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初女さんの言葉
『 ずっとこのことを話したかったの
ずっとこのことを書きたかったの
ずっとこのことを伝えたかったの
透明のこと。
いちばん大事なのは、待つことです。
母性に立ち返るとき、
問題は解決します。
「いのちのうつしかえ」のとき、人も透明になるのです。
透明だと、ほんとうに、生きやすい。
何かになろうとしなくても、
それは自分の中にすでにあるものです。
透明になって真実に生きていれば、
それがいつか必ず真実となってあらわれます。
だからわたしたちに今できることは、
ただ精一杯、真面目にていねいに生きていく、
これだけだと思うのです。 』
透 明 / い の ち の う つ し か え
『 「森のイスキア」は悩みを抱えた人たちを手料理でもてなす場です。
・・・
なぜ食べるだけで、これほど変わるのでしょうか。
わたしはお米や野菜、すべての食材にいのちがあると考えています。
そのいのちを食べることで、
わたしたちの口を通じて体に入り、一緒に生きていくからだと思うのです。
だからこそわたしは、
その食材のいのちを生かすように調理したいとつねに思っています。 』
『 緑の野菜をお湯でゆがくとき、
これまでの緑よりもいっそう鮮やかな緑に輝く瞬間があります。
この一瞬を逃さず野菜をお湯から引き上げて冷やして食べると、
とてもおいしい。
野菜のいのちがわたしたちの体に入り、生涯一緒に生き続ける、
これを“いのちのうつしかえ”と呼んでいますが、
このとき野菜の茎を切ってみると透明になっている。
“地球交響曲(ガイアシンフォニー)”の龍村仁監督は、
「透明になった野菜に味付けすると、野菜がそれを“受け入れる”から、
いちばん味がしみこむのだ」とおっしゃいました。
緑の野菜だけでなく、
何でもいのちが変わるときは透明になります。 』
聞 く / 寄 り 添 う
『 お話を聞くときは、
視線を合わせ、その人が話していることをそのまま聞かなくてはダメなので、
どういう内容であっても、まず受け入れます。
こちらの感情を入れずに、心を空っぽにして、その人の話を
そのまま正しく聞いていきます。 』
『 わたしは自分の意見は最後までほとんど言いません。
わたしは話を聞いて答えは出さなくてもいいと思っています。
いい答えを出そうと思うほうがダメ。
その苦しみを受け入れてくれる人がいれば、
その人は素直な気持ちになれるので、
その答えが見えやすくなります。
答えは必ず自分の中にありますから、
それを自分で気づくのがいちばんいいお答えになるのです。 』
『 自分は無力だなと思っても、
ただそばにいるだけで大きな力になります。 』
多 様 性
ガイアシンフォニー第二番の冒頭の言葉より
『 多様なものが多様なままに共に生きる。
それは生命の摂理であり宇宙の摂理である。 』
↓
『 「生物多様性」というのは難しく考えることではなく、
わたしたちの生活そのものの中にあると感じました。 』
↓
『 友人の話を聞いていてふと、ぬか漬けこそが
「多様なものが多様なままに共に生きる」、
つまり「生物多様性」なのだ、と気づいたのです。 』
↓
『 人と人の出会いもまったく同じもの。
わたしたちもみんな、
ぬか漬けのようにいいところを出し合って生きていけばいい。 』
先日のブログ『職業としての小説家』でも
田口ランディさんや村上氏と河合先生の
一風変わった初対面の場についてちょっと紹介しましたが、
この書でも、
初女さんと作家の柳田邦男氏との独特の出会いが書かれています。
第4章 “無限の安心感”に包まれる「心」の作法です。
『 一目で人を判断するようなことはいけないことだなと
わたしにもわかったのです。 』
第5章は対談形式になっていて、それぞれの観点から
“透明”をお話されています。
佐藤初女さん × 芳村思風さん
佐藤初女さん × 晴佐久昌英さん
佐藤初女さん × 池川明さん
上記のサイトで詳しく紹介されています。
他のサイトで見かけた初女さんの言葉より
『 さすがに80歳をすぎてから、一人息子に先立たれたときには
余りにも思いがけないことなので言葉を失いました。
しかし、いくら人間が緻密な計算をしたところで現実はそうはいきません。
息子を思い出したときや亡くなった人の話をした時には
その人が傍にいてくれると確信しています。
それが復活だと思うのです。 』
『 お米「ひと粒ひと粒」を大切にすると、
「一人ひとり」にやさしくなれる 』
2015・4月に出版記念講演会があり、
はじめて初女さんのお話を聴いてまいりました。
たまたま見かけたことで知ったのですが、
そういった流れには、毎度新鮮なよろこびがあるものです。
以前に、初女さんを知ったとき、すぐ思い浮かべたのが
『モモ』(ミヒャエル・エンデ作)でした。
どなたかもお話されていましたが。
そう、初女さんはモモと同じだなぁ〜と。
『 小さなモモにできたこと、それはほかでもありません。
あいての話を聞くことでした。
なあんだ、そんなこと、とみなさんは言うでしょうね。
話を聞くなんて、
だれにだってできるじゃないかって。
でもそれはまちがいです。
ほんとうに聞くことのできる人は、めったにいないものです。
モモに話を聞いてもらっていると、
ばかな人にもきゅうにまともな考えがうかんできます。
モモがそういう考えをひきだすようなことを言ったり、
質問したりした、というわけではないのです。
ただじっとすわって、注意ぶかく聞いているだけです。 』
ゲリー・ボーネルさんの言葉です。
『 もし、あなたが誰かを、本当に心から承認したとします。
ただ存在を認める・・・、
それだけで相手の葛藤が解放されていくのです。 』
素敵な魔法です。
以前、ツイッターで‘たそ’さんが次のように述べていました。
『 他者への過剰なアドバイスは
「話を聞いて貰っていない」
という内側のあなたが発しているサインです
過剰に誰かに何かを伝えたい
それは
私の声を聞いて欲しいという
傷ついたあなた自身の声を聞いていないから
外側にエネルギーを放出しないで
あなたはあなたの世話を優先させてください 』
あ〜このブログはそうしてうまれたんだなぁ〜と
そう気づいた瞬間でもありました。
『モモ』(ミヒャエル・エンデ作)ブログ
2016年2月15日追記
追悼
2016年2月1日、佐藤初女さんが 天に召されました。
感謝しかありません。ありがとうございました。
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