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↑ スピリチュアルTVから抜粋、勝手に簡略してますので詳細は上記で ↑
・覚者は 聖人君子ではない。後光が射しているような立派な人、超人格者が覚醒者というイメージを壊したい。修行、苦しい思いはいらない。ありのままでいい。皆さんにも遅かれ早かれ訪れる。
・子育てについて。愛ある放任主義。子どもも神、一人のたましい、自分で学んでいく。その時に僕のなかに湧いた感情は、隠さずに見せるようにする。喜怒哀楽をね。こうすればよかった等、後で思うことは一切ない。後悔一切なし。その“いのち”は必ずその“いのち”自身で伸びるという、信頼の波動を持っていれば何の心配もない。
・覚醒者は何があっても動じない、怒らない人ではなくて、逆に豊かに感じるんです。覚醒者だからこそ、もっともっと感じる。たとえば割り込まれたらムカッとする。ただ、感じた後なんです。その後に、「わたしはこういう体験をしているな」「わたしは怒ったな」というように、ある別の視点からその自分を見つめることが出来るんです。あえて確信犯的に感情を味わっているという状態。悪いことは考えない、というようなイメージは捨ててほしい。覚醒している人としていない人の違いは、同じ行為をしてても、その行為をしていると別の視点から自覚していて、確信犯的に楽しんでいる、そこぐらいの違い。善悪がなくなる。
・先手で価値判断しても、後手で「エゴの判断だよね」という巻き返しをしている。まず先手打つのはエゴ。
・自分の外に変なものはいない。外に自分と全く関係のない、自分を破壊したり、自分に損害を与える何かがいるっていうこと自体がもう幻想。そこに気づくと世界が広がります。
世界が変わるにはあなただけでいい。あなたが変わればすべてが変わる。あなただけでOK。
・この世ゲームといって、肉体という限定したものでやっているので、それはいろいろある。それをわざわざしに来ている。
目の前のことを受け入れるしかないので、それをどの意識で受けるか、いまどうするか、どんな意識を選択していくのか、ということしか出来ない。
・「目に映るすべてのことはメッセージ」 そういう気持ちで一日過ごしていると随分受け取るものも違う。どんな自分でもOK。
賢者テラさんのブログ Eye of the God 〜神の眼〜
やさしさに包まれたなら
やさしい気持ちで目覚めた朝は
おとなになっても奇蹟はおこるよ
カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつるすべてのことはメッセージ
心の奥にしまい忘れた
大切な箱 開くときは いま
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