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今、自分を愛するとは?を追及しているのかもしれません。(笑)
ちょっとこの角度からみてもいいかもしれないと思ったトニー・スタッブスさんの著書から
三大神話のひとつとして「愛の神話」のお話を。
また
【そもそも現行の言語(日本語、英語等)で多次元概念を表現できるという
あなたがたの認識自体がとんでもないことなのです】
というように、言葉尻を捉えるのではなく、
言葉による表現(意見)を解釈することは、自己の信念体系を通していること、
いわば自己流のアレンジであることを認識しておくことは言うまでもありません。
↑‘アセンション’という言葉はもう意識しなくてもいいような…
【愛の一大神話は、人やもの、あるいは自分自身ですら「愛する」ことができるというものです。
愛することは誰にもできません!
自分自身にしろ、他のだれにせよ、「愛する」ことなどできないのです。
なぜなら、愛とは「する」ものではなく、「許す」ものだからです。】
【この宇宙を構築するエネルギーには、ある特性が吹きこまれています。
それは存在の喜びと、すべてのものの存在権の受容、
そしてその権利を享受するすべてに表わされる歓喜です。
あらゆるものは根源から生まれ、自らの神性を体験し表現するという神聖な権利を持っています。
また他者の表現を楽しむ権利も持っています。
なぜなら、別々であるかのようにうまく見せかけているけれども、
あらゆるものが本当は一つだからです。】
【自分自身や他者にこうした喜びや楽しさの表出を許すというのは、
すばらしい体験であり、それこそが私の呼ぶ「愛」なのです。】
【しかしながら、喜びも楽しさもあなたがすることはできません。
他の感情と同じように、あなたにできるのはただ、
それがあなたの内側に広がってゆくのを許すことだけです。】
【しかもこの感情はものや人が実際に行なったことによるものではなく、
そうした他の存在の内なる神性を知り、それを体験することに基づいています。
たとえば、あなたの知り合いが不愉快そうにしているとすれば、あなたにはピンとこなくとも、
その人はそうやって自らの神性を表現しているのです。】
【このように愛は、あなたがすることではありません。
それはあなたの内に、まわりに、たえず流れている特定周波数のエネルギーに対する反応なのです。】
【微妙なこの愛のエネルギーに対するあなたの感覚を鈍らせるものは、たくさんあります。
恐怖は、もちろんあなたにそれを感じ取らせないようにするだろうし、
かすかな感覚すらゆがめてしまうでしょう。
恐怖は愛の反対ではありません。
それは守りに徹する門番であり、あなたのフィールド内の高い周波数を
ひたすらあなたに感じ取らせまいとします。
しかも、恐怖というのは、
あなたの信念体系または現実についてのあなたの意見の中に閉じこめられていて、
現実それ自体とは無関係なのです。】
【愛は、自己につながり、そして広く宇宙につながるエネルギーを感じ取れるようにします。
そしてそれは、あなたや他者の権利を認めるところから始まります。
この受容が、自己と他者の特性、才能、根本的な善良さを正しく理解させるとともに、
それぞれの内側に喜びや魅力を築いていくのです。】
【ほとんどの人がそのフィールド内に持ち歩いている根深い恐怖のせいで、
恐怖と愛を見分けられなくなっています。
あなたがたが愛と呼ぶものは、実は注目と行為の作為的なやりとりにほかなりません。】
【愛はあなたの真の性質の中でくつろいでいます。
このエネルギーに対して自らを開いても、あなたは何も傷つきません。
確かに、恐怖から動く輩があなたをつらい目にあわせることもあるでしょう。
しかしながら、そのような行為はあなたに対してではなく、
あなたを通して見える何かに向けられたものだと見るようにつとめてください。
彼等は自分の恐怖から行動しているのであって、その行為はあなたとは無関係なのです。】
【だからどうか、より高い次元から、特にあなたのスピリットセルフから無限の愛を受ける者として、
自分自身を見てください。
自分自身を受け入れ、正しく理解して、
あなたであることを喜べるようになりなさい。
そうすればあなたの中に流れる「スピリット」の愛を感じられるようになります。】
【そして、愛は特定のだれかに向ける必要のないものであることも、覚えておきましょう。
それは自らを愛する根源そのものなのです。
一度でも内側に流れるこのエネルギーを感じ取ることを自分自身に許せば、
その流れが増して、あなたのフィールドからまわりのあらゆる人々に向かって
それが流れ出していくことに気づくでしょう。
そしていつの日かダムが決壊して、あらゆる人、あらゆるものへの無条件の愛が
あなたのフィールドに満ちあふれることでしょう。
あらゆるものが「神の素材」でつくられているのだとしたら、
愛もまたそうなのです。】
【彼等の気まぐれなパーソナリティに抵抗しようとしてはいけません。
そうすると彼らはますますひどくなっていくだけです。
ひたすらあなたのハートチャクラを開いて、あなたのフィールド内の愛のエネルギーを感じ取りなさい。
あなたがハートチャクラを開けば、
他の人たちも必死に頑張らなければチャクラを閉ざしていられなくなるのです。
そして、この単純なトリックを試す機会を与えてくれたことを、彼等に感謝しましょう。】
【それからもう一つ、あなたが「最後に落ちがある」ことさえ忘れなければ、
宇宙のジョークがそのどこかに潜んでいることも覚えておいてください!】
この著書からの抜粋は以前のブログにも多々あり…
【愛とは「する」ものではなく、「ゆるす」もの】という一節は
ジェラルド・G・ジャンポルスキーさんの著書を思い出します
間違いを許すというだけの意味ではなく、より拡大されたゆるし、表現されているものを中立に流してあげること、
さからわないこと、ゆだねること、あるがまま…
様々なヒントが溢れていますがすべてつながっていくようです。
カラヴァッジョの『ナルキッソス』
最近ある旅の本と出合い、
その出合い方といい、内容といい、あまりにもドンピシャで感動していたところ(笑)
あくまで個人的なことですが、近々また…
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いろいろな本
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「阿雲の呼吸」
意外ですが、‘瞑想’を語るのは初めて、と。
メモの中から主な要点を幾つかまとめてみました。
瞑想とは?
本来の自分にかえる
チューニング
土壌つくり
迎えを受けているのに拒んでいる状態
向かう必要はない 拒むのをやめる
自分がやろうとするのではない
瞑想、彼方から訪れてくるのが瞑想
自分で出来ないと放り出したとき そこに瞑想がある
行ないを結び付けてしまうが
自分がなくなったもの
行ないとして見える だから続かない
幾つかのアプローチがある
とことんやってあきらめる方法など
フルフィルメント瞑想について ← とにかく早い(手っ取り早い)
(黒斎さんのおかげで聞きたかったボブ・フィックスさんのマントラとマイケル・ハマーさんの曲が
阿部さんはお二人の生演奏会も計画中とか。今回の瞑想においても集団のパワーを実感)
マントラの波動にのせる
マントラは言葉ではない 量子波 波
万物はマントラによって形成されている
よみがえらせることが伝授の時間
量子波をだす
量子場→空くう
マントラで‘空’にかえる
‘空’の中で変化が起きる
瞑想しよう!としてしまうが 行為ではない
期待しないこと
ただひたすらリラックスすること
自分以外のものから守るため緊張している
心をひらく 100%信頼 これが瞑想
実は常に二通りの世界が流れている
通常の状態と静寂で安心している空
海面から海底に潜っていくこと
波の運動状態が現象
海そのものというのが瞑想
自分だと思っているのは波
思考への判断は瞑想の妨げになる
思考そのものは邪魔にはならない
姿勢も関係ない
寝るというのは瞑想に近い
瞑想と睡眠の違いは自覚の状態
瞑想→意識的な眠り
深い眠りは5分か10分←「空」の源に帰る
エネルギー補給している
本当に養っているエネルギーがある
意図的に瞑想するとそこへ行ける
瞑想の間 エネルギーをいただける
歪みを整えてくれる 体調もよくなる お肌がつるつるになる
変わっていっていると実感を得ると面白くなっていく
瞑想中の雑念思考は 通常の思考とは違う
睡眠中の夢と同じようなもの
カルマの発散 解放している
ハッと気づくのは瞑想中ではなく 日常の中で起こる
ドラマチックな変化が起こる
瞑想定着 国規模で行なうようになったら
犯罪も減り 医療に頼ることも減ってくると思う
話すことではなく実践するもの
リラックス時間をもたらそうということだけ
瞑想とは 自我の死
自我は物事を悪化させる
個人的な命は存在しない
死という現象はない
死は概念だけ
生まれていないから死ねない
じゃ何が宿ったか? それはカルマ 記憶エネルギー
(黒斎さん、シャボン玉と煙を使って実演.。o○)
脳死は人間の死じゃない チューナーが壊れた状態
死の怖れは 他すべての怖れの大元かもしれない
死を見た人はいない だから死はない
(死体を見たことはある イコール死ではない)
宇宙の誕生も‘いま’
今しかないから ‘いま’起きている
記憶があるのでいろいろ持ち出すが 思考の幻想
ずーっと‘いま’しかない
寝て起きて明日になっていたことはない
いつも「いま」 ‘いま’以外存在しない
今回の人生(ゲーム)では これをクリアしたいなとやってくる
クリアできるか遊んでいる
試練と思ったらのしかかってくる
娯楽だと思ったら 立ち向かえる
どこにも向かわない
ただ遊んでいるだけ
単なる戯れ 神々の戯れ
目的がない
人生も意味はない
深刻さから離れてはじめて遊べる
事は起きていく
その瞬間 どういう衝動が起きてくるか それだけ
意志も含めて起きてくる
起こしている大いなる意識を信頼しておく
その瞬間に起きること
こうすればいいというのは 持ち運ぶべきじゃないということ
解消されてないデータを持ち込んできた
一人の前世ということじゃなく
私たちは 他人の尻拭いをしているとも
前世の記憶→前回のデータ
プレーヤーは一人
自分の中で一緒にいる
Music♪ Michael Hammer "Light Core Body"
雲 黒斎さんのツイートかブログか忘れましたが
「第一部は既に完売ですが、第二部に若干空きあり」
ということで二部のテーマをみると「瞑想」ではありませんか。
なんだかすべてがグッドタイミングで‘阿雲の呼吸’初参加という運びに。
そもそも‘阿吽の呼吸’
まさしくピッタリ当てはまる‘阿雲の呼吸’とは、よく思いついたものです。
言葉の操り方が巧みな黒斎さん
ブログでもそのワザに思わずウ、ウマイ!と思うことしばしば。
講演会でも存分に発揮されていました。
とにかく笑いのツボがどんぴしゃ(笑)、たまりません。
楽しいコンサートを終えた後のような後味でした
雲 黒斎さんのお話会&『あの世に聞いたこの世のしくみ』ブログ↓
以前ブログで「瞑想は悟りを迎え入れるための準備」とも表現されていました。
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自分のなかの闇を知りたいとき、
または、見つめなおしたいとき、
向き合いたい!と決意したとき、
何かのきっかけを与えてくれる本かもしれません。
もしかすると、逃げ出したくなる暗闇そのものを気づかせてくれるかも…。
↓野口嘉則さんの‘訳者のことば’より↓
【この本の非常に素晴らしいところの一つは、
智恵を行動に結びつけるための橋渡しとなるようなエクササイズが
豊富に用意されていることです。】
【このエクササイズの内容を見ると、
「知るだけで満足してほしくない。感銘を受けるだけで終わってほしくない。
実際に人生に変化を起こしていってほしい」という、著者の声が聞こえてくる気がします。】
【また、このエクササイズは、自分自身と向き合う貴重な時間をも提供してくれます。】
【さらに、この本には、自己受容のための智恵がたくさん紹介されています。
自己受容とは、自分をあるがままに受け入れることです。】
【自分を大切にできるようになって、はじめて他人ともいい関係を築けるようになるのです。】
【自分が感じている感情を大切にすることです。
悲しみや不安などの感情を、抑えたりごまかしたりするのではなくて、
「感じて味わう」ことが大切なのです。
自分が感じている感情を受け入れるということが、ありのままの自分を受け入れると
いうことにつながるからです。】
【自分らしさを犠牲にしてまで。他人に奉仕しないようにするのです。
自分の心の声を無視してまで、他人を喜ばせないようにするのです。
嫌なことは嫌だとはっきり相手に伝えて、
自分が自分らしく生きることができるスペースを、自分でしっかりと守るようにするのです。】
【この本の特長をもう一つだけ挙げておきたいと思いますが、
この本には、
人生に変化を起こすための勇気を目覚めさせてくれる話がたくさん載っています。
人生のプロセスを信頼する勇気、・・・・・、新しい生き方を始める勇気、・・・・・、
これらの勇気はもともと、あなたの中にあるものです。】
【この本は、最初から順を追って読んでいってもいいし、もくじを見て、
興味を引く見出しの話を選んでもいいし、あるいは、本をパラパラとめくって、
たまたま開いたページを読んでみるのもおもしろいし…、いろいろな読み方が楽しめます。】
↓本文より↓
【何度も同じ状況へ舞い戻るということは、
ある問題への取り組みが、まだ完了していないことを意味しています。
私の人生では、・・・・・
実際「自尊心」のドアを開け、自分を見つめるまでは、この悩みは続きました。】
【何年も前に逃げ出した、「自分を愛する」という入り口の前にいる自分がいたのです。
その入り口はなくなりません。
準備が整い、経験を積むにつれて、私たちは何度もそこへ戻っていくのです。】
【自分が嫌になると、自分自身を理解し大切にしようとはせず、
別の人間になろうとするのです。
私たちが持って生まれてきた義務はただ一つ、自分らしく生きることです。】
(
それぞれの瞬間に‘シンプル’であろうとすると、どのようにしてすべてを解き放つかということがわかってきます。解き放つことによって、それまで自分をしばりつけてきたエネルギーが放出されます。残ったエネルギーは、もっと創造的な面に使うことができます。『バーソロミュー2』)
【自分を愛することの深い意味】
老子
教えるべきことが三つある。
単純、忍耐、慈悲である。
この三つは最大の宝である。
自分自身に思いやりを持ちなさい。
そうすれば、世の中のあらゆる存在と和解できる。
自分自身に思いやりを持ったら、どうしてあらゆる存在と和解できるのだろう。
このことを理解するために、「車輪のスポーク」のたとえ話をしてみましょう。
それぞれの存在は車輪のスポークのように分離し、独自のものですが、
中央のハブでつながっています。
すべての存在はつながっているのです。
だから、自分の心を思いやることができれば、すべての人の魂を慈しむことができるのです。
他人を切り捨てることは、自分を切り捨てることであり、
つながりの根を詰まらせることは、自分の成長を止めることであり、
他人を愛することは、自分自身を愛することなのです。
これが真実です。
自分自身を癒すとき、実は、私たちは世界を癒しているのです。
これは何世紀もの間、継承されてきた叡智です。
「自分の魂を、全世界だと思って大切にしなさい」
人間にとって何よりも大切なことは、自分らしく生きることを妨げるものを
取り除く努力を続けることです。
人生はどこからともなくやってきた、
思いもよらない親切であふれていることにお気づきでしょうか。
【心を整える今日のエクササイズ】
待ちましょう。
野口嘉則さんのブログ
少し前に、 野口嘉則さんの『人生は「引き算」で輝く』(本当の自分に目覚める話)も読ませていただきました。
↓
【 もしもあなたが、
人生で大きな引き算を経験するようなことがあるならば、
そのときはきっと、
命に目覚めることが求められているのです。】
失うことを
怖れなくていい
どんなときも命が喜ぶ
生き方がある
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manaさんから個人的にいただいた言葉を度々思い出すのですが、
そうかぁ、たしかに、すべてのことは、
これが基本なのかもしれないなぁと。
(気づきの順番のようなものは、人それぞれ、一概には言えませんが)
しかも、自覚しているより、もっともっと深いもので、
表面上、それはわかっているつもりでも、実は潜んだままだったり…。
そういう意味では、本当に真摯に取り組むべきものなのではないかと。
manaさんの文から
↓
【自他ともに「神」であるのだから、今まで体験してきた自分の全てに対して、
一旦は心からお礼と感謝をしてあげて下さい。
特に自分をほめたたえ、過去の全てを認めて、そしてまたそこから出発するのです。
自己を無意識に否定したままで、自分を変えようをするのは困難なのです。
無意識に嫌った部分を残したままで、より繁栄していくのは困難です。
たった今、あなたは「あなた」をほめて、認めて、感謝して下さい。
そうでないから、どんなに「イヤサカに誠を尽くす!」と宣言したところで、気力が湧きません。】
雲 黒斎さんの著書、『あの世に聞いた、この世の仕組み』の中に
煩悩について書かれてある箇所があります。
【慢】 思い上がる心。卑下する心。傲慢。
卑下…自分を人より劣った者として扱うこと。へりくだること。謙遜すること。
身体が自分じゃないとわかってくると、
様々な感情を味わって実体験してくれたそのものに
ある意味失礼なんじゃないかと、そうも思えてきました。
「いまここ」を否定しては何もうまれてこないこと、
何も変わらないこと、
そんなことも『あの世に聞いた、この世の仕組み』には書かれてありますが、
確かにすべての基本というか、大元である今の自分は、現状
「いまここ」でもあるのですよね。
ましてや貴重な経験の数々をこなしてくれた‘自分’を
顕在意識であろうと潜在意識であろうと、
ただただ変えなきゃなどと、否定したままでは、ね…
なんて感じているうち、気になってまた度々開いていた本が、
『バーソロミュー 大いなる叡智が語る愛と覚醒のメッセージ』。
なんだか涙がこぼれてきました。
今までにもこのブログでちょこちょこと紹介していたのですが、
左の書庫に枠を設けていなかったので、後ほど再度まとめてみます。
【あなたの内なる深い「自己」は、あなたが人生を最大限に生かした経験をするように、
行くべきところへあなたを導いています。
「信頼」というパワー因子は、あなたの人生をかつてなかったほど、
新鮮でエキサイティングなものにする力を持っています。】
『あの世に聞いた、この世の仕組み』では、
現実化のコツなどもちょこちょこ楽しく書かれています。
映画『マトリックス』のお話もたいへんわかりやすく愉快デス。
【多くの人間が見ている世界は「あるがままの現実」ではなく、
マトリックス(思考プログラムの蓄積)によって脚色された物語、「人生劇場」だ。
人生の中で培ってきた常識や思い込み、価値観や先入観、不安に希望。
それらの思考によって紡がれた絶え間ないひとり言・ストーリーが、
そのままマトリックス(仮想現実)となって目の前に現れる。】
【「羨望」 「羨ましい」という気持ち、
あなたも一度はもったこと、ありますよね?
でもね、この「羨ましい」っていう気持ちが定着して、「思い癖」になっちゃうと、
本当に心が病んじゃうから気をつけてね。
「羨ましい」という気持ちの裏には、やっぱり「不満」があるんです。
だから、不満のままの現実を手にすることになるんです。】
また「アンパンマンのマーチ」の歌詞が抜粋されていますが、なるほど〜♪
何度も目にしていた表紙だったので「ん?既に読んでいるかな?」とも思ったのですが。
いやいや、何かで見かけた“守護霊さん”という言葉がひっかかり、
やはり手にしていませんでした。
そんなことからも、自身の持っていた“思い込み”、思考による分析・判断というものに
気づかされたわけです(笑)
阿部敏郎さん&雲 黒斎さんの『降参のススメ』も読ませていただきましたが、
「降参」面白い喩ですよね。
意図したら、頑なに執着してしまいがちですものね。
【こうしてお話させていただく理由は、そこに至る経緯に違いはあっても、
「その背景にある仕組み」が同じだからなんです。
それは何かっていうと、「思い込みの崩壊」です。】
【「自分の人生のすべては、このことのために、寸分の狂いもなく動いていたんだ!」
ってことが、そのときありありとわかりますから。】
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『ミュータント・メッセージ』(Mutant Message Down Under)
フィクションと言う形にしたのは、登場する部族を「法律の介入から守るため
「ぼくらはあなたがたのやり方がわからない。
同意もしない、受け入れもしないが、批判もしない。
あなたがたの立場を尊重している。
あなたがたは過去の選択と自分の自由意思によって今いるべき場所にいるんだから」
「宇宙のあらゆるものには目的がある。
突然変異や偶然はありえない。
ただ人間が理解できないことがあるだけだ」
「人はみんなこの世界に立ち寄った魂にすぎないのだ。
すべての魂は永遠の存在なのよ。
ほかの人との出会いはすべて経験で、すべての経験は永遠につながっているの。
<真実の人>族は、ひとつひとつの経験の輪を閉じるのよ。
ミュータントのように経験の端っこをそのままにしておかないの。
相手に嫌な感情を持ったときその輪を閉じずに離れていったりしたら、
人生の後半で同じことがくり返されるの。
そのことを学ぶまで何回も苦しむことになるのよ。
起きたことをよく観察して学んで賢くなるのはとてもいいこと。
あなたのように感謝と祝福を与えて、平和な気持ちで離れるのがいいのよ」
「宇宙から与えられた才能を知らないまま一生を送る人がいるというのは本当なのか?」
質問した男は首を横にふりながら目に大粒の涙を浮かべた。
「私の歌でひとりの人間が幸せになれば、
それはとてもいい仕事だということがミュータントにはなぜわからないんだろう?
ひとりの役にたてば、それはいい仕事だよ。
一度にひとりの役にしかたてないんだからね」
「ひとつになるっていうことは、みんなが同じになるという意味じゃない。
人はみなユニークなんだ。
だが、本当はすべての命はひとつなんだよ。
宇宙の意図はひとつだけだ」
「彼らは自然と一体になる名人だ。
宇宙の賜物を利用しながら秩序を乱さずに去るのだ」
「この<真実の人>族の行く手には必ず食べ物がある。
彼らの祈りに宇宙はつねに応じるのだ。
この世界は豊かなところだと彼らは信じている」
「彼らのコメントや観察で興味深かったのは、批判されている感じがまるでなかったことだ。
間違っているのはそっちで自分たちのほうが正しいという判断を彼らはしたことがない」
「年をとることを祝わないとしたら、なにを祝うの?」
「よくなることに」
「去年より今年のほうがさらに賢くていい人間になったら、それを祝うんだ。
それは自分だけしか知らないことだから、自分でパーティの時期がきたとみんなに告げるんだ」
「自分には理解も同意もできない習慣や価値観に敬意を表するのは大変なことだが、
そうすることによって大きな恵みがもたらされることを知った」
「それは決してうぬぼれではなかった。
彼らは自分の才能に気づき、
私たちに与えられた無数の奇跡を発見して分かち合う大切さを知っている人々だ。
自分自身の価値を認めること、自分に新しい名前をつけて祝うこと、
このふたつは密接につながっている」
「毎日みんなが無言で歩くわけが、ようやくのみこめた。
この人々はメンタル・テレパシーで通じ合っているのだ」
「メンタル・テレパシーは人間が意思を伝え合うための手段だ。
<真実の人>族は、しゃべるために声があるとは考えていない。
会話は頭と心の中枢センターで行うのだ。
声は歌うため、祝うため、癒しのためにある」
「旅の後半で彼らは私のテレパシー能力を高めようとしてくれたが、
心や頭になにか隠そうとする部分があるかぎりうまくいかないことがわかった。
あらゆるものにたいして心を開かなければテレパシーは通じないのだ」
「私は自分を批判せず許すこと、過去から教わることを学ばなければならなかった。
すべてを受け入れ、正直になり、自分を愛することがどんなに大切か彼らは示してくれた。
そうすれば人にたいしても同じようにできるからだ」
「彼らはありのままの私を受け入れてくれた。
彼らの仲間のひとり、大切な存在、すばらしい人間だと感じさせてくれた。
無条件で受け入れてもらえるのがどんな感じかわかりかけていた」
「感情や情緒が健康におよぼす役割についても話した。
ものごとについてどう感じるか、それがもっとも重要だと彼らは信じている。
そのとき感じたことは体のひとつひとつの細胞、人格を形成する意識、永遠なる魂に記録される」
「この部族の人たちはアメリカン・インディアンと同じように、輪になったときは周りの人たち、
特に自分の正面にいる人を観察することが大切だと信じている。
その人物はあなたの精神を映す鏡とされるのだ。
その人物の長所は、あなたが自分のなかで強めたいと願っている要素だ。
その人物の行動や様子が気に入らないとき、
あなた自身もその要素を持っていて改善する必要があるということなのだ。
自分を変える唯一の手段は自分の意志だけで、
だれもが自分の性格を変える力を持っていると彼らは信じている。
捨て去ったり身につけたりできるものに限度はない。
彼らはまた自分の生き方と行動によってのみ人に影響を及ぼすことができると信じている」
「大切なのは相手を思いやって与える感情なのだ」
「<真実の人>族は目覚めているときも夢の意識に気づいている。
呼吸法と集中力だけで夢の世界に入っていく。
アボリジニの発想では、効果的な旋回は体の七つのセンターのエネルギーの渦を高めるのだ」
筋肉痛があった<道具の作り手>の夢の解釈は
「そろそろ後輩に仕事を教える時期がきた、と。
彼はすぐれた職人の腕に誇りを持っていたが、しだいに仕事の喜びが薄れてプレッシャーが高まり、
変化の時期がきたと感じていたのだ。
彼は仕事と遊びのバランスを崩してひっくり返ったのだった。
その翌日、彼が仲間に仕事を教えている姿を見た。
筋肉痛はどうなったかときくと、にっこりしながら言った。
“考え方が柔らかくなったら関節も柔らかくなったよ、もう痛みはなくなった”」
「駆けっこしようと提案した。いちばん速い人が勝つと言ったとき、
彼らは私をじっと見つめたあと互いに見つめ合った。
ひとりが勝ったら残りはみんな負けるんだろう。
それは楽しいのか?
ゲームは楽しむためにあるんだよ。
どうしてそんな競争をするんだろう」
「もしそれが宇宙のみこころに叶い、あらゆる生命の目的に叶うなら、
私に学ばせてください」
「人生は一回だけでなく何度でも生きられること、すでにひとつのドアが閉じられたことを教えられた」
「どんなストレスのさなかでも、たとえ死にかけているときでも、
“自分のやり方”を卒業した人には救いはいつもやってくる」
「あなたがこの大陸に来たのは宿命によるのだ。
あなたはもうひとりの人間と出会い、互いに協力する約束を生まれる前に交わした。
少なくとも五十年たつまでは相手と会わないと約束した。
今そのときが来たのだ。
あなたがたは同じ日の同じ時刻に生まれ、魂のレベルで互いに知っている。
この約束は、あなたがたの永遠性という高度なレベルで交わされたものだ」
著者より
「このメッセージを自分にふさわしいところだけ味わい、残りを吐き出すのはいかがでしょうか。
とどのつまり、それが宇宙の法則なのですから」
諏訪湖デス
壮大なドラマに感動しながらも心の奥底で思い出すように納得したりもする、とても不思議な本です。
他にもいろいろ… 自分が欲しいもの、好きなもの、楽しかったり、わくわくしたもの、そうすると、その“もの”自体に執着してしまいがちですが、実は“もの”ではなくて、その充分に楽しんだ感情がいつまでも残ることが大切だということも改めて感じたり。
複雑骨折した足をあっという間に完治させた“癒しの手”、あ〜そうだったと思い出したのが、ゲリーさんの『 ビュイック・ドライバー 』。ここでもとても大切なことが書かれてありました。
なんだか平原綾香さんの「jupiter」の歌詞を思い出します
こちらのブログの続きになります → http://blogs.yahoo.co.jp/wanchan1wan/35891182.html |




