|
五芒星は、陰陽道では魔除けの呪符として伝えられています。 桔梗と共に陰陽師、安倍晴明のシンボルでもあります。 古代西洋でも、五芒星に五惑星を対応させる考え方や、火・水・風・土の四大元素に霊を加えた5つのエレメントにも表され、それは現在でも魔法などのシンボリズムになっているようですが、身近な利用法が『永遠の炎』で知ることができました。 【五芒星は、サイキック界のシンボルなんだ。また、通常の五感から、五つの超感覚へと人間意識が移行するシンボルでもあるんだ】 【五芒星自体が加護の祈願そのものなんだよ】 「困難な状況にある時はいつでも、輝く真っ白な光の五芒星で、自分が包みこまれているのを頭の中で描いてみるといいよ」 「心の中で思いを込め、ラインを想像して組み立てるんだ」 【五芒星の防御力はそれを描いている過程で強化されるんだ】 「繰り返し、このお守りのエレメンタルを描くことで、それにエネルギーを与えるんだ。実際、君がつくり出しているエレメンタルだからね。繰り返すことでそれを強化し、意味あるものとするんだ。一度このように確立されると、君はもうそれに心を集中さえすればいい」 著者:「両腕を水平に開き、脚も開いて立った状態を想像すると、あの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチのデザイン画風になるんでしょうね」 五芒星は、どういう種類の危険に対して防御が働くのか、著者がコスタスに尋ねています。 「何らかの原因でやって来る悪い波動(人びとの攻撃的な思いとか悪感情に直面したとき)とか、意識的に見ている夢の中で出合う危険とか、とにかくサイコノエティックの脅威を経験している時はいつでも五芒星が最高の防御となる」 そして、 「しかし誰であれ、“六芒星”に精通している者は、善のみを行い、愛のみを表現している者なんだ…」 気になる記述です。 また、私たちが理解している以外の“月”の異なる?ある一面も記されています…。 ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ この『メッセンジャー永遠の炎』は、ダスカロスの直接の教えよりも、コスタスがらみが多くなっています。 この『メッセンジャー永遠の炎』他三部作は、キリアコス氏の観点からの著書ですが、他にダスカロスの『エソテリック・ティーチング』という著書があります。 その本で、監修及び「日本語版刊行にあたって〜ダスカロスの思い出」を執筆しているハラランボス・ランバート氏が語っていたことを思い出しました。 (ハラランボス・ランバート氏は、三部作の二作目である『太陽の秘儀』の訳者あとがきに出てくる人物と同一のようです) 【レッスン以外にも、遊びに行って話を聞かせてもらうこともできました。こうしてダスカロスと日常的な会話をすることも非常に勉強になったので、最高に幸福な時期だったと思います。反面、あまりに楽しかったので、帰らないといけないことがとても残念で、近くに暮らす生徒たちをうらやむ気持ちもありました。こうして、私の中にダスカロスへの“執着”が出てくると、彼はどんどん引いていって、私を避けるようになりました。話しかけてもあまり答えてくれなくなったので、「どうして?」と聞きました。すると、彼は「愛というのは、一人の人に執着することではないんだよ。愛とは大きな袋を持って、その袋をみんなを入れてあげることなんだ」と教えてくれました。ダスカロスに執着する人はたくさんいましたが、ダスカロスは誰に対してもこんなふうに諭して、決して自分に依存させないように配慮していたのです】 ハラランボス氏は、こうして、素直に「どうして?」と尋ねましたが、わからぬまま誤解をしてしまう人も多かったのではないでしょうか。 この3作目では、コスタスとダスカロスの見解の相違点が現れてきます。 特に目立つ点は、前世についての取り扱い方です。 もっとも、ダスカロスが人びとに前世についてヒントを与えていたことは、今に至れば当たり前のようなことですから、著者はかなりコスタス氏に影響されていたようです。 残念なことに、文章を読む限り、中立の立場にはいなかったようです。 上記のようにダスカロスが誰にでも意識的に距離をおいたこと、また、ダスカロスの反論しない対応のワケをきっと読み取れなかったのでしょう。 ともかく、ダスカロス亡き後、このような過程を経てエレヴナが二つに分かれていったのかもしれませんね。 ダスカロスがキリアコス氏に、「君はいつもいいところまでいくんだよ」と言っていたのを思い出しました。
でも、一番弟子がいるとかいないとか、またエレヴナの詳しいことはわからなくても、こうした第三者(著者)の見聞である“ダスカロスの教え”は、意識の拡大に貢献していることは事実ですので、素直に感謝したいと思います。 |
ダスカロスのメッセージ
[ リスト ]




はじめまして
では、ダスカロスは依存させないために避けたわけではないんですか?
2011/1/10(月) 午前 11:42 [ Hearts ]
はじめまして。
以前の記事になりますと、自分自身の考えにも変化があることに気がつくことがあります。誤解を招く最後の文章(借り物の言葉とは、当人同士ではなく、受け止める私たち一人ひとりの問題であるということ)は消しました。いまは、推測は避けたいと思います。どうしてもどちらが正しいとか間違っているとかの判断になってしまうからです。どんな関係でもある時点で枝分かれしていくのが自然のように感じています。誰々ひとりを信奉しているかぎり、真の目覚めは訪れないようにも考えています。「いま」の自分がどう受け止めるか、それが答えのように思います。^^
2011/1/10(月) 午後 0:21
ありがとうございます
画面にカバーを張ってあるせいか、字かよく見えませんでした( _
2011/1/10(月) 午後 11:46 [ Hearts ]
こちらこそ。
携帯から見てくださる方もきっと多くいらっしゃるのですね。
気づかせていただきました。ありがとうございます。
2011/1/11(火) 午後 2:57