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コマとコマの間がゼロポイント
意識は‘ここ’にしかいません。
周りが動いているだけ
錯覚ゲームをしている
細胞の真ん中はゼロポイント エネルギーを拾うのは全身 第三の眼だけではない
細胞が目だし、耳 感覚意識
言葉に乗っかるエネルギーが大切 全身で聴く
感じる能力を怖れからではなく 安心からやる
第三の眼 言われているのと全く違う
細胞のなか、光の素粒子 目になっている
全身‘目’でできている
細胞全部がキャッチしている
全身で拾う
すべてが「気のせい」で起きている
意図があるからサポートできる
肉体は場所 空間に所属している
意識は 時間に所属している 移動できる 今ここに意識を持っている
時が重ねるもの 上に上に重ねていくのが時 流れていない
未来が後ろ 未来は垂直軸でいうと下 「あとで会おうね」と言う
唯一リアルな真実 事実 今ここだけ
ここがしっかりしていれば あとからついてくる
意識は今ここ100% 満ち足り 楽しく生きる
反応 出したら終わる
感情 エネルギーが終わったんだなと思う
小さいものは大きい所でも起きている
一日の中に一年分も入っている
どの断片を切っても入っている
‘学ぶ’というのは 真似るという言葉からきている
真似て わかって 知っていく
これから神意識で生きていく
意識を持って満ち足りていく 自分が自分に意図し満ち足りていく
ビックバンを起こす
いい悪いじゃなく 人間意識のままだとわからない
神意識になったとき はじめて「空」が割り振る
大河の流れに入ると勝手にことが起きていく
素粒子の流れ 豊かな流れ 大河の渦ができる
ただ 決める
先に満ちた人しか本当は奉仕はできない
豊かな意識のところに流れる
形を満たしているエネルギーが何なのかが大事
弥栄のために使うため入ってくる
惜しいと思う人間意識を捨てる
段違いの自分がこれから出てくる
満ち足りただけではタラタラした人生になる
貢献しようという気持ち
やれる範囲でやる
鏡の自分から見られてください
和が出来る
こちら側に来るエネルギーをシャットアウトしていることに気づく
エネルギーの循環を 見られている 愛を感じる
愛されているということ 受け取るということを意図的にする
すべてOKになったとき 願望が発動してくる
バランス的に 休みがちの人はアクションすることが休憩になる
寝る前は 愛され感覚 満ち足りる
朝は やるぞ〜と放出
家族の悩み 自分のために演じている 自分の怖れ
憎んでいるものは何なのか? そこを感謝をもってやってみる
価値観 ものさしはプログラム 無意識に使っている
思考は限定をかけられた情報
貧困になる 運気が下がる 思考ONにしない
思考は誰かのもの とにかく自分のではない スルーさせる
すべてがチャネリング
思考という言葉の羅列をチャネリングしている
意識が身体をこよなく愛している
すべてのコを平等に愛してあげるとひとつになる
受け入れるのが‘愛’
全部なかに帰ってくる 充電される 充実する→統合 融合
バカな自分、貧困な形、… 土台をありがたがる。
‘根’は‘ルーツ’のことであり、土台のことでもあり、
両親や先祖のことでもあります。
体験の一つひとつが「時」と呼んでいる。
認識の惰性がカルマ、被害者のまんまがカルマ、慣性の法則
愛の習慣がダルマ
自然の流れ→身体の流れ
自分の意識がそっぽ向いている人は腰・首などに…
自分が罪悪感を持っていると周りが責める
大黒様 使わないものは背負っていない
袋の中身は内なる宝を背負っている 「空」そのもの
物理的なものではない
私に才能がないというと内の素粒子が消える
アセンション 舞い上り それは内側に向かうこと
その2 でした。つづく(たぶんw)
その1
内側にて【決める】という習慣を創って下さい。
しっかりと「決める習慣」が今まで無かっただけですから、クセにして下さい。 「何となく決める」くらいではダメです。 それでは「何となく」が人生の基盤になってしまうからです。
内側における明確な意思決定によって、 あなたはグランディングし、変化が起こりやすくなってきます。
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空(くう)/深・古事記
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意図する 満ち足りていることが先 そして体験が起こる
豊かさは 素粒子の数と比例する
数が多いとき 粒々にはじけているとき
それは 思考を使っていないとき
本音の言葉で素粒子が動く
頭、マインドの役割は選ぶだけ
思考は制限された情報しかとれない 大脳皮質
小脳 活性化しないと腑に落ちない
小脳でわかるというのは感じること
素粒子の性質 豊かさと愛でしかない
「足りない」「ない」というだけで(言葉だけじゃなく)、素粒子は減るようです。
狭い領域での願望は 本質の望みではなかったりする
私の本質は これが欲しかったんだと 後からわかることがある
(いろいろな方のお話から : たとえばこれが欲しいと思って手に入れても、
あれ??熱がさめてる??本当にこれが欲しかったのかな??どうでもいいかも??
なんて思ってしまうことがしばしば。欲していて、あ〜買えるお金があったら…と
思っていたのに、いざお金があると、欲していない自分に気がついたり。
あなたの本当に欲しいものは何ですか?
という、しつこいくらいの問いかけも、‘愛’から発せられているのがわかります)
満ち足り感を感じたい
満ち足りるという体験をしたいだけ
(何々がないと感じられないのでは?という錯覚にも気づくようです)
お金は 満足と感謝の象徴
現実の現という字は(うつし)と読む
肉眼でみているのは ‘うつし’の世界
悩みというのは過去にしか起きない。そのことになぜ悩むのか。
そこに価値観がある。
悩みは感情から生じている
感情が湧くということは まだそこに思いこみがある
全部 価値が一緒
自分の本質ではないもの 見たくないから努力する
落ちこんでいい 5倍していい ○○していい! と受け入れてしまう
抑えるから相手にぶつけてしまう
どんどん自分が受け入れてあげる
私たちの本質は聴く側
人間ではない 馴染んでいるが 思考が制限している
感性で選んでいく
思考 思っているんではなくてつかまえているだけ
染みついているクセを変える
出来事が変わるのが21分後
(メモには残されていませんでしたが、確か半身浴で汗が出始めるのも21分後と言ってたような…)
今までは何かが起きてから感じていた
何かを感じていたからそのようになる
思ったとおりになる
なっちゃった自分になる
決めると起こる いきなりゴールに行けばいい
プロセスを経てゴールではない
ゴールの中にプロセスがある そういうパッケージになっている
とにかく行くんだとワクワクしている 「そうする」と決めるだけ 後はゆだねる
手を合わせるべきものは 先祖供養 傷 怨念 罪悪感 残虐者に対する否定感
認める 全部同じ価値
横入りする人 隠れた闇をやってくれる人
イライラを見ないでいると 宇宙というのは風穴をみつけて表現する
あ〜抑えていたんだと見てあげる
価値判断しているものを見ているだけ
虚空に戻らないでいるものは帰りたがっている
(ここのところ、なぜか‘ブラックホール’に縁があります。
「帰りたがっている」わかりやすい例えとして、よく‘はやぶさ’が使われていました。
サンプルを取るのが今まで。満ち足りていないものは皆サンプル、と。)
余談ですがw MONKEY MAJIKの歌にも 『Black Hole』 あります...
そうする!というラブコール 他のプロセスは任せる サプライズで来る
どこまでいっても信頼 そのシステムに対する信仰&信頼
フォーカス 選択することだけが我々の仕事
意図は出す
思考はストーンと腹に落とす
思考は 土台が怖れ 恐れ
感情が湧いてくるものは一緒にそばにいてあげる 聴いてあげる
ミクロのレベルで満ち足りて ミクロのレベルで所有する
ミクロがマクロ化したのが現実化
それらしくふるまう 何もせず満ち足りる方法
(概念ではない 瞑想状態を思いだします)
枯渇感には枯渇感が答える
意識の分離があると 現実に分離を起こしている
いやさかに誠を尽くすということからズレなければうまくいく
(但し、自分を無意識に嫌っていたり、受け入れてない部分があると、
いくら弥栄を宣言したところで・・・のようです)
最高レベルのよろこびを表現していく
大盤振る舞いをする
世界のすべてのものを所有する
たくさんのものから愛されていることを感じる
あとは自分への許可だけ
(強力な許可はエネルギーレベルで起こすようにと。
MAXハッピーな状態。イメージ画像よりもそのエネルギーを感じることが大切だそうです)
どの鋳型にするか
どの意識で使うか
(人間意識のときと口でたとえば「我は神なり」を宣言したときでは、筋反射テストで
明らかな違いがでます。誰々の鋳型を使うと宣言したときも、身体が反応します)
文句が出たら 「一瞬 統合!」「いやさかで生きようね」と
光の柱を下ろす 神柱
真ん中を太くする 柱を太くする 生命力と比例する
好きでも嫌いでも自分
自分にひどいことをしている
我が物じゃない 最大限に発揮できるように 何でもやってあげよう
すべての出来事は自分がさせている
あらゆる慈しみと乾杯を送る 自分にブラボー!する
やらせておきながら 受け入れていないと それは失礼になる
受け入れはじめると エネルギーが戻ってくる パワフルになってくる
私たちは透明なDVD(空) DVDはDVDを見れない 外に放映するしかない
私たちは通常速度で見ている そのため肉体をいただいている
ハイヤーセルフは早送り状態 高次の意識はスピーディ
あらゆるバージョンをDVDの内側に持っている
選択を変えない限り 続きを見ている
感情を味わうため このスピードになっている
速いスピードでやっている自分もいる
感情で教える 意識を変えるだけ
ゼロ点が自分 虚空
たった一つの光の素粒子
たった一つの点にたたみこまれている
不動の部分を二つに分けて動く部分を創った
ゼロポイントが素粒子を生みだす
私たちはうまれていない意識です
(先日紹介したユーミンと森本さんの番組。最後に黒い点だけが残ったとき、これが浮かんできました)
すべてオンかオフで持っている
何かを否定するとオフになる
楽しい所にいけばいい 意識の活性化 そこに行ってから開く
一旦ゼロになる 一度虚空に撤収 ゼロにして再び方向を変える
怖れで構築したものは壊れる
(人生の‘引き算’もここに入るわけですね。
しかも憶えておきたいのは「豊かなものが構築されているから古いものが壊れる」ということ)
人間意識は被害者意識 隠れた加害者
自分を責めると被害者になる
被害者感情 相手にさせている 自分の許可なしに起こりえない
気の毒に思うことは相手をさげすんでいること
冥福し 弥栄をいのる 死は自分が許可している
(死については、『神へ帰る』で詳しく記載されています)
何の理由もなく 自分は凄いんだと思うこと
お金の収支 全部バラバラの出来事
無理やり合わせているのがマインド
すべての限界を手放す
もののエネルギーに慣れる 受け取り手がそのエネルギーに慣れ親しんでやる
全部自分のものだったら 何を手元に置きたいか
どれがワクワクするか?という選び方になる その選択肢で選ぶ
その方が応援が多い
早いか遅いかだけで 誰もがその意識に向かう 「自他共に栄える」
100%やってみようと決めるとなる
柱を下ろす
セミナー中にひいたカードから : 高い次元の視点と本当の意味の謙遜
宇宙の観点からの愛や力・偉大さを感じ取り、
パーソナルな自己とは宇宙の大きな存在の一つであると気づくと
宇宙は自分のサポートなしには存在せず、自分は宇宙のサポートなしには存在しないことがわかる。
これこそが本当の意味での謙遜の精神である。
以前アップしたものとダブるかもしれませんが
走り書きしたメモからまとめてみました。自分のために
長くなるので今回はそのⅠとして。
アドバンスコースは、そのとき受けとった旬なモノを即座にお話くださいますし、
そのグループのエネルギーによっても異なってくるかと思いますので
次回出席されるとしても、内容はまた新たなモノになっているかもしれません。
本気になる 決意する いい機会のようです。
といってもこの頃頻繁に感じることなのですが、
こういったことを特に学んでいなくても
よろこびと共に‘調和’を生きている人たち、多いですね
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あまりコンプレックスがなく、
自分は自分でよいのだと認めることができ、
自分自身に尊厳を認めることができている状態の人が、
お金も物も状況も循環させて繁栄させていくことができる、
これが真の豊かさです。
『多くの人が願いを叶えたいと思っているが、その根底に一体何があると思う?
まず、「叶えたい!」と思っていることそのものが、
実は願いを叶えなくしていると思わないか?
ここなんだよ!一番わかってほしいところ!
「叶えたい!」って口にするけど、その根底にあるのは
‘今は叶っていない’という認識だからね。
たった今そのように認識していること、
たった今自分がそうだと意識していること、
そのことと目に見える現実化は実は“同時進行”だからね。
“今”という瞬間しか存在しない。
その“今”において本気で決めたら、
あとは宇宙に“ゆだねる”プロセス時間が必要なんだ。
それなのに、また次の“今”において、
「○○したい(“今”してないから)」
「○○ほしい(“今”はないという意識)」と思って口にする。
さっきの“今”において、せっかく決めたのに。
また、“今この瞬間”に「“今”していない」ということに意識を強く向けちゃうんだなぁ。
“今”という事実への認識があと一歩なんだ』
基本的に、「ついさっきの今」と「たった今」と「次なる今」は、
完全独立した瞬間であり、個別の時空間なのです。
毎瞬毎瞬が二度とないオリジナルな「今」なのです。
その唯一無二の「たった今」をよく知って楽しむことだけが、
あなたの本当の願望なのです。
楽しい次なる事柄という現象は、「たった今」を楽しんでいることでしか情報ONしません。
繁栄が信じられなくて疑う。あるいは繁栄が怖い。
不信感があって疑う。そして人生が怖くなる。
自分への根本的な罪悪感があって、繁栄することが怖くなる。
そのような疑いと恐怖はどこから生まれてくるのでしょう?
過去の情報、過去の体験をもとにした判断から。
その過去の感情の記録に執着し続ける限り、疑いと恐怖から抜けることはできません。
では、一体どうすれば・・・?
今この瞬間には、実にたくさんの「あなたの過去」も並行現実として存在しています。
自分を疑ってばかりいた体験をした「あなた」もいれば、
自分を一度も疑ったことのない「あなた」も存在しているのです。
そうであるなら、
“一度も自分を疑ったことのないあなた”にシフトすればいいのです。
幻想でも何でもなく、
ちゃんと別次元にありありと生きて存在していますから。
“最高レベルの豊かな自分”を、今この瞬間に意識してください。
今そのようにあなたが意識し、今そのように予期することで、
急速にバイブレーションが変わっていきます。
その並行現実へワープ・シフトして、そこを意識してください。
「そういう自分なら?」と予期して意識します。
考えるのではありません!
意識して初めて、本気でそういう自分を選んだことになるからです。
もうすでに、そういうことをしてしまった自分を普通に意識する、
ただそれだけです。
身体の意識のクセを変えるのです。
その新たな身体バイブレーションに慣れていくにつれ、
現実もそのように“成れて”いきます。
現実とは、今この瞬間にあなたが意識しているバイブレーションのとおりに起こるのです。
すでにそれを実現し、手に入れている自分を明確に“ハラ”で決めて意識するのです。
“今”そのように意識してください。
「達成した自分」(並行現実の自分)をキャッチする。
そこに一体化してシンクロする!
バイブレーションをシンクロさせるのです。
これが現実化です。
そういう自分に、まず、なりきってしまう。
「すでに達成した!」と明るく大喜びすること!
(先日、雲 黒斎さんが、「今また再度『シークレット』のDVDが売れているそうです」とお話されていました。
いろんなことを知って再度観るといいのかもしれませんね…と、全く同感です)
本来(=並行現実)の「すでに達成した自分」となって、
いま目の前にあることを受け入れて行動しましょう!
実は、人間の生命力って一瞬で切り替えることができるのです。
もっとズッと先だろうと想像している人生に、一瞬で切り替えることが可能なのです。
ものすごくすっ飛ばしていくことができるのです。
そのように最もカンタンに切り替えられるのは、
笑って、喜んで、ノーテンキで、エネルギッシュな、最もパワー全開なときなのです!
笑って、喜んで、前祝いする・・・
このような一瞬にして自分のバイブレーションを変化させる方法を使わない手はありません。
ぜひ日常で体感して、クセにしていってください。
もうそうなってしまった自分なら、どんなことを口にするのか?
どんな振る舞いになるのか?
もうそうなっている自分を意識して、そのエネルギーに同一化していってください。
意識し自覚すると、そのためのDNAがスグにONになり。
そのままバイブレーションが放出されて具現化されていきます。
あなたの細胞の中心からその時空間が開き始めます。
波動の3D放映が開始されます。
あなたがバイブレーションとして体験したいことだけが大切なのです。
そのバイブレーションになりきってください。
DO IT!
さらなる喜びを予期しながら、「今ここ」のすべてを祝福してください!
「今ここ」のあらゆるすべてにおいて、
あなたは全身全霊でMAXの可能性を具現化すると意図し、
その創造の喜びを放出していってください!
感じ尽くしていってください!
望ましい現実が成就したときの“周波数”を明確に感じて、
意識し続けていくことです。
また、闇・自分の最低最悪の部分を受け入れることを忘れず…
あなたが「ほしい」と思わなければ何も得られません。
ここで気づいてもらいたい大切なことがあります。
ほしいというより“飢え過ぎ”ていませんか?
“飢え過ぎ”は、「今ここにはない!」という発想からの反動欲求です。
あなたは、飢え過ぎた状態で「〜がほしい!」と願っていませんか?
そういう異常にほしがる自分のハートをちゃんと正面きって見据える覚悟はありますか?
自分の中の“飢え過ぎ”を認める勇気はありますか?
ましてや、その部分に最高の“敬意”をはらうことはできますか?
いかにそこを嫌っていたか、侮辱し、見下し、無視し、適当にごまかしてきたかを、
ハートでよく感じてみてください。
純粋に堂々と「ほしい」と答えず、ほしがることに対して
うしろめたい気持ちだったのではないですか?
「むさぼってはいけない。強欲ではいけない。過剰にほしがってはいけない。・・・」
あらゆるものに対して飢えてほしがってくれた部分がいてくれたこそ、
今日まで肉体を存続させてくることができたのですし、
手に入れることができたものがたくさんあったはず。
“飢え過ぎ”に対して“敬意”を払うと(受け入れ、感謝すると)、
その飢え過ぎた獣が豊穣の神に変容していきます!
空くう 天翔ける歓喜の弥栄
素晴らしい画像と共に日本語訳が。今だからわかる歌詞かも
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「いま」自分にしっくりくるもの
知りたいと思うもの
わくわくするもの
心が動くものを意識してきたけれど
これだ!と思っても
いつのまにか
あれ?何か違うかも
楽しかったけど
とても役に立ってくれたけど
もう卒業かな
そんなくりかえし
それがオリジナルにつながるのかも
『空くう 天翔ける歓喜の弥栄』
あちこちとセミナーや講演会やワークに参加する人の中に、
「正しさ」「最高の内容」を探す方がおられます。
でも「正しさ」と「叡智の追究」は似て非なるものです。
気づきの段階があるだけで、
どれが最高ということでも
どれが最低ということでもありません。
どういう思考・信念・概念なのかが大切なのではなくて、
その考えが「あなた」が気に入る“バイブレーション”なのかどうかだけです。
なるほど…
ワンネスとは「調和」「和合」という意味です。弥栄なのです。
たくさん違ったものがあるから、補いあえるし、サポートしあえるし、
全体バランスが整うのです。
人の数だけ好みがあってよいのですから、
あなたは「あなた」であってください。
そうでなければワンネスではないのです。
あなたはあなたを生きるために肉体をもらったのであって、
他者の概念を生きるために生きているわけではありません。
宇宙に同じものは不要だからです。
「あなた」が喜べるバイブレーションなのかどうかです。
あなたは「あなたの地球と宇宙」を創ってください。
フィーリングやバイブレーションを大切に追究する生き方へと
チェンジしてみてください。
思考はエネルギーのロスであり、
「意」はエネルギーの内部充電になっていきます。
「意」は選択して決意したことです。
思考(=情報)の中から自由に好きなものを選ぶことが「意」です。
だから、「意」は思考を超越しているのです。
「意」は決意することであり、ハラをくくること。
ハラからの「意」で、すべてのエネルギーが動くのです。
ハートからではまだ動きません。
意宣り直しをして、好ましい結果が出る前に、
それでも相変わらず「イヤだ、嫌いだ!」が出てきたら、
もしかしたら、
あなたはまだ「イヤだ、嫌いだ!」という体験をしたエゴを
愛して祝ってあげていないのかもしれません。
呼吸とともにハートに吸い込んでいってあげてください。
そのイヤだ!に敬意を表して、受け入れながら慈しんであげてください。
好ましくない体験にも祝福を送ってあげてください。
そして、愛ある意宣り直しをしてください。
最高の意宣りである、「共に栄えようね」を日々まごころをこめて宣言していくと、
あなたの肉体という柱に、最高の喜びの気が降りるようになっていきます。
選択、宣言、決める、意識する、人生は100%「意」だけで充分。
それ以外はしなくていい。
あとは宇宙が行うから、まかせておけばいいのです。
空くう 天翔ける歓喜の弥栄 / 現実化
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言葉とは、「言の葉」です。
言の葉を成しとげていくことが「葉成す」です。 ことばのとおりに成すことが「葉成す」(話す)です。 あなたが成さぬなら、それは「葉成し」になりません。 話にならない!とはこのことです!!
いのりは、“意”を宣言することで、【意宣り】と書きますが、
自分自身がどういう“意”(意識状態)であるのかを宣言することです。
もともと、私たちが思っている「しあわせ」は、「幸」という字が語源ではないのです。
「幸」は、手枷(てかせ)のような手錠のような物の形のことでした。 罪人が、手枷だけで済むような軽い刑罰だった場合、 「そりゃ、思いがけない幸いだった」という意味あいで使うものでした。
では、私たちが思う「しあわせ」は、どういう字になるのか? それは、本来【仕え合う(=奉仕しあう)】と書いて、【仕合わせ】という文字になるのです。 たのしい
手が伸びるから「手伸し(たのし)」⇒「楽しい」エネルギーなのです!
(これも、ちゃんとした「やまとことば」です)
「頭」という言葉について。
「あたま」とは、【「あ」の「玉」】という意味で、 漢字にすると「天(あ)」の「玉」とか、「愛(あ)」の「玉」になります。
つまり、本来「頭」とは、天そのものが玉になっていることを表しているのです。 天それ自体が玉になっている頭、 そして、あなたは普段その中にどんな言葉を響かせているのでしょうか?
「ありがたい」(ありがとうの語源)。
通常は、「有り難いこと(あまり起こらないこと)」から来ている言葉という説明かもしれませんが、 「あ・りがたい」が本質的な意味のようです。
「あ・たま」と同じで、「あ・りがたい」なのです。
「あ」は「天」とか「愛」で、「り」は「離」です。 要するに「天・離がたい」「愛・離がたい」なのです。 「天や愛は、いつも離れがたく存在している」なのです。 絶対、こちらのほうが本質的だと身体感覚が教えてくれます。 よく辛抱しなさい!、辛抱が足りない!という言葉を聞きますが、
原初の意味は、
しんぼう、つまり心棒、つまり神棒なのです!
肉体が人の柱になっているだけで、
神の柱になっていない、神なる柱が足りませんよ!という意味だったのです。
‘けがれ’という言葉も汚れのことではありません。
‘気枯れ’のことなのです。
「奴隷のように汗水たらして働かなくていい」
本当の意味は、‘奴隷の意識で’汗水たらして働かなくていいということ。
‘神の意識で’汗水たらして働きましょうという意味です。
神は、全体に奉仕する意識の性質。
奴隷は、トップに君臨したがる意識の性質。
カタチの中における意識のありようが決め手だということです。
真面目という言葉も、もともとは、
真の面(つら)と真の目ということで、すなわち、イキイキしている面と目のことだったのです。
「心配」の語源についてメッセージ
「【心配】とは、人間が信じている意味の心配ではない」と。
「【心を配る】ことが心配の意味だ」と。
心を配る、つまり、意識を配る、意識を向けるということです。
あなたは【何に】対して心を向けていますか?
【何に】対して心を配っていますか?
「私はイヤです!」というのは
「私はイヤサカです!」という意味の宣言だったのです!
大切にする・・・
モノを大切にする。自分自身や自分の肉体を大切にする。
こういう言葉を聞くとき、どんなイメージが湧きますか?
それは、扱いを丁寧にするとか、むやみに使いすぎないようにするとか、
そういうイメージがありませんか?
でも、大切にするということは、もっと深い意味があります。
それは【充分に活用する】ということなのです。
モノを大切にするとは、そのモノを充分に活用して生かしきるという意味です。
その個性あるイノチ(=働き)を、充分に発揮させてあげることです。
肉体も、神の器として充分に活用しきることが、それを大切にするということです。
身の回りのモノが、もう今の自分にシックリこなくなったら、それは活用してあげられないので、
もっと活用してくれる人に譲るか、リサイクルする時です。
お金も、活用してあげることが、大切にするということです。
本来のお役目を発揮させてあげられないなら、大切にしているとは言えないのです。
〜manaさんのブログ〜
人柱としての肉体でしかない場合、そのうち生命エネルギーが消耗してしまいます。
人柱の肉体ではなく、イヤサカに奉仕する神なる柱としての肉体であれば、
素粒子エネルギーがドンドンあふれ出てきて、イキイキするし、ときめく気持ちが続き、
すばらしい体験をしていくことになるでしょう。
〜『空 豊穣の狩人』〜
あらゆることを恐るるなかれ!
あらゆることを恨むなかれ!憎むなかれ! それでも、それらが湧いてきたなら祝うべし! テレビのニュースも、ギリシャやスペインの「表向きの危機」(じつは「裏では喜々」)も、 「あなた」の観察の場とは何も関係がない!
本当に各自の「のぞき穴」が違うのだ。 〜ブログ〜
のぞき穴とは
肉眼で見ている現実の空間の全部が
「あなたの鋳型のエネルギーそのもの」ということになります。
私たちの集合意識によって開かれた多次元空間に、
あなたという個人の意識が「のぞき穴」を開いて、
そこへあなた個人の「モノ空間」を放映、投入していくのです。映像を押し出していくのです。
「のぞき穴」のことを英語でpeep holeと言います。
これは「「人」(ピープル)のことを指しています。
〜『空 豊穣の狩人』〜
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