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金王八幡宮のイチョウ
最近のブログにあるように
‘自分の意識’に自覚というか、責任を感じるようになりました。
同時に‘それ’って凄いんだなぁとも。
日曜のmanaさんのお話はまさに‘それ’(笑)でした。
(全部ではありませんが、幾つか)
☆意識を高める
意識って何?
それは「自覚」のこと。
自覚を高める
神の意識を高める
「みんなでよりよくなっていこうね」というのが神。
☆いのちへの敬意
いのち…全先祖の全宇宙のいのちをいただいている その凄さを伝えたい!
いのちへの敬意、一番重いもの。
いのちを輝かせていこう
いのち→空とか神に言葉を変え、伝わってきた。
いのちの意識→「我」
宇宙が物質化するといのち。
こんなすごいものをいただいていたんだと気づく。
いのちを発揮していくことが大事。
いのちを燃やすと傷のかたまりは溶けてしまう。
いのちが満足したものは染み渡る。
☆ワンネス
いのちだけはワンネス、そこに頭を添わせる。
いのちだけはすべてを知っているから
自由に流れているものをだすだけ。
ただそうするという気持ち。
たとえば世界の子ども達を救おう!というような寄付については、
人を憐れむとまずいので
使命感や罪悪感でしないこと。
相手に恨みが行く。
というようなお話も。何でもよろこぶ方を選択、ですね。
その人は、かつての自分。
不完全でも「よしっ」 放っておく。
来たものを否定せず、受け取っている
ご神木の在り方。
神社の木は、気がいい。皆が敬意を示すから。
全部の場所をそうする
自分の内側を変える。受け入れ認めると外側が変わる。
1%でも損得や邪心があったらダメ。それ以上栄えない
100%じゃないと繰り返す。
エゴ・怖れ・ストッパーやブロック、持ち主が解除していくこと
すべて「よしっ!」をして根の国に返す。
愛して愛してみそぎ!いのちあるのみ!
貪欲に荒削りに どんどん研ぎ澄まされてくる
余分な知識はいらない
ぜひ自分に問いかけをしてください そこにしか答えがない
満ち足り、提供していく
何を表現したがっているのか
役割は何が来るかわからない。
心を入れかえてもう1回やりなおし。原点回帰。
いのちがけで!
トーラス、星座のお話も。
「我、ここに在る!」という宣言は、改めて自覚を促すように感じます。
尚、manaさんの『空』シリーズに続く新書は2月13日頃発売のようです。
余談
時間の変容は、思いこみを変えるだけでいいんじゃないかって思うようになって、
今日も2度寝で寝過ごし(笑)、実践する機会をもてました!
とりあえず、失礼にあたるので1時間遅れます、と電話しようとしましたが、
連絡がとれず、焦りながらも、
コーヒーを飲みながら、マイペースで身支度をし、‘いま’に在ることを意識しながら向かったら、
なんと間に合ったのです!(そうそう、エックハルト氏のDVDの内容も思い出しながら(笑))
前にも経験しているので、コツをつかんできたのかもしれません(笑)。
(電話がつながらないのも意味があるんだなぁと、これも度重なる経験から)
以前であれば、「遅れるなんて!」と、今思えば窮屈な正義感でバリバリだったので、
あきらめていたかもしれません。ユルユル感覚いいかも〜
越智啓子先生の著書『光の時代がはじまりました』〜
【時間変容を加速するには、「時間の密度を変える、濃くする」とまず思ってみてください。
決めたらほんとうにそうなってきます。
なぜなら、時間はとても主観的なものだからです。
その人の世界観によって、時間の密度が大きく変わります。
「時間がない」を口癖にしている人は、時間が短くなります。
「必ず間に合う」と思っている人は、ほんとうに間に合う現象が次々に起こります。
今日から早速、時間変容の実験をやってみましょう!】
啓子先生の以前の著書にも書かれてあります。
manaさんはお掃除のお話もされていました。
事務的ではなく、他者のために心をこめてやっている所は、そこにいるだけで癒されると。
帰ってきたら、レンタルした映画『ツレがうつになりまして。』が届いていました
テーマは‘うつ’ですが、
それぞれの人生に共通する在り方が描かれています。
manaさんのお話「いのちを輝かそう」そのものかも。
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空(くう)/深・古事記
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エックハルト・トール氏の著書『ニュー・アース』を再度開きながら、
気になった本を開くと、
「ペインボディ」、「インナーボディに住まう」とは?
「いまを生きる」について等々、
まるで補足のようにそこに記されてありました。
『バーソロミュー2 大いなる叡智が語る神への覚醒(めざめ)』〜
あなたの意識が現在の瞬間から離れるたびに、
自分のなかの創造する部分から離れることになります。
けれども、その創造力のある部分というのは、
あなたが望むものを人生に生み出すのを助けてくれる部分なので、
その部分とは繋がりを保っている必要があるのです。
自分のなかやまわりで起きていることによく注意を払ってください。
そうすると気づきが深まり、
自分とは何なのかということがわかるようになります。
自分の内部に入って静寂に浸ると、意識の焦点がそれ自体に向けられて、
意識そのものが照らし出されます。
人生のあらゆる瞬間において、あなたは自分の意識のどこかの部分を照らし出しています。
その部分が自分の外部のものであれば、
それは神から分離された意識です。
自然にありのままに現在に生きている人は、
その瞬間に最もふさわしいと思えることを感じ取り、それを実行します。
何か悩みがあれば、それを表現すればいいのです。
隠さずに正直に行動し、心を開き、ありのままの自然体でいてください。
何ごとも批判したりせずに、すべてが起きるにまかせるのです。
それぞれの瞬間に現れる自分自身というものに素直で正直であり、
自然でありのままであるためには・・・・・
人の顔を眺めたり、ほかの人が何を考えているのだろうかと想像したりするのではなく、
自分の肉体のなかに意識を据えている必要があるということです。
人と無意識的に交わす会話は、
自分のなかのほかの部分と無意識的に交わしている内なる会話を反映しているのです。
自分の外側に見えるものなら、自分の内側に見つけることができます。
あなたは自分自身と会話をしているわけです。
ですから、話すのをやめて、自分の内側を見ることを始めてください。
自我を認識する人にとって、鏡面化した水面は自身を映す水鏡となる。
(このブログ掲載後、TVでカラヴァッジョの特集をみました。
カラヴァッジョは聖書の物語を、つまり奇跡は誰にでも起こりうる出来事のように描いたと)
心の平安を得るには、自分がいま感じていることに気づくことです。
全体性を取り戻すのは、気づきを通してです。
自分はいま何を感じているのか、
いま何を言っているのか、
いま何を考えているのか。
いま足はどんな状態なのか、
いま呼吸はどんな状態か___
自分の体のなかに意識を向けてください。
注意を払ってください。
自分のなかをいのちがとうとうと流れていくのを、感じるだけでいいのです。
それだけでいいのです。
瞬間瞬間、そうしていくだけです。
それが人生を完全に生きる、いまに生きるということです。
誰もけっして「正しい」生き方などできないのです。
どんな生き方をしても、かならず誰かがあなたを批判するでしょう。
百パーセント受け入れられるということは、ありえないのです。
ですから、そんな努力はやめましょう。
悲しみから抜け出すには、神に近づくために自分で生み出した苦しみに向かって、
感謝することです。
ほんの一瞬でいいですから、「ありがとう」と言ってごらんなさい。
自分自身を受け入れると、人は、リラックスします。
そしてリラックスすると、“神意識”つまり、“大いなる光”が動きはじめます。
そうなると、それを感じることができます。
何よりも自分自身を受け入れることです。
それで充分なのです。
あなたは、光と音と色のすばらしい爆発であり、
それがたえまなく拡張しつづけ、つねに動きつづけ、あらゆる瞬間に満たされ満たしている、
そういう存在なのです。
ここで話していることは、何もむずかしいことではありません。
いま現在の瞬間に生きて、それを体験しようとする、それだけでいいのです。
では、浮上してきたエゴ(またはペインボディ)について。また、どうすれば?
『空』mana著〜
(夢のなかで)「気分と言葉をわけろ」というメッセージでした。
どうか感情や感覚と言葉をつなげないでください。
連想ゲームのようなことが勝手に起こってしまいます。
あなたの体調や気分とは関係なく、
ただ無関連の「言葉」のデータにつながっているだけです。
あなたの肉体細胞の中にとどめられていた古いデータ(情報)かもしれませんし、
そのときに巡ってきた、誰かの思考かもしれません。
その体調や気分になるたびに、
その言葉、思考があなたを縛り、必要以上に苦しさが強くなり長引かせてしまいます。
気分と言葉・思考が結びつき、そのパターンが活発すぎるとき、
あなたという「空」意識(観察意識)は眠っている状態です。
つまり無意識になっています。
足りないから不安、・・・・・(など諸々)
とにかく不安を感じたくない、というような感情にまずは気づき、
その恐怖感の根底にある「思考プログラム」に意識を向けてほしいのです。
何をピクピクしているのか、どんなプログラムによって
恐怖反応しているのかに気づいてあげてください。
このままではいけない、足りない、充分ではないと信じたままだから、と。
表面的にごまかす方法で抑圧しても、不足と欠乏への恐怖は消えないのです。
その深い恐怖や不安感を見ないようにして逃げ回ることは無意味なのです。
その根っこにある「信念プログラム」に気づいてあげてください。
そしてあなたの中の深い恐怖感に「祝福」を与えてあげてください。
それらの感情に向かっての「祝福」とは…
「喜びの実感」を送りこむのです。
「喜びの呼吸」を送りこむのです。
その呼吸は丹田から送ってください。
心からの喜びの実感、喜びの呼吸を充電すれば、
信念プログラムも恐怖感も溶けていきます。
恐怖感以外のマイナスの感情にも効果的です。
(↑これは、‘ヒーリング’にも‘いのり’にも通じます)
同様に、‘いま’置かれている状況が好まない二極のいずれかであるのなら…
「陰陽の両極」あるいは「表と裏の両面」に対して、
心の底から「祝福」「感謝」「お祝い」することが、
あなたの人生のバランスを取り戻すための最優先事項です。とも。
(セミナーでは裏大黒さんやスクナヒコさんの具体的なお話もされています)
すべての思考や感情は「もらいもの」で、しかも単なるプログラム、
概念の一つにすぎません。
そのことを忘れ、「これは自分の感情だ」とか「自分が考えた」と
錯覚したとたん、それらに振り回されます。
そういったイヤサカではない思考、情報が流れてきたら、
あなたがしっかりと気づき、その内容を観察して分離できれば、
あなたはその情報の濁流に飲み込まれることはありません。
気づき、眺め、観察している間はその考えと離れて、一体化していないという証拠です。
あなたのハートが情熱を燃やせないような考えや情報は、スルーしてください。
(拒否せず)
「ふーん、こんなものがあったんだ!」と見つめているだけで抜けていきます。
エックハルト氏の「ペインボディ」「インナーボディ」については↓こちらのブログに
そして最近、伊勢神宮の神事の映像を2度も見たのですが…
『空』には
喜びとともに行う好きなことは、楽々と結果が得られます。
ただひたすら「喜びと祝福」という生命力のバイブレーションを感じてください。
神社などで祝事をおこなって、そこから田植えするという慣習もその意味からです。
実る稲を先に祝い、その結果を喜んでから、その祝福のエネルギーのままで田植えするのです。
祝福と喜びのエネルギーでいっぱいになった「あなた」が行うことは、
すべて繁栄の結果しか生みません。
エックハルト・トール〜魔法の処方箋「あるがままを受け入れる」↓
悟りとは何か?「悟り」について語るエックハルト・トール
これ、笑えます!↓ エックハルトに個人セッションを受けるニール・ドナルド・ウォルシュ
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【空セミナー アドバンス〜フォローアップセミナー】↓のつづきをちょっと
【(たとえば小さい頃得意だったはずのもの等)
才能も違ってくる
才能閉じているのも才能 = イヤサカ
プライドをはずす
(誰かのため=)全体のために】
以前もセミナーで 本当にやりたいことではないのに
その仕事を続けていることは 心底それをやりたい人がやれないでいるということを。
【自分がやっていないことを他の人がやっている それがバランス
他の人のしたいことを助けることにもなる
損得 かけひきでやると結果損をする】
100%よろこぶことしか実現しない
よろこびがそれぞれ違うことが完璧に整っている 成り立っている
昨日はmanaさんがブログで お母様の病院で感じたことを綴っていました↓
【その方たちのお気持や大変さが分かるようになってきました。
私自身の体験そのものではなくても、これも充分に“知る”ということなんだと思いました。
病院では、「ああ、こんなにも沢山の方々が不具合を体験してるけど、
これって充分にイヤサカに貢献してるよね。
そして、健康な人は健康であることによって充分にイヤサカに貢献してるんだなあ。
どっちも同じだあ!」などと、自然に腑に落ちていくのでした。】
同様に日々お年寄りの多い弟の病院で体験していますが
共にイヤサカに貢献しているという見方がなんとも…
以前のセミナーでお話されていたこと↓
過去を忘れたい人は痴呆になる
自分に許してこなかったからわがままになってくる
自他共にOK
胃は意 決意の袋
神の意識がないと胃にくる
不安があるから胃腸にくる
認めてあげることが一番
見ないと闘っていることになる
第三チャクラ 自分は何者かを腑に落とすところ
怖い・・・ 言い聞かせていないか?
怖いということを認めてあげる
おそれからきている
悲しみをごまかしていると肺にくる
自己卑下は のど気管
怖れからやると腰にくる
愛に従って 意識が半分滞っている
首と腰 連動している
心の歪みは身体にくる
意識しっかりしてくると 身体に意識がいく
その人を神とみて信頼している
人としてではなく真ん中にみる
可哀想と思わない
相手のエネルギーを下げる
大丈夫と思ってあげる それを大前提として何かをやってあげる
(慣れ親しんだ思考に気づくと本当に面白い。患者がくると思えば患者を、相談者とみなせば問題を抱えた人を創造してしまうことに)
豊かさ(お金のことだけではなく)のエネルギーを出す
自分が豊かに感じている それが放出させている
形を満たしているエネルギーが何なのかが大事
豊かさのエネルギー→放出がかえってくる
相手の気持ち(立場)を知るということで教わった椅子のワークがありましたが
ヒーリングのワークと共にとても応用できるものです。
前提として「相手の御霊(みたま)がくるとわかっていないときかない」と。
ワークを知らなくても 共感能力を活かして誰にでも独自に工夫できるものだと思います。
相手の言うこと 自分が言わせている
仲良くなるということ 磨き合い
家族か他者か向き合うことが待っている
反発しているもの かちあう(勝ち合う:勝敗の意味ではなくイヤサカ)ようにできている
(対象となる)鋳型に重なるとわかる
いかに一方的に 被害者意識でみているかがわかる
根っこにはプログラムがある それはただのデータ
そんなのに反応していたんだなーと気づく
幼少期の自分を呼び出し 何で自分を嫌いかを知ったり
未来の自分からメッセージをもらったり
(すべては)連動している
いもづるで連動して他の何かが解決していったりする
認める → 受け入れる けど選ばない
どんな人生やりたい?と選ぶだけ
自分の内に答えがある
問いかける そして手放す ながめている
通路になる
思う→おもう→おも=主→神のことでもある
「おも」=神が生まれるから「おも・う」です
神でないものを「おもう」とは言わない
古事記 歴史書ではなく予言書
アマテラスオオミカミ : 全宇宙を光で満たすという意識
岩戸にお隠れになった→内省のこと
スサノオ : 創る神様 決めたらさっさとやる
物理的な地球でストレートにやる
ここにいる限りスサノオ
イザナギ : 積極的に言いきって形を与えていく意識
イザナミ : 受け入れる 「よし!」
意識的に委ねている 委ねて待つ
思兼神 : 天照が内省を始めたとき働いた
踊った方がいいとアイデアをだした
思いを兼ねる
たくさんの人のことを思う大事な神
まだまだたくさんありますが、いずれ古事記の新(真?)解釈として本になると思われます。
すべてよしっ!
いま 目の前のことだけを受け入れると 過去も未来も変わる!
「一隅を照らす これすなわち国宝なり」〜最澄〜
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言葉 ← 中立にとるとスゴいことを言っていることを知る
(知り合いの方が骨折した話から) 骨折 → 骨をおるのが好き 苦労性
苦労 しんどいのはエネルギーの無駄
起きている現象は内面が関係している
頭はきちがい きちがい←中立に言葉を捉えると ‘気’が違う
いやさか(弥栄)の気じゃない気
いのちとは真逆の気
(いのちの気←おもしろい 軽い わくわく)
頭を主導にしていると ‘気違い’
気違いと気づいていないのがきちがい
本質の自分じゃないと 分別する
分けるだけでいい! 自分のじゃない!と
あるチャネリングについて
違うなぁ 現実から離れていると感じた
(情報発信元が)肉体を体験していないとわからない
その人の(チャネラーの)ブロック経由で話している
全体意識じゃないのを感じた
怖れを持っている
自分の使命は いやさかに誠を尽くす(だけ)
決まったことがあるわけじゃない
いま目の前のこと!
「あなたのために」というのは 憐み
尊敬はしても 崇拝はしない 崇めたてない
先生、○○、ネーミングで判断しない
気が違うから(たとえお世話になった方でも気が違うと感じたら)縁を切る
横並びになる 人のことをいのる
人の価値観を捨てる
身体がよろこべないんだったら 人のもの
‘情’を捨てる 情がらみは根源の私たちじゃない
すべてがよろこび
いまを満ち足りることが基本
すべての失敗は 根の国の大切な肥料
今までの自分のすべてに (小さい時からの自分に順番に)
「よしっ!」と言ってあげること
すべてOKを意図的にやってあげる
毎日やる ウラを大事にする
無意識にほとんど否定している
意図的に 「よしっ」をやる
癖として 自他共にバッシングしているので
そういう自分も「よしっ」と言ってあげる
「空」の物質化したもの=肉体=動く‘空’
肉体を生みだし続けている
最強の空の物質化が肉体 すべてを知っている‘空’
身体は賢い 身体全体が叡智(プログラム入っていないのが前提、と言ったような)
身体 原点 ビッグバン 自分の身体を信頼する
身体の欲望と頭の欲望は全く違う しあわせが違う
純粋肉体 何でも知っている 身体はサインを送ってくるから
身体とコミュニケーション
思考を採用すると 身体のトーンが落ちる
不自然なもの
光の柱 ビッグバン起こした肉体そのもの 光のかたまり
つながりっぱなしになると流れる
ビッグバンのパワフルな光 柱を自覚する
全体のために我活かす(生かす)
意識の働きに 神々の名をつけた
和魂(にぎみたま) 命いっぱい あっぱれ ハツラツ 皆で楽しくが根源
和魂 荒魂 二つで一つ
いのち輝かそうという方から入った方がラク
みそぎ 十二単を脱いでいくように みそいでいくと本質になる
なろうとしない
いまここのことだけ考えればいい
ゼロ(文無し)を憎まない
咎めて変えようとするのはみそぎじゃない
咎めず 意宣りなおし
二極は 同じことのウラ表 真逆ではない
どっちかを嫌がると 両方ダメになる
二極は同じ
(二極の片方を否定したり、嫌っていたのでは 望む方も消し去ってしまうということですね)
貧困⇔豊か それでよしと出直し
なくなったらなくなったでどこかに貢献している
今のなくなった自分 よし!とする
特定の人の思うツボ
必要あれば回ってきます
全部身体が引き寄せる(頭が邪魔しなければ)
ボディはすごい!
意識が柔らかいと 身体のエネルギーを循環させる 若くいられる
すべてよし!と言ってあげ 満ち足りていることが先 大事
まずやってみる
一つひとつ 自分のよろこびに従っていくと エネルギーが上がりつながっていく
身体に従うと十分満ち足りる
時間があるのも豊かさ
そのエネルギーが‘いやさか’につながる
みんな違っていないと‘和’じゃない
今あるものをしっかり味わう そうすると飽きる
内側の枯渇感で欲しがっていないか
身体の欲求に従ってあげる
その時出てくる「あーだ こーだ」は自分じゃないと分別するだけでいい
維新 ← 根本に返るという意味 改革ではない
いやさかでないものが壊れるのが維新
革命はいやさかではない
(↑メモには革命と書いてありましたがイマイチ定かではありませんm(__)m)
人間意識を嫌だと思わず 分別だけしていく
分けるだけ 効率のいいやり方
「あ 自分じゃないよね」と柱を自覚する
「我 光の柱なり」
中心が決まると 周りが整ってくる
身体で練習する 頭じゃ無理
身体が本当に欲していれば そこにある
頭で思っているのと違うから
ほとんどの人は 怖れというエネルギーを嫌がっている
嫌というエネルギーそのものが変なエネルギー
怖れは自分のじゃない
頭は勘違いする
意宣りなおし どうしたいの? どうなりたいの?だけ
不幸はない 頭で創らない限り
気づけた 脱ぐ 分別
100%よろこぶことしか実現しない
人のを取り入れると 混乱(三角形の人たちのプログラム)
どんないいことが起きるんだろう と起き
よしっ! で寝る
来るもの何でも楽しんじゃう これが豊か
咎めなかったら 受け入れているということ
自他共に責める 神である自分が否定すると何が起きるかやってみただけ
どちらかを否定しない
満ち足りきって次 何も心配せず今のことを楽しむ
柱を下ろして つながって 身体のよろこびに従う
‘イヤサカ’ (ヘブライ語) 意味より 言葉の音が発動する
以上、メモから大まかにはしょり掲載
意識の働きを象徴している日本の神々(神様も鋳型)についても惜しげもなく詳しくお話くださり
数々腑に落ちたことが…
それはまた機会がありましたら
和の国 改めて感動します
また ある本で気になっていたロス○○○○のお話も出てきてびっくり
ある国々に対しても
「私たちはあくまでも和魂(イヤサカ精神)を発揮し、最大の意宣りをして下さい」と
既に終了したセミナーのフォローということだけでも
manaさんの真摯さが伝わってきましたが、
でもそれは毎回お話やお人柄で感じていたこと…
今回は特にその正直さが心地よく しかも深く伝わってきて
高層ビルからの景色とともに
いろ〜んなことが確認できた なんとも言えないひとときに!
すべてOK!で思い出すローラちゃんのOKポーズ(笑)
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「あらゆる全て」を均一に受け入れている状態(イヤサカ状態)の意識を
「空」と呼んでいます。虚空です。
イヤサカ状態の意識である虚空は、無条件の愛そのものです。
全てを受容しているから、だから、満ち足りているわけです。
何かひとつでも受け入れられないなら、満ち足りることにはなりません。
満ち足りるとは、何でもかんでも全部OKしていることなのです!
これが、本来の原初の我々である意識の在りようなのです。
人間最後の観念 ⇒ 肉体は永遠
すべての死は自殺
身体は死なないようになっている
同じ身体でいける
内側満ち足りていないから外側を変えていく
自分を尊厳 愛する気持ち
中身が発動したときに輝く
内側が外側にあらわれたとき、美しい
内側に充電 エネルギーが高まること
それがアセンション 真ん中にいる
重要ポイントは今ここ
「我」を自覚 「我」を大事にする
他の人を構わない
心配の気ほど毒はない
相手のエネルギーを落とす
相手を尊重する
自分の内に答えがある
問いかけ、そして手放す
眺めている
夢は内側の情報をミックスしてみる
多次元の状態をみている
やり損ねたことをみていたりする
エネルギーの次元の差があるので夢を覚えられない
自分も変われば夢も変わる
素粒子が大きくなったものが現実
全部自分が創り出す 観察者
素粒子(情報)をみている
先祖供養は自分のため
楽しい現実起こること よろこぶことが
最大の供養
気持ちの問題 伝わる 思ってあげること
本当の願望 体験したいことを具体的に決め
それをやっちゃってる自分になる それで行動する
願望 夢の設定は1コ次のもの
全部整って何がしたいの?
内面的なこと
虚空には先にやっている鋳型がいる
なりきること 達人とつながる
ゴールを感じておく
DNA皆同じものを持っている
素晴らしい能力ONかOFFかだけ
自分が本当に歓喜するもの よろこぶもの
突き詰めると自力で選べない
それさえも全体意識から割りふられている
オーダーを出さなければ割りふりもない 宣言する
空(全体意識)は全部知っている
DNAは細胞の真ん中にある
DNAが開くということは通路になったということ
中から出てくる流れそのものを生きている
どうしたら?というのは過去を引きずっている状態
前のデータは消去する
いつも新しい自分でいる
何ひとつ自分でやっていない 決めるだけ
許可を下ろす
全部あることを知っておく
「持っている」ということを知ってしまうと出来る
最大の歓喜は静寂
止まったかのよう
至福 満ち足り感
許可レベルを上げていく
ゲーマーであり、プログラマー
全部自分が相手にやらせている
責任をとる
相手にぶつけるのは統合していない 責任をとっていない
被害者意識をやってみたかっただけ
感情ゲーム
根っこにはプログラムがある それはただのデータ
そんなのに反応していたんだなぁと気づく
ただのゲームだと思ったら離れられる
こういう自分じゃないとダメという特定の理想はいらない
統合できる自分になる
しようとすると努力がいる
統合しちゃった自分になる
今、目の前のことだけを受け入れると 過去も未来も変わる
Manaさんのブログから
↓
「イヤサカに誠を尽くします」
毎日、この意宣りを行なっていると、当初「頭」が思いこんでいた【意味あい】と 若干違うニュアンスがあったことに気付いてきます。
「頭」的には、額面どおり(辞書的に)、自他ともに経済的発展をするとか、才能を発揮するとか、
物理的な裕福さを意宣ることだと解釈してしまうのですが・・・・。
その意宣りには、もっと深みがあることが体感されてきます。 単語や言語には各自の「思い込み」があって、全員が同じ解釈にはならないかもしれないけれど、 それでも日々いのりの言葉を続けていくと、
うっすらと大切なニュアンスを【観じて】いくようになってきます。
「イヤサカに誠を尽くします」
この意宣りには、深い慈愛のようなもの、深い愛の本質を観じてくる気がするのです。 私なりに、その意宣りの言葉を別の表現であらわすと・・・・ 「全てのエネルギー、全てのいのちが、素直な状態でそこに存在することを祈り、 そして祝福する思い」というニュアンスです。
言いかえると、外なる状況や生命体の全て、内なる自分の状態の全て、 これらを受け入れていくことであり、そこに心地よく共に在ること。
これが「イヤサカに誠を尽くす」のニュアンスに思えてなりません。 自然に起こってくる外の状況、自然に起こってくる内なる感覚、それがどんなものであっても、
毎瞬毎瞬の全ての【いのち】や【エネルギー】であるわけだから、
そこに対して【ただ共に在る】こと、それがいのちへの感謝であり、祝福であり、敬意であり
、【誠を尽くす】ということではないかと思えます。
言い続けてきたから、真剣にいのってきたから、ジワ〜〜ンと分かってこれたのです。
あなたの全てにおいて、毎瞬において、誠を尽くし、ただ共に在って下さい。 怒るときは怒りと共に、悲しいなら悲しさと共に、落ち込むなら落ち込みと共に、 怠けるなら怠惰と共に、ただ共に在って下さい。
あらゆる全てを全面的に受け入れて、その状態をエンジョイし、そんな自分にときめいていくと、 自ずと無理なく静寂や至福やくつろぎが訪れます。
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