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【 おだやかで、ひかえ目がちな主題が、まず、ピアノの独奏で奏でられる。
心の奥にゆらぐ影を、求め、訪ねてゆくような、低いモノローグが伝わって来る。
深い底から立ち昇る嘆きとも、祈りとも感じられる。
オーケストラが、慰めるかのように応える。
主題がピアノの独奏で変奏されると、
柔らかな音色のフルートやファゴットが加わって優しい語らいを交す。
再び主題の独奏とオーケストラの応答_____
やがて、弦楽器のピチカートに伴奏されて、
ピアノは静かに旋律を繰り返しつつ消え去って行く_____
モーツァルトのピアノ協奏曲K488番の第二楽章を聴いていると、
ピアノは、むしろオーケストラを引き立てるかのように、謙虚に演奏される。
澄んだ余韻が心に沁み透ってくるのを感じる。
第二楽章だけを単独に聴くわけではないが、
嬰ヘ短調、八分の六拍子のこと緩やかな楽章は、私の心を深く捉えて離さない。  】
 
「白い馬の見える風景」のみならず、
すべての作品に共通するような文章で驚きます。
 
 
 ‘緩徐楽章’、改めて意識を向けると新鮮です
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488 2楽章
 
 
【 ある時、一頭の白い馬が、私の風景の中に、ためらいながら、小さく姿を見せた。
すると、その年(1972年)に描いた十八点の風景の全てに、
小さな白い馬が現れたのである。
白い馬は、たとえば協奏曲ならば、独奏楽器による主題であり、その変奏である。
協奏する相手のオーケストラは、ここでは風景である。
白い馬は風景の中を、自由に歩き、佇み、緩やかに走る。
しかし、いつも、ひそやかに遠くの方に見える場合が多く、
決して、前面に大きく現われることはない。
この小さな白い馬の出現は、私にとって思いがけないことである。
一切の点景を排した風景を描き続けてきた私であるし、
人もそれを私の特色と思っているに違いない。
_____白い馬は何処から来たのか?_____ 】
  
 
【 ずっと以前、私がよく風景の中に白い馬を描いた時期があった。
美術学校を卒業して、ドイツへの留学から帰国した私は、
第二次大戦へと傾いて行く暗い世相の中で、模索と失意の苦しい時を過さねばならなかった。
よく、白馬を描いたのは、その頃である。
あの時の白い馬と虹は、やすらぎと救いを願う心の現われであったとも思われる。
あるいは、戦争の嵐が、いやおうなしに近づいてくる頃の
平和への切ない祈りであったとも云えよう。
戦争を境に、白い馬は虹と共に消え去ってしまった。 】
 
 
【 戦後の私は、私の立ち向かう風景の中に何者をも混えずに、
その在るがままの姿で充足していると観るようになった。
風景そのものが生きていると、
戦争のさ中に感じて以来のことである。
自然との風景との、じかの心の触れ合いの中に私の道を見出し、
その道を、ひたすらに歩いて来た。 】
 
 
【 私の歩みは環を描いて巡っている場合が多い。
こんども、ドイツの旅の後に白い馬の見える風景を描くようになったのも、
何か宿命的なものを感じはする。
それにしても、前の時とは、私の心境も違い、世相も異っているはずであるのに_____ 】
 
 
【 戦後、点景を排除した風景を描き続けて来た私にとっては
単純に画面効果のために、白馬を添えるということは考えられない。
しかも、十八点の全ての風景にということになると、なおさらである。
白馬は、明らかに点景ではなく、主題である。
そこには、やはり必然的な動機が内在していると、思わないではいられない。
それは、心の祈りを現わしている。
描くこと自体が、祈りであると考えている私であるが、そこに白馬を点じた動機は、
切実なものがあってのことである。
しかし、ここから先は、私自身に問うよりは、
この画集を見る人の心にまかせたほうがよいと思う。 】
 
 
 
思えば… 白い馬の絵をはじめて目にしたとき、浮かんだ疑問でした。
 
 たとえば京都で描いた絵画であっても 
表面的な…らしい、観光名所は登場しません。
‘ らしさ’にはとらわれず、
本来の輝きを‘みる’ことが出来る人であることを感じさせてくれます。
それは同時に、誰もが持つ奥底の静謐な世界を呼び覚まし、気づかせてくれるようです。
思考のない世界そのもの。
 
改めて 感謝と敬意を 
 
 
 
『風景との対話』東山魁夷著/真実を見るとき
 
ミューズの微笑み「東山魁夷美術館」〜アートシーン〜
 
 
表紙より
絵になる場所を探すという気持ちを棄てて、ただ無心に眺めていると、
相手の自然のほうから、私を描いてくれと囁きかけているように感じる風景に出合う。
 
 
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自然の生命の美に開眼していく貴重な気づきの過程を
絵画同様、敬虔且つ美しい文章で記している。以下「風景開眼」より
 
 
いったい、生きるということは何なのだろうか。
この世の中に、ある時、やって来た私は、やがて、何処かに行ってしまう。
常住の世、常住の地、常住の家なんて在るはずがない。
流転、無常こそ生のあかしであると私は見た。
 
私は生かされている。
野の草と同じである。
路傍の小石とも同じである。
生かされているという宿命の中で、せいいっぱい生きたいと思っている。
せいいっぱい生きるなどということは難かしいことだが、
生かされているという認識によって、いくらか救われる。
 
私が倒れたままになってしまわずに、
どうにか、いろんな苦しみに耐え得たのは、
意志の強さとか、それに伴う努力というような積極的なものよりも、
一切の存在に対しての肯定的な態度が、
いつの間にか私の精神生活の根柢になっていたからではないだろうか。
 
私は一年の大半を人気のない高原に立って、
空の色、山の姿、草木の息吹きを、じっと見守っていた時がある。
ふと、好ましい風景を見つけると、その同じ場所に一年のうち十数回行って、
見覚えのある一木一草が季節によって変ってゆく姿を、
大きな興味をもって眺めていたのである。
 
(1937年頃↑) あの時分、どうして私の作品は冴えなかったのだろうか。
あんなにも密接に自然の心と溶け合い、表面的な観察でなく、
かなり深いところへ到達していたはずである。
技術・・・ いや、それよりも、もっと大切な問題があった。
 
私は汗と埃にまみれて走っていた。
汚い破れたシャツ姿のこの一団は、兵隊と云うには、あまりにも惨めな格好をしている。
そんな或る日、
市街の焼跡の整理に行って、熊本城の天守閣跡へ登った帰途である。
私は酔ったような気持ちで走っていた。
魂を震撼させられた者の陶酔とでもいうべきものであろうか。
つい、さっき、私は見たのだ。
輝く生命の姿を_____
 
熊本城からの眺めは、雄大な風景ではあるが、
いつも旅をしていた私には、特に珍しい眺めというわけではない。
なぜ、今日、私は涙が落ちそうになるほど感動したのだろう。
なぜ、あんなにも空が遠く澄んで、連なる山並みが落ちついた威厳に充ち、
平野の緑は生き生きと輝き、森の樹々が充実した、たたずまいを示したのだろう。
今まで旅から旅をしてきたのに、
こんなにも美しい風景を見たであろうか。
おそらく、平凡な風景として見過ごしてきたのにちがいない。
これをなぜ描かなかったのだろうか。
いまはもう絵を描くという望みはおろか、
生きる希望も無くなったと云うのに_____歓喜と悔恨がこみ上げてきた。
 
あの風景が輝いて見えたのは、私に絵を描く望みも。
生きる望みも無くなったからである。
私の心が、この上もなく純粋になっていたからである。
死を身近に、はっきりと意識する時に、
生の姿が強く心に映ったのにちがいない。
 
自然に心から親しみ、その生命感をつかんでいたはずの私であったのに、
制作になると、
もっとも大切なこと、素朴で根元的で、感動的なもの、
存在の生命に対する把握の緊張度が欠けていたのではないか。
また、制作する場合の私の心には、その作品によって、
なんとかして展覧会で良い成績を挙げたいという願いがあった。
私は人の注目を引き、世の中に出たいと思わないではいられなかった。
もし、万一、再び絵筆をとれる時が来たなら_____
恐らく、そんな時はもう来ないだろうが_____
私はこの感動を、いまの気持ちで描こう。
 
いま、考えて見ても私は風景画家になるという方向に、
だんだん追いつめられ、鍛え上げられてきたと云える。
人生の旅の中には、いくつかの岐路がある。
中学校を卒業する時に画家になる決心をしたこと、
日本画家になる道を選んだのも、一つの大きな岐路であり、
戦後、風景画家としての道を歩くようになったのも一つの岐路である。
その両者とも私自身の意志よりも、
もっと大きな他力によって動かされていると考えないではいられない。
たしかに私は生きているというよりも生かされているのであり、
日本画家にされ、風景画家にされたとも云える。
その力を何と呼ぶべきか、私にはわからないが_____
 
 
 
川端康成氏は次のように
【 散文詩のような文章が音楽を奏でている。
万物肯定の意志を貫き、自然に新鮮な感動を常とし、
謙虚誠実の愛情に生きる、風景画家東山氏の本質は、
この書にも、私たちに親しい調べで高鳴っている。
すぐれた美の本である。 】
 
 
 
 
ミューズの微笑み「東山魁夷美術館」〜アートシーン〜
 
 
『白い馬の見える風景』東山 魁夷/愛した第二楽章
 
 
 
 

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