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今日本は、一見平和に見えますが、
日本人として、日本の国の一体感、日本人として守るべきものをきちんと継承できてるかどうかというととても悲しい気分になることがあります。
思えば、日本という国は、過去にも何度も存亡の危機を迎え、そのたび国民が天皇を中心に国体を守ってきました。
今、日本の内部から、国体が崩壊せんとする中、過去の日本人がどんな思いでこの日本を支えてきたかを知ることは大切なことだと思います。
今年は明治の近代日本の出発点となった、五箇条の御誓文から140年に当たるということで、明治神宮でも、幕末の国家存亡の危機から明治の新たなる躍進へと転換する起点となったこの御誓文をもう一度、その理念を見つめなおそうということを働きかけてます。
確かに今改めてこの御誓文を読むと、現代社会にも通じ、今の日本が一番考えなければならないことが書かれてあり、また世界の諸問題を解決する糸口がそこにはある至言であると感じます。
幕末の危機から日本は団結して、諸外国の植民地化の圧力を撥ね退けました。
その中で、日本人は、日本人としての自覚を高めて言ったのでしょう。
明治天皇は、新しい日本の国つくりのため、自ら率先して先頭にたつことを誓い、国民ひとりひとりにその大事業への参画をおよびかけになられたのが、「五箇条の御誓文」です。
この精神は、時代を経た、平成の世にいきる僕らも、決して忘れてはならないものだと思います。
五箇条の御誓文は、国の基本方針ですから、本来は国会決議や憲法へ明記するのが筋なのですが、当時の日本にはまだ国会も憲法もできていなかったので、明治天皇が先祖の霊に対して誓う形で出されました。
では、今改めて、五箇条の御誓文の現代語訳を見てみましょう。
「五箇条の御誓文」
一、広く人材を求めて会議を開き、議論を行い、大切なことはすべて公正な意見によって決めましょう。
一、身分の上下を問わず、心をひとつにして、積極的に国を治め整えましょう。
一、文官や武官はいうまでもなく、一般の国民も、それぞれ自分の職責を果たし、各自の志すところ を達成できるように、人々に希望を失わせないことが肝要です。
一、これまでの悪い習慣を捨てて、何事も普遍的な道理に基づいて行いましょう。
一、知識を世界に求めて、天皇を中心とする麗しい国柄や伝統を大切にして、大いに国を発展させましょ う。
これより、わが国は未だかつてない大変革を行おうとするに当たり、私は自ら天地の神々や祖先に誓い、重大な決意のもとに国政に関するこの基本方針を定め、国民の生活を安定させる大道を確立しようとしているところです。皆さんもこの趣旨に基づいて心を合わせて努力してください。
うーん、天皇が自ら先頭にたって、祖先の神々に誓った言葉だけに重みがあります。
当時の日本人はこれを読んで、こころに熱く日本人としての自覚と責任を感じたはずです。
で、平成のこの世の日本人も、そのことを決して忘れてはならないと思います。
驚くのは、この御誓文の第一条で言われてるのが、なんと、あのさかのぼること約1200年の聖徳太子の十七条憲法の第一条で言われてる、和の精神と同じだという事です。
やっぱり日本は和の国。
十七条憲法と、五箇条の御誓文は繋がっていた!
我々平成の世に生きる日本人も、和の精神を決して忘れず、日本人としての自覚と責任を強く持ちたいなと思います。
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大事な事ですね。権力者が一人で、決めた事によい事はありません。
第一条は、今、現在、全ての人々にこの精神を知ってもらう必要があると思います。五箇条の御誓文はすばらしいですね。
2007/12/19(水) 午前 10:56 [ tk_*ay* ]
tk kayaさんありがとうございます。
この内容は本当に素晴らしいですよね。
もちろん、話し合いだけで解決できないこともあるでしょうけど、この和の精神は日本人が本当に誇るべきものだと僕は思います。
今の平成の日本人も、心して、もう一度、自らの胸に手を当てて、この五箇条の御誓文をじっくりかみ締めてみるべきだと思います。
2007/12/19(水) 午後 0:28
五箇条の御誓文に関してですが、兵頭二十八さんが面白い記事を書いてましたのでご紹介いたします。
日本新憲法の精神は「十七条憲法&五箇条の御誓文の精神に立脚」するべきでは?
2007/12/19(水) 午後 5:08 [ tero19632001 ]
歴史好きのダボラ好きさんいつもありがとうございます。
うーん、かなり世間で言われてることと違うので、解釈に困りますが、かなり深い見解ですね。
コメントしようにも、その深さになかなかついていけなくてごめんなさい。でも勉強になります。
日本国憲法に関しては、改憲でなく、新憲法立憲すべきと考えます。
そして新憲法は、まさしく、十七条憲法と、五箇条の御誓文の精神を受け継いだものでないといけないと、
一市民の、一もんじゃ屋の親父として、学者でもない、偉そうな研究者でもない立場として、主張したいと思います。
2007/12/20(木) 午前 0:16