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本書は、バーソロミューとあるグループの旅の物語です。
バーソロミューのすべてのお話を通して感じたことは、
“自分を愛する”ということはとても広く深い意味合いを持つのだということ。
そして “ありのまま”を尊重するということについて。
いずれも頭だけで考えた狭い了見だけではとても知りえないすべてのつながりについて
(上)&(下)全編で易しく導いています。
ここでは順不同で何回かに分け、
いろいろな答えとなったバーソロミューの言葉を抜粋していきたいと思います。
・魂はあなたがほかの人に対して考えたことと自分に対して考えたことを区別できません。それを忘れないでください。
・困難な状況に身を置いている人たちの意図や選択を尊重するなら、自分自身の選択も直接的に尊重することになります。究極的には“大いなる一”しかないのですから、そうなるのです。
・困難な状況にある人を見たら、心の中で次のように言ってみてください。『あなたがいまいる状況をみずから選んだことに対し、心から尊敬します。がんばってください』。あらゆる生きものに対する尊敬の念は愛の心から生まれるわけですが、その愛の心が、その人はそのとき自分にとって、もっとも完璧な状況を選んだということを教えてくれます。そう考えるのではなく、そうわかるのです。その状況の真理を見ようと決意すればいいのです。
・日本の神社仏閣建築がすばらしいのは、どんな建築物においても空間こそがもっとも大事であると認識されているからです。空間を占める物体は空間に従属します。空間自体が神聖なものであり、物体はあくまで聖なる空間を一定の形に形作るために使われています。形と空間が協力し合っているので、無の空間と見えるのは実は形が生まれたり消えたりする子宮だと言えます。自分自身がその無のなかに流れこんでいくのを体験してください。そうすると、精神界の基本的な真理を実際に体験できます。
・(禅寺の砂山)この庭を設計した人は、分離が幻想にすぎないと知っていて、こうした意識の変化を視覚を通して体験できるような場を作ったのです。この庭を設計した禅僧の技術は、いまもこうして人々が腹の仏陀の目で見ることを可能にしています。分離、そして“一なるもの”、そしてまた分離。これがこの世の本当の姿です。両方の見方が可能です。何かを眺めているときに突然奇跡が起きて、人はこれまでとまったく違う見方に目覚めることがあります。
・あなたはこれまで神を探してきましたが、あなた自身が神の体験だということを忘れています。現在の人生が自分の求めてきたものだとはとても信じられないので、現在の体験を別の名前で呼んで、それとは別の何かを求めて、果てしない時間とエネルギーを使っています。いまここにあるものが<それ>なのです。いま現在の瞬間に専念して、何も考えずにこの瞬間をありのままに感じつづけることができたら、そうした体験も神なのだとわかるようになります。
・自分の体験のなかに“大いなる光”があるのがわからないからです。これがどういうことなのか、発見してください。どこかほかのところに“大いなる光”を探しに行っても決して見つかりません。なぜならいまここで起きていることのなかにすでにあるのですから。
・覚醒を妨げる最大の障害は、自分は覚醒していないという思い込みです。
・自分に向かって、『誰が怒っているのか』、『誰が腹をすかせているのか』と質問して、そのままじっとしていてください。この『誰が』という質問を真剣な気持ちで発したあと、神経をとぎすましてじっと待ちます。自分はもう答えを知っているなどと思わないでください。
・一見切り離された別個のものに見える物がほかの何かとつながっているという事実に気づいてください。言葉にしないで、ただつながりに気づくように。目に見えるすべてのものを含む何かが存在します。それら全部を包み込む膨大な<何か>の存在に気づいてほしいのです。
・自分の意識を向けたところから真実が姿をあらわす、という宇宙の法則を忘れないように。自分の意識を使って覚醒に向かってください。
・考えることに自分がどれだけ時間を費やしているか、気づいてください。思考を使って神に近づくことは不可能です。
・すべてはこの瞬間に始まり、この瞬間に終わります。それ以外は何も存在しません。この瞬間のなかにすっぽりと包まれてごらんなさい。そうすると絶え間ない思考を止められます。意識をとぎすますのです。
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バーソロミュー大いなる叡智が語る
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