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バーソロミューの旅日記(上)日本編&(下)インド編/バーソロミューの道標(1)
バーソロミューの旅日記(上)日本編&(下)インド編/バーソロミューの道標(2)
この『バーソロミューの旅日記(上)』には、
『どうして私はエイズから生還したのか〜NIROからのメッセージ』の簡約が紹介されています。
そこには病気だけのことではない、すべてに共通する大きなヒントが語られています。
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この話の女性は病気を治そうと努力したのではありませんでした。この点がふつうの癒しの物語と違っている点で、おもしろいと思います。彼女は現時点では治らない病気にかかってしまいました。彼女は自分が治る可能性を信じていなかったので、自分が治るところをイメージできませんでした。エイズは治らないと信じていたからです。それでも彼女は治りました。どうやって治ったのでしょうか。ここでひとつ話をしましょう。
中国のある村でひどい干ばつが起こり、大勢の死者が出ました。ある日、お坊さんがやってきて、村はずれの小屋に住みつき、瞑想の日々を送りはじめました。二、三日すると雨が降り出したので、村人は大喜びでお坊さんのところに行き、礼を言うとともに「ところで、どうやって雨を降らせたんですか?祈ったんですか?」と尋ねました。お坊さんは、「いや、雨乞いの祈りはせんじゃった。干ばつと調和しただけじゃ」と答えたというのです。
(直接的な結果である)「雨が降るように祈ったのではなく、(まずその瞬間、その場の状況である)干ばつと調和しただけ」。この違いがわかりますか。調和するというのは、目の前にあるものをすべてありのままに受け入れることです。お坊さんにとって、それは干ばつだったのです。
ものごとをありのままに受け入れると、それが変化する可能性が生まれます。『抵抗すればするほど、それはなくならない』という言葉がありますね。それを忘れないでください。
病気に関していうと、病気と闘わなければ良くならないと信じている人がたくさんいます。戦争と同じで、敵と戦えば、どちらかが勝ってどちらかが負けます。こうしたイメージは強い恐怖を呼び起こします。恐怖が前面に出れば、調和ははるか後ろに引き下がります。
病気とは、身体の細胞の中にひっかかって出られなくなったエネルギーだということを思い出してください。この出られなくなったエネルギーは、過去の感情や考えや体験の集合体ですので、それを出してやるには別の種類のエネルギーが必要です。一番いいのは、愛と感謝と光、それに清らかなパワーのイメージで細胞を満たしてやることです。この方法は、病気を作ったエネルギーに抵抗する代わりに、むしろその存在を認めて、それに関心を払ってやることになります。いまあるエネルギーを快く受け入れ、それが別の種類のエネルギーに変わるようにそっと導いてあげるわけです。喜びに満ちた慈愛と感謝と賞賛のエネルギーをたえず注ぎ込んでいると、細胞は緊張を解きます。リラックスした細胞は開いて拡張します。エイズにかかったニロは拡張と収縮のふたつを経験しましたが、はじめニロは、拡張するのはよいが、収縮するのは嫌だと思いました。最後に彼女が学んだのは、生命にはその両方が含まれて躍動するリズムを形成しているという事実でした。
みなさんの呼吸も吸うだけで吐かないとどうなりますか。
彼女にも拡張した気分の時期が訪れますが、やがて意識が未来に入っていくと、「ああ、どうしよう。わたしはもうすぐ死ぬんだ。こんないい気分でいられるはずがない」と思って、拡張した気分を抑えてしまいます。これが理解できた彼女は、肩の力を抜いて、精神が拡張したり収縮したりするのに抵抗しなくなりました。ある日、海岸を散歩しながら、彼女は自分の踏む一歩一歩を鋭く意識していました。まるでその一歩が最後の一歩であるかのような気持ちで歩いていました。・・・・・そこで彼女は悟りを得ました。意識が大きく開いて、たとえどのような死に方をしようと、自分は目覚めた意識をもって死ぬのだとわかりました。それ以外に大切なことはない。これもまた拡張のひとつの形なのだ。ごく普通のことであり、当たり前のことだ、と悟ったのです。ニロはこの時点で、エイズの再検査を受けてみようと思いました。再検査のあと、もう一度検査し直したいと言われ、もう一度検査してもらうと、HIV陰性と言われました。彼女は自分がこれまでにしてきたことの結果、奇跡が起こったのだとわかりました。ウィルスは見つかりませんでした。潜伏しているのではなく、消滅したのです。
ニロの細胞は変容したのです。過去は人を支配し、未来は人に不安をもたらし、過去も未来も怖れでしかないとニロが気づいたとき、唯一安心できる場所は現在の瞬間だとわかりました。いまこの瞬間にだけ心の平安が得られるとわかって、彼女はそこに何度もくりかえし行きました。
この話を通してみなさんに気づいてほしいのは、常識では考えられないような不思議なことが実際に起こり得るし、起こるのだ、ということです。この一瞬には、あなた方の限られた思考能力ではとても理解できないような神秘や不思議が充満していることを知っておいてください。
吸う息と吐く息のリズムがあり、拡張と収縮のリズムがあり、ひとつのエネルギーが別のエネルギーと交替し、この世のすべてに両極を揺れ動くリズムが存在します。それは生命の踊りです。何ものもいっさい無視することなく、あらゆるものに意識を向けるとき、よろこびが生まれます。このようなやり方でリラックスできるようになると、奇跡が可能になるだけでなく、奇跡は日常茶飯事になります。
(また、人はもうどうしようもない状況の時、頭が真っ白になるか、もうお手上げ降参の心境に陥るようです。そうなると不思議なことに、それでも、今ここで与えられているものに目がいき、ありがたい気持ちが湧いてきたりします。雑念はなく、一転してとても穏やかな境地です。結果的とはいえ、抵抗をやめた上に意識はいまここ、そして心の奥からのよろこびのような感謝。すると、好転する結果を願ったわけではないのに、ほんとうに奇跡としか言いようのない現実が目の前に展開されることがあります)
身体に自分がどんなひどい言葉を浴びせてきたか…。それでも身体はあなたを見捨ててはいません。細胞を感謝と愛と賞賛で満たすチャンスはあらゆる瞬間にあります。たとえ完璧とは言えない状態であっても、です。身体の細胞が健康や病気をもたらすわけではありません。それはからだとこころの共同作業の結果です。
(病気だけではなく)愛の栄養に満ちたエネルギーをあふれるほど身体に流し込み、細胞のすみずみまで満たしてください。自分への贈り物です。これを実行すると、奥深い細胞レベルに信じられないような愛の波動があることに気づきます。これこそがあなたが待ち望んでいる体験です。自分自身に与える贈り物なので、あなたは他人に依存しない自力の人間になります。
過去や未来を現在の瞬間に引きずりこんで、偽の自己を悲劇や喜劇の主人公に仕立てようとしている自分に気づいても、あせらず気を楽にしてください。このドラマの主人公はわがままで、常に自分が正しいと思いたがり、権力を欲します。それに抵抗しないで、リラックスして、いまの瞬間に意識を向けましょう。そうすると、一瞬ののちに次の一瞬が来、それをくりかえしているだけだと気づきます。生きる目的は、いのちが躍動するすばらしいこの純粋な一瞬一瞬を楽しむことだとわかります。
外の世界は内の世界を鏡のように映し出します。これは苦痛をともなうことだと考えられがちですが、鏡には美しいものも映し出されるということをほとんどの人が忘れています。
カメラは、谷間の全景やそこにある町、遠くの山々まで映し出すことができます。あなたの広大なる部分である意識も、カメラと同じように自分では気づいていない面までも把握しています。意識がいま起こっていることを感じ取り、精神がそれをメッセージに翻訳して身体に伝えます。人はこうした身体のメッセージをたえず受け取っているのですが、多くの場合、無視して回路を短絡させています。頭脳だけに頼って理解しようとします。思考を止めて過熱した頭脳を休める練習をすると、直感や虫の知らせ、インスピレーションが受け取れるようになります。もっと生き生きとなり、はるかに広大で目覚めた意識をもって充実した毎日が送れるようになります。
いまこの瞬間に意識を向けて、ただ呼吸そのものを呼吸する。そしてこれを一瞬一瞬し続けます。
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2013年03月20日
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