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あなた自身を批判しないこと、さらに言えば、他の人たちを批判しないことを意味します。他の人たちを批判すると、あなた自身を批判することになるのです。すべてはひとつ、ワンネスなのです! 〜マイケル・J・ローズ〜 「今なら、私は指先のケガでも、身体全体がショックを受けるということに気づいています。 あらゆる細胞の意識・英知がつながっていて、身体全体の細胞とコミュニケートしているのです。 今なら、私はまず、指先に応急処置をして、“今”に焦点をあてるようにしますと、身体の意識に謝るでしょう」 「ケガだけを治療して、身体全体への思いやりを無視する時と、大変違う結果をもたらします」 「身体は解決しないでただ反応するだけです。その結果、私たちは“たくさんの蓄積された反応”の犠牲となるのです」 「個人の意識に加えて、身体の意識があります。私たちは、身体の意識を無視できますが、それには代償がついてきます。それにもかかわらず、私たちは、身体の意識なかりでなく、肉体さえも無視してしまいます」 「これまでハートの言うことを真剣に聞いたことがありますか?」 「私たちはその心臓を長い間攻撃してきました。心臓が発作を起こしたときだけ、その苦痛の最後の叫びであるショッキングな痛みに心を留めるのです」 「いつも、いつも、あなたはその批判を身体の意識にも伝えているということを知っていましたか。 身体はハートで反応します。だからあなたは、ハートを直接攻撃していることになるのです」 「すべての否定的、批判的思考という傷つける思考ではなく、身体に力を与え、気持ちを高揚させる健康的な思考が必要なだけです。とてもシンプルです」 「意識している思考の下にあるものは、潜在意識による思考の流れです。あなたには聞こえない、どうしようもない意識できないおしゃべりです。しかし、無視されているにもかかわらず、被害をもたらすのです。身体意識が常に聞いているからです。身体意識は、聞こえることに反応するのです」 確かに経験を通してのこれらの言葉というのは、より具体的で身に沁みます。 「もし誰かを絶えず批判し、日々ことあるごとに小さな批判をおこない、絶えず欠点を見つけるなら、あなたは次第に何世にも渡ってその人への深い嫌悪と不信、憎悪を育てます」 「そればかりではなく、間違っている、悪いと思うことをその人の中に見れば見るほど、もっと悪い、間違っていると見えることが増えていくでしょう。否定はさらなる否定へと進みます。 ほとんどの人は、より深い潜在意識のレベルにおいて、自分のことが嫌いです」 それらはつながり、結局“自己否定”という形で表現されるようです。 【大切なのは自己受容です。あなた自身を批判しないこと、さらに言えば、他の人たちを批判しないことを意味します。他の人たちを批判すると、あなた自身を批判することになるのです。 すべてはひとつ、ワンネスなのです!】 「あなたのした過ちや間違いのすべては、真理においては単なる経験です。 同じく、すべての凱旋や成功も、真理においては経験にすぎないのです」 「もし心に多くの批判と、自分は十分ではないという考えを植え付けたなら、十分ではないという理由で、自己批判をする人間が出来上がるでしょう。 これは自分で作る自己破壊です。 それはとてもパワフルなことなのです。 自己受容の肯定的な人として、自身を表現することは決してできないのです。 あなたがあなたの人生に悪い波動をもたらすなら、あなたは悪い波動の人生を生きるのです」 「あなた自身に対するどんな否定的な考えも、あなたへの攻撃となります」 【本当のあなた・Self以外になにもないのです。 人々や世界への接し方が、結局はあなた自身への接し方であるといえるのです】 【あなた自身を、あなたが知っている最も価値ある人として見てごらんなさい。 価値あり尊敬できる人として、またあなた自身を偉大で高貴な人として見てごらんなさい。 あなた自身に最高のものを与え、それを楽しむ人として見てごらんなさい。 そして、最も大切なこととして、あなたが最高のもの(お金の力だけではなく、測ることのできない内なる平安、肉体を超えた活気、生気、真の充実した生、幸福をともなう生)を、受けるに値する人であることを受け入れるのです】 【あなたがあらゆるものなのです。 あなたを完全に表現するために必要なあらゆるものが、今あなたの内にあるということなのです。 本質的にはあなたの外には何もありません。 この地球でのあなたのいくつもの人生は、すべてあなたの中にあるのです。 全ての知恵、全ての愛、全ての歓び、それはあなたと共にあるのです】 ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ 言葉の持つパワーに気づいている人は、普段の会話、何気なく使う言葉さえ意識すると言います。 しかし…、知識や理解が「真理」ではないこと、ともすると‘外’に‘求める’ことで、目覚めの道の途中で停留してしまう原因にもなりかねないこと等、なんとなくわかり始めたような気がしています。 でもそれさえ、おのおののユニークな道なのでしょうね。 |
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