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こんばんは。先日、宮崎市の佐土原町の鶴松館にて「島津家久・父子と佐土原」の企画展とその講演会 に行ってきました。 島津家久は、義久、義弘兄弟の末弟であり、島津氏の四兄弟と言えば九州の戦国時代を語る上で避けて は通れない存在感を持っています。その家久が天正7年(1579)に佐土原城主になってから、430 年が経ったということでそれを記念した企画展であります。 講演会の内容は、みやざき歴史文化館の学芸員の方が大変分かり易い話でとても勉強になりました。 その中でも、家久は他の兄弟に比べて、交渉能力が高く、それを活かして、高城合戦を始め、島津氏が 勝利した戦いでは重要な役割を果たしていたようです。 また、息子の豊久は、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで、有名な敵中突破を果たし、義弘を国 へ返すために壮絶な討死を果たした内容を臨場感たっぷりに語ってくれました。 展示については、講演で語っていただいた内容の文献や絵巻などが多くあり、中身の濃いものがあり ました。改めて、九州の戦国時代から近世にかけての佐土原の歴史を深く学びました。 しかし、これほどの歴史を地元の方の関心はやはり、他の場所でもそうですがなかなか盛り上がりに くいようです。地元の歴史がどうすれば皆が関心を抱くのか。今後とも知恵を絞って根気良く取組んで いかなければいけませんね。
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佐土原藩主の島津忠持が、藩内の事跡や伝説等を選集させた『旧事雑記』に、「佐土原八日町に重成の誕生の地がある」と記されている。重成が大坂にあった理由は、重成の母がお伊勢参りの途中、大坂の宿に宿泊中であった際に、ちょうど豊臣家の家臣が秀頼の乳母を探しており、旅人まで物色していた最中に重成の母が目にとまり、秀頼の乳母になったためという。
また、八日町の荒神神社の『荒神様縁起』にも「武州東禅寺開山定州和尚、仏日山大光寺一道和尚、日本武将豊臣秀頼の乳兄弟 木村長門守重成の3名は、八日町松岩寺(松巌寺)前一番屋敷の産で有名な屋敷」とあった。付近ではこの一番地を木村屋敷と呼び、昭和31年(1956年)5月には、その場所に重成の等身大の石像が建てられ現存している。???
2015/6/6(土) 午前 7:25 [ 日本大阪万博成功に向けて ]