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古(いにしえ)に事記された惟神(かんながら)の道
装画は、素晴らしい“空”の絵
神話って何なのだろう。
“八百万の神”という表現で何となく感じる方も、
ここまで具体的には知り得なかったのでは。
最近は、自分はある意味“回路”である、
という考えが実にしっくりくるのですが、
この真名さんが読み解かれた(‘うけひもち’でしょうか)
『深・古事記 神ながらの道』で一層深く理解することに。
まえがきから↓
古事記は、森羅万象の法則、人と自然の理想、大和の魂の理想が
たたみこまれておりますから、
一字一句に深遠な「お諭し」が含まれておりまして、
その一字一句に無限の味わいがございます。
古事記は単なる歴史書ではなく、それを超えた【預言書】であり、
これからの現実的人生の【指南書】というべき内容を含有しております。
未来永劫、人間の発展繁栄のテーマは終わりませんが、
そこに対する見事な指針と答えが、古事記の中に、
あますところなく書き記されているのでございます。
古事記の道は、単なる道徳を超えた【神ながらの道】であり、心の道でございます。
個人として個人を超越し、日本人として日本人を超越し、
すなわち、天地と一致する生き方の実践の道でございます。
古事記の中に、一貫して脈々と流れている「万物のいのちへの敬意」を汲み取り、
深く噛みしめて頂きたく願っております。
その真意はとても深く、実際に実践行動するしか知ることができないため、
単なる神話やお伽話か、
また歴史学問上からの史実だけの追究にとどまってしまっているのが現状だと。
膨大なストーリーのため、内容の深さを伝える必要性から最小限の叙述にしたということも。
そこには、(本文を読むとわかりますが↓)
自分個人を超越した全体愛【和魂にぎみたま】の【ひ】が伝わってきます。
(自我が元となる、大きな功績・大いなる仕事等を成し遂げることを目的としていたならば、
きっともっと膨大な知識だけが先行していたでしょう。それだけの内容ですから)
“いのち”という絶対的なものを感じてみてください。
“いのち”ではじまり、“いのち”で終わるこの惟神の道への指南書は、
「いざ!」と、その“いのち”の遂行を後押ししてくれるようです。
本文↓(書籍では、もちろんもっと詳細に語られています)
伊邪那岐神いざなぎのかみ・伊邪那美神いざなみのかみ二柱の神は、
歴史的な言葉でいうところの人型をした生命存在を指すのではなく、
「宇宙の生命力」(【いのちの意気込み】)のことでございます。
このありがたく貴重な【意気込み】は、あらゆる一切を背負って、
この天地万物を創り出していこうとする【いのちの意気込み】であり、
それを忘れないために神の名称をつけて尊んでいるわけです。
古い昔のことではなく、理論上の神話なのでもありません。
たった今この瞬間の、いのちの【意気込み】のことを申しています。
この二柱の神は、宇宙の生命として人類全ての内側、万物の内側に生きて流れている
【いのち】の輝きですから、私たち人類の一挙一動は、
伊邪那岐神いざなぎのかみ・伊邪那美神いざなみのかみの【たった今の現れ】でございます。
今ここのお話であり、今後の全般を含めた「最新のお話」なのです。
【弥栄いやさかの欲求】によって、無限の【いのち】は
どこまでもイキイキと力強く追進しますが、その【弥栄の欲求】の心情は、
じつに晴れ晴れとして、喜々として、明るく、純粋で、まっすぐですので
【清明心】とも呼ばれます。
【清明心】は、すべての発展繁栄を命がけで願う心です。
「神ながら」の道は、
この現実界において、
弥栄いやさかの【清明心】を鍛錬する道であり、
それは、発展繁栄するということを、実際に肉体を用いて実践実習する道
のことでございます。
各自(人型生命体)は決して個のみの力にて勝手に生まれ来たるのではなく、
個を超越した大いなる力によりて生かされていることが分かります。
あらゆる個としての生命体から進入して、共通の「根本」に到達すると、
そこは結局たった一つの「普遍的な大生命」となってしまいます。
そして、その「普遍的な大生命」は爆発的な欲・爆発的な【いのち】そのものであり、
それを生み出しているのが他ならぬ「個を超えた本質的なあなた」であり、
「あらゆる全ての個」によって、「普遍的な大生命」が表現せられつつあります。
その表現が不自然な現れ方をしているのか、
完全な調和秩序=弥栄にのっとった自然な現れ方をしているのか、
それが「個」の幸・不幸の気持ちの分かれ目です。
このように、根源的に一つになっている全体の大生命という【いのち】を
「神」とも申します。
『深・古事記 神ながらの道』、また書かせていただきます・・・
深・古事記 神ながらの道 真名著/「神ながら」ではないもの
この『深・古事記 神ながらの道』を読みながら、古いノートに書き留めていたのですが、
続きを書こうと次のページを開くと、
そこには以前記した「アワの歌」の歌詞が。
アワの歌って何だろう?と書いていたものですが、すっかり忘れていました。
『深・古事記 神ながらの道』には全く登場しませんが、
何だか偶然とは思えず。。。
Aikaさんの『あわの歌』試聴はこちらで↓
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