、独断の看護師のみの判断で医者に伝えずにあしらってきたこと。 ありえない。 夫は、話にならないから、でかい市外の病院へいこうといいました。 しかし、わんびんは、母親のかん、そして、ナースとして、これは間違いなく入院すると思いました。 たぶん、川崎だったとしたら治療はどこで行っても同じであること、 そして、あとあと入院が長引いたりのことを考えて、市内でなければ、協力者が夫と、ママ友などしかいない以上、厳しいことになると考えました。 そして、夕方、また電話することを決意。もし同じ看護師なら、一刻をあらそうことを大袈裟にでも伝えて、今すぐ医者に変わってほしいというつもりでした。 もちろん夕方になっても事態かわらずで、再び電話。 ようやく先生に伝えてみます→診察します となりました 診察医は、今年きたばかりの若い女医。 一通りみて、喉が赤いから、喉風邪の、熱かなぁと。わんびんすかさず、リンパがはれていますよね、と伝えました。 もちろん、リンパは触っていたんですよ、医者も。でも気づいてないの。 医者「そういえば腫れていますね、あっ口も赤いような。目も…普段からこの色ですか?」 わんびん「いえ、こんなに赤くありません。背中にも少しポツポツと湿疹らしきものもあります。熱が下がってないのに、湿疹がでるのも、変だと思うのですが 」 医者「うん、突発なら下がってから出るから、川崎病かもしれないですね、入院しましょう。まずは血液検査と、水分とれていないので点滴します」 やっと少しほっとできました。点滴冴えしてれば、とりあえず脱水はふせげるし、様々な処置もできるだろうと思って… 医者がいうには、 リンパのはれ 目の充血 唇赤み 発疹 四つそろっており、高熱が明日まで続けば五日間高熱で、診断できるとのこと。 もうほぼ確定だなと思いました。炎症が進まないよう、早く心エコーして、早くグロブリン(血液製剤)をいってほしい、とわんびんは、願いました。 そして、看護師と、医者のポンコツ具合にイライラしていました。 その日の夜眠れないのはゆうまでもなく、ぐったりしながらも必死に医療スタッフに抵抗する息子。そしてしきりに喉が乾いたとうったえる。飲んでは吐くから、胃腸を休めないということで一晩なにも飲ませないことに。 点滴をつなぎ、抗生剤をうたれました。 抗生剤でスコンと熱が下がれば川崎ではないので念のため、と。 苦しむ我が子をみて、この子がこの先どうなってしまうのか、 不安で仕方がありませんでした。 続く |
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