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桜の季節にはじまったこのブログもまるっと3年経ちました。毎日200人以上の方がご訪問くださり、嬉しいかぎりデス。
4/7の中目黒・目黒川の桜
Amazon ほしい物リストから直接被災地へ支援・「ふんばろう東日本支援プロジェクト」
ピアニストのウォン・ウィンツァンさんや
L.A.に在住されているジョー奥田さん(ネイチャーサウンドアーティスト)のこころざし・ご活躍で、
「日本」という愛すべき国を再認識しているこの頃。
ということはこちら↓でも書いたのですが
『ウォン・ウィンツァンさん(ピアニスト)/Joe 奥田さん(ネイチャーサウンドアーティスト)』紹介ブログ
Joe奥田さんのUst 『Earth Radio・地球ラジオ』はこちら↓
日本の素晴らしさを再認識すると同時に、頑ななココロがほどけていくように感じます。
いままでのキチっキチっとミスも許さない、なんだか窮屈な完璧さより、
そうかぁ〜このゆるゆる感ってたまらなく居心地がいいなぁ〜と思うようになりました。
でも不思議と、その方が結果がちゃんとついてくるんですよねェ。
もちろん他にもたくさんの方々が様々な手段でご尽力されていますよね…
4/14 追記
以前に紹介したブログ〜 http://blogs.yahoo.co.jp/wanchan1wan/27066766.html 〜
たとえば、映画を観て悲しくなったとします。(他の‘感情’でも同じです)
なぜこんなにも悲しいのか…、登場人物に共感し、感情移入をしているからだろうと思います。 でも、実はその悲しみの原因というのは、 【スクリーンに映る実際の映画のシーンとはほとんどの場合、無関係です。 本当の理由は、わずか数秒間のシーンがきっかけで、これまでの人生で大切なものを失ったときや、 奪われたとき、心の奥底に封印した感情がよみがえってくるからです】
【究極的には、映画を観ているときに呼び起こされる感覚は、
私たちが人生で様々な経験を乗り越えて生きていくために、仕方なく失ったものと関係しています】
【私たちは、どれほど自分を犠牲にしてきたかを知らないまま、共感を覚える本や映画、
状況に出くわしたときに、それが‘きっかけ’で、心の奥底にしまいこんだ感情がよみがえってきます】
【こうして過去の記憶を思い起こすことで、私たちは様々な経験を乗り越えるために、
仕方なく失ってきたものは何か、それを今でも、ちゃんと覚えていることを確認しているのです】
そして、これが私たちの人生だと。
【私たちの一人ひとりが全体を構成する様々な部分を映し出していて、それを他の人が見ています】 『聖なるマトリックス』
今回流された涙の多くは、そうしたいろいろな背景があるのでしょうね。
今回の震災における勇気ある方々のためにいのりを捧げるとともに、
そのために、わたしたちができることがみえてくるように思います。
そして、日本といえば富士山。
こちらは↓本の整理中に開いたページです。
聖なる山と言われている代表的なものに
富士山やアメリカのレイニア山(タホマ山)・・・他・・・があります。
その中でも、もっともパワフルな山が富士山とレイニア山です。
すべての山のガイド、ティーチャーだと考えられており、
ディーバや地球はもちろん、世界中の山とコミュニケーションを取っています。
レイニア山と富士山は地球上をつなぐエネルギーで結ばれています。
この山のエネルギーに人々が敬意を払うことで人々もつながれていきます。
それは世界に平和をもたらすことでもあるのです。
地球は、人間と同じように呼吸をして生きています。
『レーネンさんのスピリチュアルなお話』
レーネンさんのスピリチュアルなお話・以前に紹介したブログ↓
放送作家の村上信夫さんが下記ブログで、富士山とレイニア山(タコマ富士)について書かれています。
他にも、引越しの荷造りのさなか、何度も「なるほど〜」と目に留まる文章に遭遇。
人をどれだけ受け入れているかで、
自分自身をどれだけ受け入れているのかを知る。
直接的に生きる、というのは、体で感じることに従うということです。
過去の自己イメージを忘れることが重要。
自分の感覚よりも、
親の希望や環境によって自己イメージが形成されているからです。
深い感謝の気持ちに裏打ちされた「そうしたい」と望む気持ちが、
高次の叡智への基本的な鍵となる。
↑ 用紙に書いてあったので定かではありませんが、たぶんゲリーさんの言葉だと思います。
震災を思い起こすと、「そういえば」と、予知ではないですが、
思い当たる節が多々あり、「自身を信頼すること」を一層教わったように思えてなりません。
感じ方は様々でも、多くの方が経験されているのではないでしょうか。
いのり3 ブログ
越智啓子先生からはその後も号外やメルマガが届いています。
「昨夜また、余震とは思えないような震度6強の唐突な地震が東北にありました。
これは私たちの潜在意識に残っていた不安、恐怖のエネルギーの最後の噴出しだと思います。
不動心で、すぐに復興プロジェクトに戻りましょう!
不安のチャンネルから愛のチャンネルにすぐに戻しましょう!」
「3月18日に、待望の三年かかった本『人生の転機は幸せのチャンス!』
(朝日新聞社出版)が発売になりました。ちょうど見本本ができたときに
地震でした。紙が少ないときに、ぎりぎりの出版でした。
宮古島の海の写真が表紙です!」
きっと3年かかり、「いま」になったのも意味があるのでしょうね。
『人生の転機は幸せのチャンス!』紹介ブログは↓
そして、ヴォイスグループのメルマガより ↓
『エクトンをチャネリングするリチャード・ラビンが日本に到着したのは3月11日の午前中でした。
そうです、あの大地震が発生した日でした。
地震後の余震や原発の恐怖から多くの外国人が日本脱出を考える中、
それでもリチャードは「自分がその状況に遭遇したのには意味があるのだ」として、
全てのイベントを行う事を決心しました。
エクトンのメッセージは、「これは終わりの為の始まりではなく、始まりの為の始まり」だと、
東京、大阪のゲストイベントでは私たちを強く励まし続けてくれました。
ホームページをご覧いただいた方には、3/24の大阪ゲストイベントでエクトンが大地震について語った
メッセージ(約30分)のMP3音声データ(ダウンロード)を、特別に無料でプレゼントいたします』
こちら『2日間ワークショップ 人生の目的、ライフレッスンを知る』の案内の中にあります↓
もう卒業した気分で(笑)随分昔のように感じるエクトンの紹介ブログ↓
『PRAY FOR JAPAN』 本も続々と
『YELL!(エール!) 東日本大震災チャリティーブック』
ハートフルな映画『トテチータ・チキチータ』
震災のため中断していた制作は、福島県の復興を強く願って制作続行が決定!是非応援を!
荷造り中も耳を澄ますと、鳥のさえずり、カラスの鳴き声が聞こえてきます。
家に戻る度、洗濯を干す度、見事に咲き誇っている↓オトメツバキにもどんなに勇気づけられたか…
4/8携帯でパチリ
仕事に追われていた頃は気づきもしなかったのです。
こんなにありがたい気持ちをもって引越しできるのもはじめてです。
(引越し先のリフォームがまだかかるので落ち着くのは5月に入ってからの予定)
ただ一人ず〜っとそばにいてくれた息子も秋に結婚を控え、この機に独立をしていきます。
息子なのですが、なんだか嫁にだす心境まで味わえています(笑)
何一つ欠けても、今の自分はなかったわけですから、
なんだかココロからありがとう! そう感じます、すべてに…
今年は雪が降った2/14には花が咲いていました→
〜 花 〜
花 〜すべての人の心に花を〜
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いろいろな本
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読みかけの本もそのまま
いつのまにか情報過多で手一杯 そんなとき、まだ読んでいなかった本が目に入り、手にしてみると… 開幕 Opening / 作者不詳 宇宙には単純明瞭な理がある。 そして理を顕現する生命体の営みがある。 宇宙中心の営みを体現する生命体であればあるほど 精妙化し、光の存在としての純度が増していく。 より高く、より広く、より深い存在となり どこにでも遍在する存在となっていく。 宇宙中心の命が各個体に宿り 各個体は父母なる宇宙の胎内に戻る旅路に出る。 その旅路は長遠の時の中の流転が伴うと思われてきた。 だが、個はやがて目覚めることになる。 長く苦しいと思っていた軌跡の数々は すべて父母の胎内での経験であったことに。 ある個は三位一体の存在が何であるかを 経験の中で識っていくようにもなっていく。 神や神々といわれてきた存在や営みを常に観じることと 事象の法則性を認識することの間に隔たりは存在しない。 苛酷な現象、悲しみの極致のすぐ裏側には 常に宇宙の大愛が働いている。 人間には秘めたる予定が隠されている。 そして歴史にも秘めたる予定が隠されている。 政が傾き、民の暮らしに明かりが射さず、 人心が生きる活力を失おうとする時、 真のエネルギーが姿を現す。 真の柱が姿を現す。 柱とは天地人を繋ぐ生きた柱。 負を正へと転ずるエネルギーの母体。 瞬時に絶対ゼロの時空間を現出する力。 カオスをオーダーに導く力。 それは地球を起死回生する力が 幾多の銀河グループの織り成す世界を 浄化させゆく響きの源となることを知っていた宇宙本体の 壮大な忍耐づよい準備によるもの。 何億年来の不毛の結末も 残り一秒がすべてを転ずる鍵をもっている。 その鍵を使うことができるのは 鍵をもっていることを識っているその人自身。 思い出してほしい。 地球の中で、日の昇る地とされ、 人々の記憶の奥底に 深い希望の光を放ちつづけている その歴史をなぜあなたが知っているのかを。 そしてなぜあなたが今、そこにいるのかを。 そして、森 眞由美さんのリトシリーズからのメッセージ ↓
緊急時の平常心 時には予想もしなかったくらいの経験が 突然訪れることがある。 それはさらなる安穏への秘めた扉。 それを受ける自分の心に 平常心が保たれるかぎり、 やがては天空が姿を見せる。 地にいようと天にいようと。 光の意志の結集 生きとし生けるもの。 人も草も、星々も。 みな光をもち、光によってつながりあっている。 ひとつひとつも意志をもち より大きなひとつも意志をもっている。 すべての次元の意志を結集したとき その時空間は蘇生への変換を始めていく。 あなたも意志ある輝くひとり。 銀河系再編成の時 私たちの住む社会がこれほど急激に変化し 確かに見えていたものが次々に消えていくのは もしかしたら、今という時代が 宇宙の中での何かとても大きな節目を迎えているのかも。 それはまるで「銀河系再編成の時」といえるくらいに。 いのちの再生 ああ、このひと吹きのいのちの芽生え。 それが常に荒野を緑に染めてきた。 廃墟の後の再興のちから。いのちの光。 それがこの星の文化の全滅を救ってきた。 その光はだれの中にも眠っている。 無力に見えるあなたのその中にも。 太陽と共に 地球も私たちもずっとお世話になってきた太陽。 太陽の愛は枯れることなく どこまでも温かく、豊かにそのエネルギーを 送り続けてくれています。 わたしたちの心が太陽と共にあるかぎり 幸福の笑顔をいつでもとりもどすことができるでしょう。 輝く地球へ (抜粋)
・・・・・
ようやく気づかざるをえなかった。
目覚めに導かずに受け入れることは情けに留まり、
許すことが行動の生まれ変わりにつながらなければ、
同じことが繰り返されるだけであることに。
そして何より今、必要なのは
地球での愛のエネルギーそのものの復活であることに。
限られた時間の中でそれを可能にするのは
宇宙の仕組み、秩序への素直な目覚め、
大地、大海でさえも宇宙からの贈り物であったこと、
太陽も月も常に
愛と調和のエネルギーと温もりを
送り続けてくれてきたことに。
星が愛を思い出し、
その周囲に愛のエネルギーフィールドを敷く時
七色の虹の輪が生まれる。
そしてそれがその星に棲むすべての存在物との
シンフォニーとして確立された時
それは白光へと純化する。
今、地球が望んでいるのは
愛の復活へとさわやかに生きる人間。
現実の復旧作業に励みながら
朗らかに笑い声とともに
自らの内なる太陽と月を輝かす人々。
新しい、輝く地球へ。
共に光を増しゆく大地の人。
(1999年)
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何の言葉も浮かばず、ただただ涙がこぼれた一枚の写真
「焼き場に立つ少年」 昨夜は“ザ・ベストハウス123”「戦場の決定的瞬間スペシャル」で紹介されていましたが、 過去においても何度か放映、紹介されていたようです。↓ http://www.tbs.co.jp/program/genbakunonatsu.html 「原爆の日の夏、若きジョー・オダネル軍曹(アメリカ空爆調査団・公式カメラマン)は、 廃墟の長崎に立っていた。彼はもう一台の私用のカメラを携え、 焼け跡にはいつくばって生きる日本人を、ファインダーの向こうに見ていた…」 ジョー・オダネル氏のコメント 「佐世保から長崎に入った私は小高い丘の上から下を眺めていました。すると白いマスクをかけた男たちが目に入りました。荷車に山積みした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。 10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。弟や妹をおんぶしたまま、広場で遊んでいる子供たちの姿は当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意思が感じられました。しかも裸足です。 少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。少年は焼き場のふちに5分か10分も立っていたのでしょうか?白いマスクの男たちがおもむろに近づき、背中の赤ん坊をゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。その時です。炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気づいたのは、少年があまりキツくかみ締めているため、唇の血は流れることもなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去って行きました…」 その凛とした姿から受けとるものは、
悲惨であるとか、かわいそうとか、そんな感情とも違うもの… 言葉では言い尽くせない実に深い想いがこみ上げてきます。 以前であれば、見ていられず、避けていたかもしれません、きっと。
でも今は、しっかり見届けたい、そう感じました。 この写真がアメリカ人のジョー氏によって撮られ残されていたこと、 (そこにはまたジョー氏の数十年に及ぶ葛藤の物語がありますが) 再度、国境等による壁などはないことを感じた一枚の写真でもありました。 画像 http://p.tl/cUdw |
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http://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/3444/34441289.jpg?_ex=120x120&s=2&r=0 素敵に洒落ています。 捉えどころ、発想がユニーク、それでいてドンピシャに(笑) 共感をそそるユル〜いフィーリングが心地よいこの感覚は、 単なる知識や左脳優先の思考からは生まれないもの、 なんてことを感じていたら、びっくり 『考えないヒント〜アイデアはこうして生まれる』 という著書があるではありませんか・・・ 小山薫堂氏についてWikipedia http://p.tl/vh-o あの映画「おくりびと」の脚本家であることも、読んでから気づきましたが(笑) 遠近 おちこち 近すぎて見えないものがある。 遠く離れているからこそ、 見えるものがある。 それは、時間にもあてはまる。 遠い未来と今・・・・・。 今の恋への不満は、将来振り返ったとき、 意外と幸せだったりする。 「しあわせにしたい」「しあわせになります」、「いつかは…」とよく使われている言葉は、 いつも「いま」が置き去りです。 『遠近』で表現されているように、 どんな感情であっても、振り返ってはじめて そのときの「しあわせ」に気づいたりすることがあります。 なんだか「いま」不満に思って求め続けるものは、ず〜っと求め続けることになるような…。 かといって、「足るを知る」(これもある意味、解釈が厄介な言葉の一つかと) という境地に至るには、「いまに在る」(時間を超越したもの)ことを 少なからず知っていることがやはり不可欠になってくるのでしょうか 「足るを知る」、そう思わなければそれでいいのであって、善悪を根底にした戒めとは、 解釈したくありません。足るを知る境地に至ってはじめて「知る」言葉なのかも。 『恋する日本語』ショートストーリー他には、『あえか』『紐帯』『赤心』『玉響』『滝枕』等そして『偶さか』(適さか)、秘められた意味を辿るのも面白いものです。 このように例えるなら、 和歌、俳句や川柳、そういった文化も『恋する日本語』に分類できるかもしれませんね… 日本語=美しい言葉の世界です。 『恋する日本語』NHKでこれまたユニークな番組として放映されています。 http://www.nhk.or.jp/koisuru/ 何でもそうですが、 〜しなければならない、というような義務や強制ではなく、 ゲーム感覚で、楽しいから、面白いからというような衝動でふれると そういった自分の世界がまた一層拡がっていくように思います。 楽しんだもの勝ち、小山薫堂氏もそう言っているような気がします。(笑) |
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坪倉さんは、染色家なので、心がピュアに染まります、かな(笑) ‘大人’はもちろん、お子様にもぜひ読み聞かせをしてあげてほしいお話です。
俵 万智さんの解説
この本は、そういった困難を乗り越えるドキュメンタリーとしても
充分に感動的だし、さまざまなことを考えさせてくれるテキストになる。
記憶がなくなるという特異な体験が、本書では綴られている。
単に過去のできごとだけではなく、
「おなかがいっぱいになったら、食べるのをやめなければならない」
「お金のつかいかた」「チョコレートは剥いてから食べる」
そういったことまでが含まれている。
私が強く惹かれるのは、
坪倉さんが世界を見る目のまっすぐさ、無垢さだ。
なんの先入観もなく、ただまっすぐに世界を映す瞳。
子どもは、その感覚を持っているときには、
それを言葉にする術を知らない。
やがて言葉を覚えたころには、そういう瑞々しい感覚は失われてしまっている。
今、あらためてこの本を読み返してみると、もう一つ気づくことがある。
それは坪倉家の「バランスのよさ」である。
「母性的なものと父性的なものとのバランス」が大事であるということのようだ。
本書に綴られた日々を乗り越えていったことが、
その作品(染色家)に不思議な透明感と穏やかさを与えていると、私には感じられる。
坪倉優介さんのお母さまのお話
事故は、優介が大学一年生のとき…
集中治療室に入ったまま… 意識が戻りません。
先生はついに手術に踏み切ることを決断します。
眠りつづける顔を見ながら、手術の前に目を覚ましてと祈りつづけました。
そのときです。右手が動いたのです。
すぐに先生を呼びに行きました。幸運にも手術は延期になりました。
事故から十日目、突然意識を取り戻します。
目を覚ましたと思ったのも束の間、いきなり暴れ出しました。
優介は、私たちが誰だかわからなかったのです。
意識が戻った次の日から高熱が出ます。
ところが、熱が下がると、今度は突然、ぱたっと大人しくなってしまいます。
「すみません。ありがとうございます」という言葉が多くなりました。…
(病院の中を散歩中)優介が「ここはタヌキやウサギがいっぱいいるんだよ」と変なことを言い出します。
その頃になると、もう記憶は取り戻せなくていい、
日常生活ができればいいと思うようになりました。
たとえ親子関係はわからなくても、これからの生活の中で作り上げていけると思ったのです。
ある日、病院にいる優介から
「ここは人間がいなくて怖い。早くここから出して」と。…
すぐに退院を決めました。事故からおよそ、一ヶ月が経った頃です。
この頃のいちばんの問題は、生活するうえで必要な感覚をどう表現したいいのか、
わからなかったことです。… いつも不安な顔をしていました。
優介が大学に入学した頃、
「かあさん、やっと自分がやりたいことをさせてくれる学校に出会った」と言っていました。
そのことを思い出すたびに、何としてでも、もう一度大学に戻したいと思ったのです。…
大学で授業を受ける様子も想像がつきました。
テレビの会話もわからない、本も読めない優介が勉強なんてできるわけがないと思っていました。
大学での生活は、すべてお友達のまねです。
私と一緒にいるときは生活に必要なことを言いました。
水風呂はだめ、適温というのがあるのだよとか、
ご飯食べるにしても適量というものがあるのだよとか、
きちんと朝起きて夜寝ようねというような、基本的なことです。
「顔を洗いなさい」と言っても、「なぜ顔を洗わなければいけないんだ」、
「なぜソースかけろ、醤油かけろと言われなければならないの」とつっかかってくる、それが毎日です。
うるさいぐらい話し合いました。…
何でもありの優介ワールドですから。
「かあさん・・・・・、人間は何をするために生きているの」
お母さまの根気強い理解と対応、お父さまの客観的な視点と理解、お友だちの存在、周囲の人々等々
何ひとつ欠けても成り立たないことをプロセスから窺うことが出来ます。
これは、優介さんだからというわけではなく、きっと誰の人生もそうであることを教わるようです。
坪倉優介さんのお話
どうして、いろいろな顔をするのだろう。
それでぼくのきもちもかわってしまう。口が大きくあいて、体がゆれている顔を見るとあんしん。
でも、目や口を小さく細くした顔で見られるのはいやだ。
「つぼくらゆうすけ」が漢字になると「坪倉優介」という四文字になるなんて知らなかった。
それもたくさんの中から選ばれた四文字だなんて、びっくりする。
動く階段の後ろのほうにさがって使い方を見ていた。
するとみんなは、動く階段の前まで来ると、一息つくひまもなく足をのせる。
たちまち、その人が階段に運ばれて下りていく。
その無関心な顔が面白かった。
みんな手に棒を持って、紙の上で動かしているだけなのに、
絵の具を使って描くと、色がついて、いろんな気持ちが伝わってくる。
だんだんなれてくると、見たままの色だけでなく、心の色も見つけるようになる。
靴をテーマにして染めるという課題があった。まずはデパートへ行って、靴売り場を見た。
だけどそこでは、靴が形も崩れず、きれいにならんでいる。だから少し違う感じがした。
ぼくが思い浮かべる靴というのは、もっと形も大きさもバラバラで、
人をいろいろな場所へ運んでいってくれるものだ。…
みんなには個性がある。靴にも個性がある。似合っているのも、そうでないのもあるけれど、
みんなそれぞれ、自分らしかった。
教室に戻って、すぐに友だちに、赤いマークのトイレのことを聞いた。
そこは女の子が入るためのトイレだと教えてくれる。
女の子?あの人たちは人間ではなくて、女の子というのか。
だけど友だちは「女の子も人間やぞ」と言ってくる。ぼくは「男の人間」なのだそうだ。
なんだか複雑だ。
事故前の記憶を突然思い出して話すとき、誰かにしゃべらされているような気になるときがある。
テレビで、ドラえもんとのび太がタイムマシンに乗っているのを見たとき、
ぼくが記憶を思い出すときの感じと似ていると思った。
頭の中のイメージを、どうすれば具体化できるのか、その方法がわからなかった。
でもへこたれるものか。
この失敗作には、辞書でみつけた言葉、
「コギト・エルゴ・スム(我考える、ゆえに我在り)」という名前をつけた。
困ったのは梅だった。 実験のときは梅の香りがする豊かなピンクに染まっていたのに、
何度やっても渋い茶色になってしまう。
二本の枝を手にとって比べてみると、一見同じように見える。…
でも、切り口をのぞいてみると、一方の枝の内側には薄くて赤い線が入っている。
そしてもう一方のは茶色いままだ。そうなのだ。
花を咲かせる前の枝と、咲かせ終わった枝とでは、染め上がった色がぜんぜん違うのだ。
これが生命(いのち)の色なんだ。
夜明けまえ、蓮の畑に行くと、つぼみが開きはじめる「プップッ」という音が聞こえてくる。
それを聞いていると、とても優しい気持ちになれる。
蓮が持っている色を存分にいかして、
その作品を来てくれた人が、ぼくが感じたのと同じような優しい気持ちになってほしい。
(あとがきにかえてより) 「ぼくは、着物を作るとき、生きている木を切って使うことをしません。
桜の木でも、梅の木でも、伐採されてそのままでは捨てられてしまう木を見つけ、
理由を話していただいてくるのです」
お母さまの言葉
優介は、できなくて当たり前のところから再スタートを切りました。
だから、ひとつひとつ「できた」ことが、すごく大きな喜びでした。
生きる術を習得しながらも、そのときどきの衝動を活かし、
その後、大学生活、運転免許習得、一人暮らし、天職を見出していくサマは、
人の軌跡に奇跡を見るような…何か、人生のからくりを見ているような気がしてきます。
まさに“あるがまま” 「ブラボー!」
知らないことが恥ずかしいとか、根付いてしまった多くの‘とらわれ’から解放され、
いま一度自分らしいピュアな感性で生きていくために、その素晴らしさを思い出させてくれるようです。
『ぼくらはみんな生きている』が『記憶喪失になったぼくが見た世界』に改題。作品も数点掲載あり。
坪倉さんが弟子入りした、染師・奥田祐斎先生の映像↓
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