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・まわりの人間や状況をいつも自分の思い通りにしようとすることが、どれだけストレスを生むかわかりますか。それに結局、思い通りにできたかどうかはたいして重要ではないということがわかりませんか。あなたの本質に照らし合わせると、あなたの好き嫌いは本来どうでもいいことなのです。あなた方はみな人類の一部です。自分はあらゆるものを含んだこの人類というすばらしい全体像の一部なのだと自覚して、もっと肩の力を抜いて自然体で生きていくことはできませんか。
・ほとんどの人は、見ると同時に考えています。みなさんにお願いしているのは、目に入ったものについて何か考えたくなる衝動を抑えて、ただ見てほしい、ということです。たとえばここにある柱を見ることもそうです。柱を見るなり、あなた方の頭は質問でいっぱいになります。どこから…、どんな…、どのくらい…、誰が…、等々考えはじめます。そうすると、もう柱はここには存在しません。ありのままの柱ではなくなって、あなたが考えるような柱になってしまいます。
努力して一体になる必要はありません。すべてはひとつですから。意識をただ柱に向けてごらんなさい。そうすれば、柱は柱なりのやり方で生き生きとした姿を見せてくれます。
・無関心というのは、いま起きていることと自分の間に壁を設けることです。その瞬間に完全に意識を置いているとは言えません。あなたはその場を離れたわけで、自分の肉体を出たことになります。
・ルールなんかありません。『ねばならない』は存在しません。この瞬間に生きるということは、『ねばならない』ことではないのです。それはあなたが常にしていることであり、しないでいることなどできないことです。それがたえず起きているということにあなたは気づいていない。だからむずかしく感じるのです。この瞬間にはいつも何かが起きていて、あなたはそれに反応しています。この瞬間には何か生き生きとしたものがあります。あなたはそれに気づけばいいのです。そしてその中にゆったりとくつろいでいればいいのです。
・身体の細胞がリラックスすると、そこにあるどんなエネルギーも受け取れるということをおぼえていてください。身体に向かってそっとやさしくリラックスするように言うと、身体はリラックスします。細胞は受け身で、精神の指示を待っています。あなたが命令することに細胞は意識を向けるのです。
・頭の言うことなんか気にしないでください。あなたの身体の細胞にメッセージを聞かせてください。細胞は感謝や受容の言葉を待ち望んでいます。『わたしはこのすばらしい身体を心から愛し受け入れます』。自分が受け入れられたという感覚を味わいましょう。
・身体がリラックスして何ごとも受け入れる体勢にあるときには、それまで隠れていた古い感情が表面に出てくる可能性があります。そうした場合には、自分に対してできるだけやさしい思いやりと理解を示してください。笑うことも忘れないでください。不安や疑いを消すのに笑いは大きな効果があります。
・死んだら、ふたつのことを訊かれます。どれだけ人を愛したか、どれだけ現実やエネルギーについて理解しているかということです。さらに、心のなかの暗闇にどれだけ直面したか、ということです。
・自分のなかの裁く心に気づいてください。裁く心が起こっても、それを押しのけようとしたり、無視したりしないように。目の前で展開する人間模様の一部に、あなた自身、少しずつなっていきましょう。結局、すべてはあなた自身なんですから。自分のことを笑いましょう。
・<嫌悪する行為>をする傾向が自分にだってほんの少しはあるかもしれないと考えてみて、そうした行為に対する嫌悪感を少しずつ和らげることです。嫌悪するものと自分とがまったく無関係の別々のものではないかもしれないと感じはじめると、嫌悪する行為を生む心理が理解できます。そうしてはじめて、人は人間の可能性のすべてを含んだ全面的に完全な人間になれます。(自分がそんなことをするなんて夢にも考えられないと思うほど嫌悪する行為がまだ存在する人は、いつか将来その行為を体験しなくてはならないかもしれません)
その状況にまつわる心理を感じ取り、理解しようとする意志をもてばいいのです。自分とその状況とは何の関係もないのだ、そうした嫌悪したくなる状況を現在演じている人間と自分の間には、はっきりとした区別があるのだ、という非現実的な思いこみをなくせばいいのです。その人たちが演じてくれていることに感謝しましょう。おかげであなたは、彼らという鏡の中に自分自身を見る機会をあたえられ、みずからそれを直接体験せずにすんでいるわけです。
・(ふたりの間に、何らかの確執が生じている場合等…) くりかえし何度も、相手が立っている空間の広がりに意識の目を向けてください。相手を取り囲む空間をできるだけ拡大してその広がりに目を向けましょう。さらに陳腐に聞こえるかもしれませんが、相手に愛の気持ち(『ふたりのあいだがうまくいきますように』というようなもの)を送りましょう。思いを送ったら、その結果は考えずに、すぐに次の瞬間のことに意識を向けます。たとえ関係が改善しなくても、少なくともあなた自身はそれから大きな恩恵を得ます。
・(苦手な人に対して…)相手を批判しないで素直にあるがまま見ようとすると、自分の一部をそこに見て、それがもう自分から分離しなくてすむことに気づき、ほっとするでしょう。
・(また)何かに嫌悪感を感じたら、それが自分のグリッド(ここでは、チャクラのセンターを電磁グリッド、配電網、パワーの集合点と呼び、人は生まれる前に自分が体験したい特定のエネルギーの場とつながるように電磁流を設定する、とのこと)のなかにあって、自分はそれから逃げ出さないで体験する必要があるのだと気づくと、嫌悪感は自然になくなります。
・真に執着を捨てた人は完全にその瞬間に意識があって、すべてにいつでも関心を向けることができます。その瞬間がもたらす結果に執着していないのです。
・<愛>を邪魔するもののひとつが、<期待>です。期待というのは、エゴが好きなものや信じているものにもとづいて生まれます。それだけのこと、です。
・賞賛と感謝の気持ちを心にあふれさせましょう。そうした気持ちをもって、自分が目にするあらゆる花や山や川、身体の障害などをどんな区別もせずにすべての価値を認めてください。糞尿でさえも。すべてに心を開きましょう。深い感謝の目で眺めるとあらゆるものは美しいのです。
バーソロミューの旅日記(上)日本編&(下)インド編/バーソロミューの道標(1)↓
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