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『コミュニティを再考する』伊予谷登士翁・斎藤純一・吉原直樹著 平凡社より2013.6.14発行 不安定化する社会のなかで急浮上する「コミュニティ待望論」の真相とは?「コミュニティ」という言葉が急速に使われはじめている。しかし、私たちがコミュニティに期待する「つながり」や「絆」、「相互扶助」は、様々な社会的・政治的文脈にさらされ、手放しで喜べるものではなくなっている…。 他者を排し、仲間内で固まるという伝統なコミュニティと、オープンなコミュニティなるものが存在しうるのか。「絆」「つながり」、その基本となる、家や集落といった地縁、血縁は個人の生活を優先する戦後の気風の中にあって、否定されてきた存在ではなかったか。3.11以降の「絆」の危うさを問題提起。 3.11の直後、創発的なコミュニティが出現した。総務省は隣組のような「治安のための町内会」を提唱。国を超えたメンバが入っているコミュニティが新しい。オープンに地域や文化を超えることができるのか。コミュニティの現在を問うことで、ポスト成長社会の課題を浮き彫りにする。政治哲学、経済学、社会学の分野から、近代が抱える課題を浮き彫りにするコミュニティの現状を読み解く1冊。
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震災・災害関連
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『福島に生きる』玄侑宗久著 双葉社より2011.12.4発行 2011年3月11日、未曾有の大震災が東日本を襲った。さらに福島第一原発から膨大な量の放射性物質が放出され、人類史上稀にみる災厄に追い打ちをかける。原発から西45キロに位置する福島県三春町の寺に住む作家は、そのとき何を感じ、何に祈ったのか。福島に生き、福島を見据え続ける筆者が問う、これからの東北、これからの日本。芥川賞作家であり、東日本大震災の政府の復興構想会議委員も務める著者は、福島に住み続けるとはどういうことか。放射能にどう向き合うべきか。日本人に警鐘を打ち鳴らす。 復興構想会議五百旗議長が「原発問題は扱わない」と会議の冒頭に述べ、多くの委員から反対の声があがったそうだ。最後に梅原猛特別顧問が、机を叩きながら、「文明論の問題として、原発問題は避けて通ることはできません!」と一喝。結局、討議されることにはなったが、政府の腰の引けた態度が見透かされた一コマだった。 玄侑さんが特区構想のなかで提案した事の中で興味深いのは、福島県を「医療・福祉・研究・リゾート特区」にというものだ。今回の原発事故による内部被曝研究や除染という世界初の研究テーマにも取り組み、「日本の最先端医療は福島にあり」という福島復興のシンボルにしようという提言はすばらしい。温泉リゾートと対にして滞在型の研究施設も可能である。また、広島・長崎が「平和教育」を推進したように、福島が今後「放射線教育」を世界に先駆けて推進すべきでもある。 地震当日からの話は臨場感がある。東北地方の18%の神社仏閣が被災し、津波による寺院の被害は、全壊半壊あわせて実に112。全国の被災寺院2718ヵ寺、その内、東北地方1078、東北地方全体5765ヵ寺。さらに、原発30km圏内のお寺は、60ヵ寺あり、無住状態になり、住職や家族は、借り上げ住宅や知り合いのお寺に住んでいる。中には、仮設住宅に住んでいる住職もいるという。 こうした人たちが、当初は、憲法の政教分離規定から、国や自治体から、助成や補助金を宗教法人に支出
することはできないと言われた。玄侑宗久が参加した復興構想会議の裏話も書かれている。その中で、梅原猛特別顧問の「文明災」との発言はたいへん含蓄のある言葉である。 後半の火山列島である日本を認識しなければならない。富士山の1707年の宝永噴火の前に、南海沖の三連動地震が起きていたことの記述は、昨今の地震が活発期に入った今こそ想定しなければならないことだ。福島という定点から、政府の対応のまずさ、不正確な情報と翻弄される被災者が描かれる。「想定」という病、メディア報道に踊らされ、放射能に神経質になりすぎての出来事。被災者と、そうでないものとのギャップ。やるせない多くのことの中で、他に頼らない「小さな自治」を取り戻そうとする著者の心中には、強い祈りを感じる。東京目線、霞ヶ関目線ではない、被災地からの豊かな発想や提言にあふれる一冊。 |
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『希望の地図 3.11から始まる物語』重松清著 幻冬舎より2012.3.11発行 「希望」だけでも、「絶望」だけでも、語れないことがある。人々の価値観や生き方は、大きく変えられてしまった。それでも人には、次の世代につなげるべきものがある。「震災後」の時代の始まりと、私たちの新しい一歩を描く。被災地の温度やニオイすら伝わるようで、大学生ボランティアに甘える小学生のくだりでは自然涙がこぼれた。去ってゆく者、遺された者の物語を書き続けてきた著者が、被災地への徹底取材。 深く暖かく、そして鋭い視線で切り取られた被災地の姿と未来への想い。心の一番奥深くの共通意識レベルで共感し合い、そして登場人物や読者など関わり合う人々に希望を託す。これからもずっと続く道のり。特に表題にも挙げた石巻の成人式の件には重みを感じた。 東日本大震災の傷跡をしっかりと辿り悲しみと向き合いながらも、希望に向けてまた一歩、一歩と前に足を踏み出して行く、人間の底知れない精神の柔らかさ、逞しさ、奥深さを感じた。希望という言葉について改めて考えさせられ、マスコミの報道では見えてこない人々の営みを知ることができる1冊。
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『モアイの絆 チリ・イースター島から南三陸町への贈り物』モアイプロジェクト実行委員会編 言視舎より2013.7.10発行 「モアイ=未来に生きる」―1体のモアイ像が、海を越え、国をも超えて、多くの人々を信頼の絆でむすんだ。東日本大震災で壊滅的な被害を受けた東北地方の小さな港町と南太平洋の絶海の孤島をむすぶ前代未聞の大プロジェクト、そこには人々のどんな思いがこめられていたのか? 感動を呼ぶドキュメント。 今年(2013年)5月25日、宮城県南三陸町に、遠く海を隔てたイースター島の自然石から島民の手で造られたモアイ像が、東日本大震災からの復興及び日本とチリの友好のシンボルとして届けられる。それは、20年前チリとの友好と防災のシンボルとしてこの町にあった初代モアイ像が、今回の震災で流されたことを知ったチリの人々の好意の結晶だった。 このモアイ像は東京・大阪でお披露目、5月25日南三陸町に設置される。その模様はテレビほか多数のメディアで報道されている。日本人とチリ人との運命的なつながりに、あらためて、驚かされた。地震と津波だけでなく、日露戦争のときに、エスメラルダ号をチリから譲り受けたことにより、日本が勝利したことなどは、誰も知らないのでは、ないだろうか。日本とチリの歴史がわかる、感動の1冊。
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『日本復興(ジャパン・ルネッサンス)の鍵受け身力』呉善花著 海竜社より2011.5.16発行 すべてを受け止める力で日本は必ず再生できる。「日本の底力」「美しい精神力」を解き明かす新日本文化論。日本文化にある能動性を伴った受容力について鋭く考察している。茶道のもてなし精神に迫り、歪みを愛する文化の原型を縄文文化の中に見つけ、風土論・風景論を吟味し、明治の文明評論「脱亜論」「アジアは一つ」の中身を考究し、日本社会の中に見られる母系性社会の様相を考察し、更に、武士道の倫理観にも肉薄している。筆者は、多角的に重厚に日本文化論の先行実績を紐解き、発展する形で日本文化の可能性を確認できる一冊。
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