私確かにこんなさなかにいたな。
いまでは過去だけど・・・・
まだ大学生のころ。
大学院生でこの仕事についているとは思わなかった。
以下から始まる2年前の自分の記事↓
ふーーんって感じでした。すごく冷静に読める。
裁判所へ同行しないとならない期日の封書が弁護士から届いた
もう一気に心が締め付けられる
体の傷は治っても心の傷は治らないってよくいう
相手が私を殴った時の感情は他人には絶対分からない
傷がえぐれ鼓膜が破れ足をひきずり 手が使えない 家事ができない
両親訴えても私が悪いとしかいわない。
この
最大の苦痛を誰がわかるのか
日々の雑用に追われ
普段は忘れることもあるけれど
時々どっといいようもない気持ちがあふれてくる
今日が一日幸せでも明日の朝この気持ちが押し寄せて来るとものすごくへこむ
上がってへこんで上がってへこんで
疲れる・・・・・
結婚生活は旦那のために食事も洗濯も掃除も
子供のことも
自分のことはおかまいもせず
思いやりをもって
必死でやってきた
ご飯だって健康でいてほしい
好物があれば疲れているときなどはわざわざ買いに行って
食べさせてあげたいって思ってきた
疲れて帰ってきて気持ちいいように
部屋を奇麗にしてあげたい
いつもいつも
そう思いながら家庭を支えてきた
掃除もご飯もすきじゃない
ほかの人はしらないが私は嫌いだ
そのなかで家族のためにやってきただけ
私だけなら
埃が舞う部屋でも
白米だけでもどうでもいい
心理調査のアンケートで
女性はみんなそうだと思っていたけど
結構自分のためにやるっていう女性も多かった
汚いのがいやだからとか
自分がそれを食べたいからだとか
台所はじぶんのものだから男性に入ってほしくないっておもっている女性もいることに驚いた
常に「自分が」が主流なのだ
私は「相手が」が主流だし
それに今でも反論はない
やっぱ専業主婦であろうがなかろうが
相手が喜ぶ顔が見たいと思うから
とても単純な思考だ
亭主関白でもいい
私はそういう環境で育ったから
ただ
感謝の心と
思いやり
それが夫婦には大切なんだとずーーーーーーーーーーーーーーーーーーと
言い続けてきただけた
もともと
好きな人にはどMだし
つくすことが幸せだから
私の母親は常にお父さんが気持ちよく過ごせるために
片付けなさいとか
そういう観点で私たちをしつけてきた
一家の主のために・・・
肌で感じてそういう生き方が根付いてる私は当然
旦那のための生活を当たり前のようにしてきた
それが幸せだった
でもそれははじめだけ
自分を捨てて家族のためにしているっていう行動が相手には全く伝わってない
なんど話し合っても理解もしない
誰でもやってる当然なこと
仕事より楽
もし俺がそんなんしても苦ではない
っと感謝の心を持てない人でした
ま・・・・障害だったけど
うちの父と旦那の違いは
その献身的に支える女性の思いやりを十分理解した上で
母に対する思いやりを示し
双方の関係がなりたっていた
障害と健常者の違いもあったけど
近代の結婚は女性が姓を変え
男性側の家に嫁ぐ
その時点で
男性が能動
女性は受動である
女性が無償で家事育児をするのなら
男性がその思いやりに感謝して大切にするのは言葉で説明するものでもない
反対に能動である男性が女性を大切にするから
女性は男性を支え体とも思う
あれもこれも食べさせたい
きれいにしといてあげたい
帰ったらすぐご飯を食べさせてあげたいなどど思う
鶏と卵はどっちが先か
なんてレベルの話とは全く違う
男性が大切にするからこそ
女性が支える
嫁は何もしない
食事は手抜き
朝もいってらっしゃいと声もかけてくれない
といってテレビで嘆く人たちを見ると
自分の甲斐性のなさを自分からわざわざ公言している馬鹿男にしか見えず
どんびく・・・・・
仕事に出かけるものと
家を支えるもの
その関係は
あくまでも能動と受動である
なかむつまじい夫婦はすべて男性が賢い目をもっている
女性など相手がだれであれみんな一緒のたぐいだ
家庭はすべて男しだいである
こういった問題の男性側のプロフェッショナル達は
そのことを十分わかっている
プロフェッショナルでなくても
真実を見極める目をもっている男性は生涯大切にされている
うちの父のように
何も手伝わなくてもいい
ただ女性に感謝して
ありがとう
そのひとつの気持ちだけがあれば家庭は平穏だ
私だってすべて旦那にあれやれこれやれなどど言ってはいない
すべてを私がして仕事に専念できるようにしてきた
ただ病気のときだけは家事も育児もやってくれといってただけだ
すごく簡単なことを教えこまないとできない人間に
この国の行く末をみるようで
なんとも無気力になる瞬間が多々ある
本人が馬鹿なのか育てた親が馬鹿なのか
学歴絶対主義にしくんだ社会も影響大だ
まどんな社会でも
どう生きるかはやっぱその本人何だろうけど
その女性に暴力をふるう男がいる
心の傷は一生消えない
初めて宗教改革がおこなわれてから
この世は一度も宗教改革がないが
もし次に宗教改革がおこなわれ
人を殺していいのなら人を殺す??
って友人にお酒の席で聞かれた・・・・・真剣に考えた
殺すことなん考えもしない
でも
あの旦那でも死んではほしくないのが普通だ
でも交通事故で死んでくれるなら別にいい
1年位は悲しむと思うがあとは記憶のかなたに消すだろう
それほどまでに私は暴力をふるう奴が憎い
姫路の網干の事件84歳のおばあちゃんが80歳のおじいちゃんを殺害して
懲役8年になった
50年にわたる暴力が原因だそう
おばあちゃんは強盗に襲われたようにみせかけ110番をして発覚した
どの記事も
おばあちゃんは気が強かった
旦那さんは地区の役員などもするもの静かな人だった
そんな記事だ
ごうとうに見せかけるなんて殺したことを反省もないなど
かかれていた当時の記事もあった
ふざけんな
マスコミってほんま馬鹿
真実をかいてこそマスコミ
すっかり気の強い奥さんで男性が気を使って生きていた
みたいなバイアスがかかってる
50年暴力を受けていたら殺す!!!人間は誰でも人を殺す素質をもっているのだ
それはアウシュビッツを知ればだれでも納得する
刑務所で誰かおばちゃんの心をすくってくれるひとはいるのだろうか
私は心理士になっておばあちゃんの心をすくってあげたいって思った
もう2年も前の事件のときだった
暴力への心の傷が推し量ることのできない傷であることは十分わかっているからだ
悔しい
殺すまでに至った心を誰もすくってあげなかったこと
どれほど憎しみと悲しみと痛みと闘ってきたのだろう
そのこころをわかってあげさえすれば
殺しなどしなかったものを
強盗に見せかけたのだって
母として残された子供たちの家族に迷惑をかけたくないからかもしれない
ひとりの心の内など
だれにもわからないのに
事実をききだすこともせず
適当に描いた記事で読んだ人に偏りを与えてしまう
ジャーナリストとして最悪のスカや
もっと仕事に誇りを持てと思う
私は今でもジャーナリストへの夢は持っている
そのためにどれほど勉強してきたか
実際に参加して受難に虐げられてるひとのことを勉強した高校・短大時代
トップクラスを維持してせっかくアメリカへの大学の編入もきまってたのに
結婚してしまった
心理士もそうだけど
やっぱりジャーナリストにもなりたい
目的は心理士でもジャーナリストでも
苦しんでいる人の真の心の内をすこしでも世の中の人にわかってほしいから
私にはもしかしてその道のほうがあっているのかもしれない
心理士はアドバイスは禁止やから
私はどっちかっていうとすぐアドバイスするしw
しっかりしろとはげますからww
もうすぐ大学を卒業するが
ここにきてもしかして心理士ってかたくなに決めていたけど
心理士もとったらやっぱ
新聞記者になりたいな
ここにきて以前の夢にもう一度戻っていこうとは自分でも驚きである
でも人生はそうやって目に見えないなにかに乗せられてきまってるようにも思うから
もう少し勉強つづけていかなければならないんだな
この記事も書き始めは裁判のことで気力もなかったけど
書き終わりになって落ち着いたわ
今もうちょっと頑張ってやらなあかんのやろな
心理学は何をするのか
イタリアでトマトの消費量と死亡者数が正の相関を示した
政府は即座にトマトの危険性を打ち出した
目に見える部分では当然トマトが原因と皆思う
しかしその後の調査で
原因はパスタに必ず使うオリーブオイルが殺虫剤に汚染されていたことがわかった
いくらめに見える数字でトマトの消費量と死亡者数に正の相関がみられたといっても真実は違うところにあった
そういうことだ
目に見えるものに惑わされずに
目に見えない心のうちの確かな真実を見極める目が私たちには必要なのだ
姫路のおばあちゃんの殺害動機
目に見える記事や他人の評価や言葉をうのみにせず
心の内をさぐる努力が真実に近づける
私はおばあゃんが生きているうちにかならず面会できるように自分を磨いていこう。
今思う。おばあちゃん生きているのかな・・・・・