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 ある禅マスターとスポーツの試合を見ていたというお話から。
その選手は、勝とうと頑張っているのに思うようにいってなかったので、
ある人が禅マスターに尋ねたところ、
「彼は勝つ必要があると思っているが、その思いが彼からパワーを奪ってしまっている」と。
勝つ必要があると思っている、ということは未来のある時点で満たされると思っているんです。
彼の思いは完全には‘いま’にいないのです。
でもすべてのパワーは‘いま’のなかにしかないのですから、
どんなことでも全力を尽くすためには、今やっていることにどっぷりと浸らなければ…
一流選手は100%いまにいること(そのゾーンに入っているとも言う)をマスターしている
 
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いまこの瞬間はつねにシンプルで、その意味はつねに小さいでしょうが、そこに偉大な力が秘められています。いまこの瞬間と自分自身を調和させたとき、そのときだけ、その大きな力(生命そのものの力)にアクセスすることができます。と言うよりも、その力のほうがあなたにアクセスし、あなたを通じてこの世界にアクセスする、と言うほうが正確かもしれません。
 
どうして不安やストレスやネガティブな精神が生じるのでしょう?
いまという瞬間に背を向けたからです。では、どうしていまという瞬間に背を向けるのか?何か他のことのほうが重要だと思ったからです。ほんの小さな過ち、誤解、それが苦しみの世界を生み出すのです。
 
世間一般に言う成功とは、あなたの行為の結果のことです。
あなたがビジネスマンで、二年間ストレスに耐えてがんばって、ようやく良く売れる製品あるいはサービスを送り出し、金儲けをしたとしましょう。これは成功でしょうか。世間的には成功です。だがあなたは二年間、自分の身体だけでなく、地球もネガティブなエネルギーで汚し、自分自身もまわりの人たちも惨めにして、会ったこともない大勢の人たちにも影響を及ぼしてきたのです。そういう行為の陰にある無意識の想定は、成功とは未来の出来事で、目的が手段を正当化するというものだが、目的と手段はひとつです。手段が人類の幸福に貢献しないなら、目的だって貢献しないでしょう。結果はそこに至る行為と不可分ですから、行為によってすでに汚染されているなら、未来の不幸を生み出すはずです。
 
(これは私も経験してきた過ちです。まったく無意識の状態でしたが、いわゆる世間一般に言われる成功を手にしたとき、何か言い知れぬ大きな力が背後で働いているように思えてなりませんでした。たしかに当初は謙虚に情熱的に打ち込んでいましたが、その後は、正しくなければいけないとか、こうでなければいけないという信念、要するにエゴそのものだったのでしょう、ストレスが膨大になり、帯状疱疹や頸椎ヘルニア等の神経痛に悩まされることに。嫌で嫌でしょうがなかったのに、自分が頑張ればとか、自分が我慢すればという過ちを身体が身をもって教えてくれていたのです。神経痛=神経にさわる、そう、自分がそんなでしたから当然周囲も神経にさわることばかりでした。嫌なことを我慢し、頑張っていたつもりがネガティブなエネルギーをまき散らしていただけなのですね〜(謝)。すべてが、ホントすべてです(笑)崩壊したとき、現実は大変でしたが、心の片隅でホッとしたこと今でも覚えています。当時は何て不謹慎なんだろうなんて責めてもいましたが、今ではある意味、恩寵のように感じています。あれほど悩まされていた激痛も嘘のように消えました。貴重な体験です)
 
いまや、行為の第一義的な目的は、その行為に意識を込めることです。その行為を通じて達成しようとする何かは二次的な目的です。
 
いまに在り、全身全霊をあげて「いま」していることをするなら、あなたの行為にはスピリチュアルな力が働きます。
 
以前の目的はつねに未来にあったのに対して、新たなもっと深い目的はいまに、時間を否定した「いま」にだけ見つかるのです。
 
人と向き合うとき、相手に関心のすべてを注ぎなさい。個人としてではなく、気づきの場として、研ぎ澄まされた「いまに在る」状態として、そこにいるのです。二人のあいだに立ち上がる気づきの場、それが人との関わりの第一義的な目的になるのです。その気づきの空間が、その場の話題よりも、物理的な対象や思考の対象よりも、もっと重要になります。「human being」。人との関わりの本来の理由(モノの売り買いや情報のやりとりなど)は、二次的なことになります。
 
全体と調和すればあなたは全体のつながりとその目的、つまりこの世界に意識を出現させるための、意識の一部になるわけです。するとどこからか助けが現れ、まさかの出会いや偶然があり、共時性と言われる不思議な一致が頻繁に起こります。(まさに波に乗る!の状態。ただ、創造的エネルギーが外に向かう時期と同様に、形の解体に向かう回帰の時期というのも当然訪れます)
創造的エネルギーの波が通りすぎ、構造的な緊張が再び低下しても、行動に感じる喜びは残っている。誰も情熱的なままで一生を過ごすことはできない。回帰の動き、帰路の旅には、降伏を通じてのみ、自分を調和させることができる。(降伏というとちょっと誤解しがちですが、この言葉が指し示す根底には期待<未来という幻の時間を創ってしまう=エゴ>ではなく、絶対的信頼が必須。昨日たまたま再度、無料配信していた星野佳路氏の「プロフェッショナル仕事の流儀」をみたのも偶然ではないのでしょうね)
 
こういう理由でこう行動する、というのは、心が現実を切り取るやり方です。自然は無意識のうちに全体とひとつになって生きている。全体と意識的にひとつになり、宇宙の知性と意識的に調和することで、この世界に新しい次元をもたらす。それが私たちの目的であり、運命です。
 
インスピレーション(スピリットのなかに、という意味です)が働くとき、そして情熱(enthusiasmとは神のなかに、という意味です)があるとき、単なる個人をはるかに超えた創造力が生まれるのです。
 
世間が教えてくれないのは(知らないから教えられないのですが)あなたは成功者になることはできないってことです。できるのはいま成功すること、それだけです。成功とは、いまこの瞬間の成功でしかない。いまこの瞬間の成功とは何か?自分の行為に、それがどれほどシンプルな行為であっても、質の値打ちがあることです。心遣いと関心、つまり気づきがあるということです。そのためには、あなたが「いまに在る」必要があるんです。行為に時間を超えた「大いなる存在」という質が注入されれば、それが成功です。
 
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「未来」の成功は、行動が生じる意識によって左右される。
真の成功と言える行動は、条件づけられた無意識の思考であるエゴからではなく、研ぎ澄まされた観察と関心の場から生まれる。
 
あなたを通じて意識がこの世界に流れ込む。
 
苦闘やストレスはエゴが戻ってきた証。
エゴの欲求の陰にある力は、同じくらいの反発力、言ってみれば「敵」を生み出す。反発力を引き起こさない唯一の活動は、全体の善を目指す行動だ。そのような行動は排他的ではなく、すべてを包み込む。分割するのではなく、足し合わせる。生きとし生けるものすべてのための活動だ。創造の第一義的な要素は意識なのだ。活動は必要だが、外的な現実を出現させるうえでは二次的な要素にすぎないことも学ぶ。内なるレベルで変化がなければ、いくら行動しても何も変化は生まれない。
 
何をするかではなく、どのようにするかで、あなたが運命をまっとうしているかどうかが決まる。
 
あなたには自分に欠けていて欲するものを表現することはできない。
すでにもっているものを表現することができるだけだ。
心の創造的な活用法→何でもすでに受け取っていると信じること。
目標やビジョンが自分自身のなかで(心と感情レベルで)、すでに現実になっている必要がある。
情熱とは心のなかの青写真を物理的な次元に移し替える力だ。目標があっても、関心の焦点は現在この瞬間にしていることに置かなければいけない。そうでないと宇宙的な目的と調和できなくなる。
 
自分は回路で、形として現れていないあらゆる生命の源から発するエネルギーが自分を通じて流れ、すべての人々のために役立つことを感じ取ろう。自分の活動が自分自身だけでなく無数の他者の人生を豊かにし深めていることを感じよう。
 

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