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http://blogs.yahoo.co.jp/wanchan1wan/28931706.html ↑上記のブログ『老化や肉体の劣化について』の続きのようなものです…。 ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ 『アセンション・マニュアル』には次の一文があります。 「すべての人、動物、植物、鉱物を、自分のもとを訪れた、物質の形態をまとった神として見ることである。ありとあらゆる形が神の具現であることを思い出せば、無条件の愛の実践がしやすくなるであろう」と。 私は、寿命の長さや転生については、われわれの‘いま’の立場では計り知れない“意図”があるのだろうと、そしてあくまでそれは、‘選ぶ’ということを前提にしているとも考えています。 覚醒すると、寿命も形体もすべて自身で選べると云います。 たとえば、偉人たちの輪廻転生について書かれている他の書を読むと、大きな視点から、転生やその意義について考えさせられます…。 偉人たちの転生の中には、平凡なものもあることを知ると、それぞれがそれぞれを経験すること、体験をするということ自体が目的の一つであることがうかがい知ることが出来ます。 そして、どんな小さなことでも‘意味’があり、つながっているのだと思っています。 また、動物についてはザラザイエル・ヨヴェルさんが次のように語っていました。 「動物はそれぞれが集合意識を持っています。 ディーバ(天使的なスピリット、植物、石にはすべて入っている)もあり、助けてもらっています。 猫はある条件を下にアセンション・プロセスを手伝う約束をしており、私たちの代わりにエネルギーを流したり、変換したりしています。 犬は人間に対し、集合意識として、無条件の愛を持っているようです。アセンション・プロセスを手伝うというより、一人ひとりの側にいて、手伝う仲間という感じです。そのプロセスも変わりつつあります。 犬もいま何が起きているのか意識しつつあり、変わろうとしています」 (思春期の大葛藤の中(笑)、共に寄り添ってくれたパグのカンスケ(ワンちゃん)に感謝しています) たとえば、蓮の花、クジラやイルカ…等は、人間よりはるかに高い周波数を発していると云います。 植物も動物も、彼らの避けられない持ってきた意志、定められた運命のようなものや役割以外のところでは、おおいに‘愛’が反映されると考えられます。(結局、‘人’もそうですね…) すべてにそれぞれ意志があり、特に身の周りのものは、ある意味われわれの意識も反映、共鳴する…と私は考えています。 余談になりますが、先日ブログで、本を読みながらなんだか自身が飽和状態であることを述べましたが、ふと家の中を見回すと、部屋中が物で手一杯になっていることに気づきました。 “手放すこと”、ここにも反映されているのだと笑ってしまいました…。 様々な実験…、植物や水、食物に投げかける‘言葉’で、反応が違ってくることは周知のとおりですよね。 私は‘人’や‘物’もそうだと思っています。彼らの役割を尊重してあげることが大事なのだと思います。 動植物のアセンションについては、他にもいろいろな情報があるようです。自身に必要な情報であれば、‘あちら’からやってくるかもしれませんね…。 すべては自分自身の中にあり、それは自分次第でもあること…それに気づいていく過程が、‘いま’なのだろうとも思っています。 |
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【 これは集団レベルで起きることで、個人レベルの話ではない 】 【 決して恐ろしい出来事などではなく、たいへん愉快で輝かしくも素晴らしい出来事である 】 【 なおかつ、もしわれわれが自身の呼吸のあいだに存在する空の時間、すなわち永遠の瞬間に耳を傾けさえすれば、時を選ばず体験できる出来事なのである 】 この書は、『アトランティスの叡智〜思考の現実化/意識の物質化』に相通じるものがあります。 ‖ ニュースを観察していると、いま、恐れているものがどんどん表面化していることを感じます。自己幻惑や錯覚、幻影に惑わされてはいけない…ということを痛感すると同時に、自身のフィルターになっているものに気づき、それをクリアにすることを心がけています。 |
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死と老化は、われわれが地球と呼ぶこの全世界的意識の集合的な思考が生んだ概念である。 肉体的不老不死は、歳をとって当たり前と信じる非建設的な集団催眠状態(集団意識)から自分たちを真に切り離すことができれば、実現可能な概念なのである。 われわれがアセンションした後は、この言明が‘まったきリアリティ’となる。 われわれの老化や肉体の劣化は、その大きな部分がわれわれの思考に端を発している。 肉体は潜在意識によって動かされ、プログラミングされた通りのことをするからである。 この書は、『アトランティスの叡智〜思考の現実化/意識の物質化』に相通じるものがあります。 |
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モーツァルトの美しいメロディに浸りながら、ある事に気づきました。 そんなことをふと思いました。 映画『アマデウス』に登場するアントニオ・サリエリの視点というのは、私たちが持つ‘一般常識’というフィルターなのかもしれないと…。 偉大な芸術家達が、評価され、受け入れられるのは、決まって死後であることが多いこと、なんだかうなづけるようです。 |
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